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こんばんわっ☆
昨日に引き続き、日常のニュースからのテーマですっ☆ 朝青龍問題についての考察をさせていただきましたが、今回も本質的には似たようなところでありますっ。 結論から申しますと、世論というか、メディアとマスコミの姿勢や方針、みたいなことですっ。 先日の夕方のニュースで拝見したのですが、名古屋の消防署で、隊員が昼食のまかないのてんぷらを揚げていたところ、ふいに近所で火災の通報があり、あわてててんぷら鍋に火を掛けたまま隊員が一人で走って出動してしまい、その際、調理場に居た職員は、その出動した団員一名で、そのまま油に引火して、火災(ぼや)になってしまったという報道です。 仮にこれが、単なる一般住宅のてんぷら火事(ぼや)であれば、報道すらされていなかったと思うのです。 この時期には火事は頻繁に発生しますので、よほどの大火災にならなければ、大袈裟なニュースとはならないはずなのです。 要は、消防署が火事になって、という不祥事がニュース性を発生させたわけです。 しかもその報道の仕方が、近所の人のコメントを集めて、「消防署なんだからしっかりしてほしい」や、「本末転倒」、みたいなコメントを集めた編集の仕方がされているのです。 その場の記者会見では、記者とおぼしき男性が、「これは責任が重い!」、「監督責任を問う!」、「指導力不足だ!」と、消防関係の高官、みたいな方に食って掛かっているわけです。 私はNHKが好きなので、NHKのニュースでしたので、スポンサーの利権は絡んでいないと思いますが、それにしても、揚げ足取りや話題性重視の報道であるような気が致します。 確かに火災の予防と防止、そして有事の際には、その阻止に努めるべく存在している要所であるが故に、お粗末な出来事に変わりはありませんが、晴天の霹靂と申しますか、警察官が犯罪を犯したり、政治家が賄賂を送ったり、学校の先生が自殺したりするご時勢ですから、こうゆうことは、もはやあって然るべき、とも考えられると思うのです。 それを、これ見よがしに報道し、またその情報に洗脳されるが如く、重箱の隅をつつこうとする意識、私はそちらの世論と常識の方が怖いような気がするのです。 この前、ジェットコースターの事故で、事故の責任うんぬんで、話題になりましたが、私が思うには、あれだって立派な乗り物なわけですから、ということは、あくまでも機械であって、故障もすれば不具合だって起きるのです。 アミューズメント施設は、営利企業が事業として組織(人間)がやっているのだから、不祥事は無くて当然、という理由は、その対価と代償が、きちんと成されたときだけに起き得る、いわば保障や保険のようなもので、信用というのは、その範疇の限りにおいての話であって、車検していれば絶対クルマは故障しない、という論理と同じ事で、車検は通っても、いつブレーキが利かなくなっておかしくないわけですし、パンクもすればエンストもするものです。 なので、いたずらに過信や慢心、驕りや買い被り、というのは、神様以外はやってはいけないことだと思うのです。 それをいいことに、「お金を払っているのだから、安全で楽しいは当たり前」、というのは10000分の9999回までで、残りの1回には、その落ち度だってあるはずなのです。 これは犯罪にしても同じことです。 起きることが前提でなければ、安全な市民生活に対する裏づけなど出来るわけもなく、犯罪者ありきでの防犯、という姿勢が、最も効果的だということは、みなさんもご承知のとおりだと思います。 ですので、要は統計学や確率の話なのです。 先日のアップでも取り上げさせていただきましたように、本来は「性善説」ではなく、「性悪説」が基本であって、人生において、本当に信頼できたり信用に値するものなど、真に「家族」と「自分」くらいのもので、他に対する認識を、もうちょっと厳しくかつ本質的に理解するべきだと思うのです。 そうする理念を本当の意味に抱くことで、そのサービスを受ける意味と、その価値について認識して、よりよい消費活動や創造的な人生が送れると思うのです。 「ここまでメンテナンスが行き届いているのだから、もし何かが起きても受け入れようっ!」 「そこまでやってくれているのだから、これくらいならば致し方が無いっ!」 「これだけ熱心なのだから、多少の不始末も取り戻せるはずっ!」 ・・などなど、冒頭の消防署の話で言えば、私が思うには、本質的に、あまりに熱心に現場に向かってしまったが故に起きた、単純なミス、単にケアレスミスやニューマンエラー、みたいなことなのです。 そして、それについてもし疑問に思う方は、忘れ物は絶対しない、寝坊など皆無、二日酔いなどありえない、そうゆう完璧主義者でなければならないと思います。 よく親のエゴ、などと言いますが、あれは、自分が成し得なかった思いを、子供に押し付けて無理をさせる、いわばスパルタ教育や強力矯正ギブスみたいなものです。 結果がよければ「思い」となりますが、大抵においては「エゴ」のままで終わってしまうのが世の常です・・。 ですから、自分ができないことを人にせがむ、理想を人に押し付ける、そういったことでは、耳障りや見た目はよくとも、実は張子の虎、みたいなことで、有名無実で中身はからっぽの、いずれは無頓着からの破綻となってしまうと思うのです。 話を戻して私が思うに、この消防士の方は一向に真面目な性格で、非常に仕事熱心であって、ちょっと不器用ではあるが、極めて純粋な人間だと思うのです。 裏を返せば、性格が真面目で純粋な人ほど、今の世の中は生き辛くなっているということです。 憎まれっ子世にはばかる、といいますように、現在は、誠実な人は隅に追いやられる、という具合でしょうか・・。 まあとにかく、この時代に生まれた事実は変わらないのですから、私は自分の芯はぶらさずに、クールかつドライ、という意識はしかと持ち、それでいて、出るべきところは容赦なくっ!、みたいなことでよかろうかと思うのですっ☆ 誰しもケアレスミスやイリーガルエラーの一つや二つはあるものです。 責任を感じるなら結果で返せば良いのです。 願わくば、その一つや二つミスが重大なミスでないように、そして次があるということもセットであるように、世の中には、そうゆう許容する美徳、侘び寂びとは多少違いますが、そうゆう慎ましさの美学も、もうちょっと汲んで欲しいかなと思うわけです。 繰り返しますが、洗脳とは恐ろしいものです。 現在は「ぽけーっ」と生きていると、直ぐに洗脳されてしまいそうな時代です・・。 こんな時だからこそ、真に自分に向き合うべきと思いますっ☆ ・・なぜなら、それしか出来ないからですっ☆ これは私の自論ですが、明日は今のためにあるのだと思います。 過去も未来も今のため、そして今の連続が未来ですっ☆ 失敗を恐れずに、自分の道をまっすぐに進みたいと、切に願う次第でありますっ☆ |
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