思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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こんばんわっ☆
今日はふとした拍子に精神的に参った感じになりました。(汗)
とりたたて何かのトラブルが発生したわけでもなく、大きな失敗があったわけでもなく、いつものことですが、単に生きる意味について考えてしまった、ということです。

精神が不安定ということが、昨今においてはよく言われますが、そのスイッチとはまさに人それぞれだと思うのです。

ある人では仕事に関すること、ある人は対人関係、ある人は家族、金銭・・、などなど・・、とにかく精神衛生を複雑にする要素に事欠かない現代であります・・。

そういう私はどうかと言うと、上記のような自分以外の周辺事情によるスイッチは一切ないのですが、自分との戦いと言いますか、勝手に自暴自棄に陥ることは多々あります・・。

なぜ生きているのか?、なぜ考えるのか?、なぜ頑張るのか?、なぜ?なぜ?の繰り返し、私の人生とは、その問答が人生そのもの、とも言えそうです。

哲学者や思想家と言われる歴史上の偉人の方々も、こういった漠然とした究極の疑問と戦って、それぞれにおいて、相応の答えを追い求めてきたのだと思います。

それが受け継がれるなり、改良されてきて、現在に至るわけですが、私が思うに「いかに嘘をつくか?」ということが、かなり重要になる気がするのです。

といいますのも、嘘にも色々な性質があると思うのです。

他人を欺く、という性質のものが、広義においても狭義においても、嘘の代名詞ですが、嘘というのはまさに方便というか、使いようだと思うのです。

私の信条で勝手な解釈ではありますが、「自分に嘘はつけない」、ということはあると思うのです。

口から都合の良いことを言って、その場を取りつくろうことができようかと思いますが、結局その嘘の過程を知っている張本人となっていれば、最後はその修正に奔走してしまうと思うのです。

ですから、自分に嘘をついても最後は嘘にならない、という方程式で、結局自分に嘘はつけない、となるわけですが、ここで私が今日囚われた感情、つまり、「なぜ?」の連鎖ですが、そうゆう場合においては、嘘をつかなければ成り立たないことってあると思うのです。

かなり矛盾しているようで、通常では考えにくいことかと思いますが、存在証明、みたいなことを突き詰めていくと、やはりどこかで壁にぶちあたる段階があります。

そこに対する処方箋とは、他から享受されるものではなく、やはり自分で用意しなければならないものです。

なぜなら、他人は自分に対して嘘をつけるため、簡単に答えを用意することができるからです。

ですから、壁に対するアプローチは、「逃げ」、か、「乗り越える」、の2つの選択肢となり、逃げてはまた次の壁が現れて、乗り越えてもまた次の壁が立ちはだかる、というのが常です。

要は、逃げた先の壁なのか?、乗り越えた先の次の壁なのか?、ということです。

壁が立ちはだかる事実はさておいて、ではこの事実をどのように処理するのか?という命題が、もっとも重要なことだと思います。

なぜなら、それ以外に考える余地がないからです。

・・・こんなことを考えていると、プログ的にも一向に話が進行しないようですし、矛盾の指摘を覚悟の上で申し上げれば、やはり「嘘のつきかた」、というのが大事になるのだと思うのです。

精神が安定するかどうか?、と言う問題よりも、そうすることしか前に進むことができない、という消去法の性質の方が遥かに強いことは自明の理です。

ちょっと面倒な内容になっている感がありますので、整理いたしますと・・、

1、他人に答えを求めてもダメ、なぜなら簡単に答えが用意されてしまうから
2、自分に嘘はつけない、なぜなら嘘の過程と原理を知っているから
3、けれども嘘をつかなければ前に進むことはできない、なぜなら他に選択肢がないから

・・という具合になります。

なので、私が思うには、「苦労して得た嘘」というのが「唯一の答え」であって、「苦難や苦悩を乗り越えて出したもの」、それが「ついてもよい嘘」の真義だと思うのです。

「欺く」、という性質よりも、「納得させる」、「説き伏せる」、みたいなことですが、とにかく嘘という領域を出てはいません。

なぜなら、真の答えの証明など、誰にも出来ないからです。

そうでなければ、全ては嘘の範疇、ということです。

なので、「あくまでも嘘」となってしまうだけであって、捉え方によっては、99.9%答えに近い事実、という矛盾した表現にもなり得ると思います。

ついてもよい嘘・・、よく言われるのが、「人を幸せにできる取り計らい」、ということですが、これについて真意はそうではなく、要は、それは自分に対する慰めということだと思うのです。

人間には、人の幸せを見るのが自分の幸せだと感じる能力が備わっているので、人の幸福、種の繁栄、そうゆうものを望む、という力とバイアスが掛かっている、端的に言えばそうゆうことなのでしょう。

ですから、俗に言う「ついてもよい嘘」とは「慰め」だと思うのです。

そして今回の私のテーマですが、「自分についてもよい嘘」、というのがまさに真意です。

その真意とは、事態を前進させる理由、つまり「生きる意味」ということです。

得てして、この答えにたどり着けない段階においては、覚悟や決心、というのには程遠いと思うのです。

なぜなら、私は現代人は皆哲学者であると考え、間違いなく、大変に頭が良いからです。

我が国においては、これだけ豊かな時代であるわけですから、考える時間に事欠くことなく、いつでも妄想や考察、思索にふけることができる、ということです。

私もそんな一員ですが、歴史的にみても、そんな余裕があった時代や地域など存在しなかったように思います。

症候群とするならば、先進国病みたいなことでもありますが、これだけ情報化が進めば、それも必然と言えるでしょう。

・・↑ちょっと偉そうになってしまいましたが、話をいい加減にまとめて参りますと、「自分に意味を与えるもの」、その「理由」と「答え」、それにアプローチできるものならば、嘘でも見栄でもなんでもよいのですが、「ついてもよい嘘」ということで考えるならば、それが唯一にして最大の答えとなりそうに思うのですね。

自分に嘘をついてまで生きたくない、あるいは、嘘をつくくらいなら死んだほうがまし、と考えるなら、何が嘘で何が真実か?、信じることと疑うことの差とは何か?、こうゆうことから始めなければ、結局なにも生み出さない、ということが、本来の姿なのですよね。

決してこれだけに留まることではありませんが、考えれば考えるだけ人間とは罪深い生き物だと感じます・・。

・・・とまあ、今回はかなり愚痴っぽくなってしまいましたが、一ヶ月に一日くらいの間隔で、このようなネガティブな日もあるんですよね〜・・(汗)。

「ついてもよい嘘」について、何か考えがありましたが投稿してみてくださいっ☆
今回の記事の性質上、気持ちが明るくなるようなコメントがあれば幸いに思いますっ☆(笑)

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清水竜志
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