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こんばんわっ☆
今回こそはシンプルに書きますっ☆、今日は何やら忙しいので本当ですっ☆(笑) 座右の銘っていうほどのものではありませんが、(タイトルと矛盾しますが・・、笑)私の今思いつく文句ですが・・、 「結果が欲しいなら自分を捨てる、自分が欲しいなら結果を捨てる」ですっ☆ やはり人間、エゴや欲みたいなことが邪魔になると思うのですっ☆ なんでもそうですが、「自分がこうしたいから、こうでないとダメ・・」とか、「こうあるべきだからこうしないといけない・・」とかですっ。 これは一見、正義や道徳の観点からは、「正しいことを貫きなさいっ!」、「自分の夢を叶えなさいっ!」、という教えからは反するものです・・。 自分の正義を貫くあまり、回りが見えなくなってしまっている人はザラにいると思うのです・・。(汗) 頑固一徹、傲岸不遜、みたいなことで、愚直は美徳ではないのです・・。 ですが、美徳が単に正義かと言えばそれも違います・・。 美徳とは、あくまでも結末に対する姿勢のことです。 全体で求める結果など、個がある以上そもそも矛盾するものですから、個人の正義は美徳と言えますが、全体の正義は美徳ではないのです・・。 あくまでも個人の連鎖が全体なわけですから、我々個人が考えることは、まずは何よりも自分の成立なのです。 終わりよければ全て良し・・、戦争や争いの歴史もそうですが、勝った者のストーリーだけが残るのです・・。 もしも、刹那のごとく生きるのなら、自分が消えた後のストーリーなど些末に考えるかもしれませんが、私が思うには、今の人間は頭が良くなりすぎたので、5年10年くらいの未来ならば、リアルに想像できると思うのです・・。 なので、結局は美徳ありき・・、結果また然りです。 エゴや欲をひけらかすよりも、義や情を重んじるよりも、やはり美しく自分の真理、自分の大義を全うすることが、まずは正しいことだと考えるべきで、特にこれからの時代には強く求められるのだと思うのです。(責任の時代です) 個人主義の台頭で、「愛や情けが希薄になってきている・・」、というようなことで、昨今の社会での趨勢は、殺伐とした雰囲気に満ちておりますが、それでも、電化製品は個人の利便性を追及しておりますし、便利で高機能な商品が、次々と世に受け入れられています・・。 これを逆行するというのは、最もナンセンスな判断であって、やはり自然界の摂理は、拡張することで答えを見出すという法則でしかないのだと思うのです。 限りある制約の中で拡張するためには、やはり効率化・合理化です。 効率化・合理化のために環境や状況に負荷を掛けますが、環境や状況の負荷で人間に損害が及ぶのなら、その調和を保ちながら拡張を図るのが文明であり、まさに利得です。 ですから、そういったダイナミズムが制約としてあるのなら、マイノリティーでは失うものが大きく、また、限界も近いのでしょう・・。 それでも刹那やエゴを頑としてチョイスするのなら、それはそれで武士道か信仰心にも似た、人間の不倒不屈のマインドで乗り切れるのかもしれません・・。(汗) 私の座右の銘の根拠ですが、実はどちらとも取れるのです・・。 自分を取りたいのなら結果を捨てれば取れますし、結果が欲しいのなら自分を捨てれば良いのです・・。 「どうしても人生を成功させたいっ!」、「退屈な人生などまっぴらだっ!」と思えば、恥をさらしてでも結果を求めることだって可能なのです・・。 それが出来ないのなら、やはり「自分を取っている」ということになり、それではどうしても結果には遠くなるはずなのです・・。 中には自分を取りながら結果も取る・・、といった人たちも存在しておりますが、それにも実は裏があるのです・・。 いわゆるセレブみたいな人たちにすら、やはり悲哀の気持ちやコンプレックス、お金持ち特有の悩み、パパラッチ・週刊誌のゴシップネタにされる、プライバシーがない・・、みたいなことになっているわけです・・。 ですからやはり、結果と自分は≠(ノットイコール)となるわけですっ。 ・・では、好きなことで勝負しようっ☆、と思っても、やはり好きなことも続けていると嫌いになったりするので、やはり趣味も仕事化・義務化してしまう傾向は否めません・・。(汗) いかに自分をごまかして結果に拘るか??みたいなことが、もし「成功した人生」みたいなことで考えるのならば、これが最も重要になるのだと思いますよっ☆ |
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