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こんばんわっ☆
相変わらずネガティブな気分は変わらず、多少持ち直しても、直ぐにまた下降傾向になってしまう始末ですっ☆ まぁいつものことですが、最近違うのは、「それでもやっていられる・・」、といった具合の謙った悟りみたいなことでしょうかっ☆ 人生退屈しのぎから始まって、何かの使命やら勘違いやらで、人間は物事を遂行するわけですが、事の?莖末(てんまつ)というか、物事の最初と最後、要は、「有」と「無」、についての考えって、結構難しかったりしませんか? 分かり易く言えば、なぜ始まり、なぜ終わるのか?終わりがあるから始まるのか?それとも、何かが始まったために終わるのか? と言う具合で・・、シニカルに言えば、鶏と卵の逆ローテーションの話のような具合です。 なので恐らく、この書き込みがその答えとなるべくもなく、そうと分かっていてもこのくだりを続けるわけですが、私は理屈を持ってそれをちょっと工夫して解釈する、といった類のことなら得意なので、是非最後まで読んでいただけたらと思いますっ☆ 有と無について考えた際に、最も分かり易く、なおかつ直ぐに発想されることは、0と1です。 コンピューターの二進法の考え方ですが、まさにこれは有と無と言えるでしょう。 ここに何かがあれば1、無ければ0・・、簡単に言えばそれだけのことですが、つまるところ、この世が存在に値するのか否か、みたいなことにも発展する理屈とも言えるでしょう。 唐突ですが、学問もそうですが、「考え」というものは、その有用性が裏付けていなければなりません。 なぜなら、無用なものであれば、その価値が認めてもらえず、評価に値しないとされるからです。 なので、出来ることなら、こうゆう事実を受け止めた上で、私の今回の記事も含めた、様々の表現がなされるべきと思うわけなのです。 ・・そう考えた時には、やはりこの記事を読んでもらったからには、相応の労苦と時間が用いられるわけですから、何かの足しを提供する責任すらあろうかと思うのです。 ということで、私の個人的な感情やら事情とは関係なく、現実ベースの風合いにベクトルを傾けて参りますと、先日放送された「博士の愛した数式」という邦画を観させていただきました。 ストーリーを完結に紹介しますと、障害で、数十分しか記憶がもたない、ある数学博士が家政婦を依頼して、その家政婦と日常で数学の悶着を取り交わすわけですが、その際(期間)に間柄が深くなり過ぎてしまい、なにやら色々起きていく・・、といった具合です。 ストーリーについてはさしたる特徴がないようにも思えますが、役者さんの演技や設定が面白いように思いました。 私の映画批評は置いといて、ここで取り上げることは、有と無についてです。 なぜこの映画の例を出したかと申しますと、その映画の中で博士は、「1」についての考察を進めておりました。 数字の妙と言いますか、「1」とはなんだ?、ということです。 私なりの解釈をすれば、やはり「有」とはなんだ?ということです。 そして、有があれば「無」とはなにか?となるわけです。 鶏と卵のように、どちらが先で・・、や、良否、是非、ということではなく、簡潔に言えば、その事実についてどうか?ということです。 こうゆうふうに、敢えて難しく考えると、何を言っているんだ?と邪険にされそうですが、ここで思い出して欲しいことは、コンピューターの二進法です。 二進法は、まさに有と無についての応用なのですが、これは疑うこともなく、日々の暮らしに有用であるがゆえにその評価を得ているわけですが、0と1について評価があるわけではなく、それを用いた便利な機能が歓迎されている、といった具合なのです。 ですから、私がここで提供するべき機能とは、だから何?という問いに対する答え、ということでしょう。 なので、それを全うにアプローチいたしますと、生きるか?死ぬか?、やるか?やらないか?ということで結構だと思うのです。 モチベーションとインセンティブ、と何度か書かせていただいておりますが、このことをかいつまんで表現すると・・、生きるために何をやるのか?、何かをやるために生きるのか?、ということになろうかと思うのです。 なぜなら、有と無、0と1なので、やるは1、やらないは0、生きるは1、死ぬは0、となるため、では、それを発展させると、もし死を選ぶとすれば、なぜ死ぬのか?という動機がセットで必要になると思うのです。 ですから、0だけでは不十分であって、1がどうしても必要になる、分かり易く例えるならそうゆうことです。 では、健全な1、つまり「生きる動機」ですが、生きるを0とすると、なぜ生きるか?は1、そしてどのように生きるか?は01か10か、どちらでも良いですが、とにかく二進法でやっていくとそうゆう風になっていくと思うのです。 分かり易く例えたつもりが、ややこしくなりましたので、整理しますと、有と無とは、つまり表裏一体であって、それを有用とするならば、モチベーションとインセンティブ、マックのドリンクとポテトのセットみたいなことで、ここに何かがあるのか?ないのか?ということは、つまり、実はそれしか考える余地がないのだが、それを膨大にすることによって分かり辛くなる、ということが、今回言いたかったことです。 まあ、シンプルイズベストと言いますが、その意図とはなんでしょうか?、みたいなことですかねっ☆(笑) つまり、マックで言えば、コーラでもアイスコーヒーでも良いですが、001か010か分かりませんが、なんらかの0と1には変わりがなく、有か無のどちらか、ということなのですね。 では、ビックマックセットください!となると、ポテトはL、ドリンクはコーラでMとなると・・、 ビックマックは00110110で、ポテトは001101、Lは0001、コーラは010、Mは001111、スマイルは¥0ですが、とにかくそうゆうことです。 やる1、やらない0、その判断の繰り返しが人生とも言えそうですが、二進法とは分かり易いのか悪いのか、どちらでもよくなったところでとりあえず今日の記事は終了ですっ☆ 有と無について、皆さんに何か理解が進めば光栄ですっ☆(笑) |
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「有と無とは、つまり表裏一体」でもあり、無限の別物でもあるような気がします。
2019/2/28(木) 午前 8:03
> mineさんコメントありがとうございますっ☆
有と無は無限の別物・・、なるほどっ☆
2019/2/28(木) 午後 0:50 [ 清水竜志 ]