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こんばんわっ☆
今日は普通に真面目な哲学ですっ☆ 私の尊敬する人物である、日本マクドナルドCEOの原田泳幸(はらだえいこう)氏がNHK総合・経済羅針盤(最終回)に出演された際に、このようにおっしゃっておりましたっ☆ 「顧客の声のニーズは、実際の行動のニーズとは違う・・。」という一言ですっ☆ 私は瞬時に「なるほどなっ☆」と思い、改めて原田氏の聡明さとクレバーさ、そしてダンディズムに感銘を受けましたっ☆(将来目標にしたい人物ですっ☆) その例をそのままお借りいたしますと、ニーズを表面的にデータで集めて、その通りの商品ラインナップを展開しても、業績には少しのメリットもない・・、とのことですっ☆ 健康志向でサラダだったり、デフレで低価格だったり、メタボで低カロリーだったり、というニーズがデータで表面化するわけですが、やはりマクドナルドらしさを追求した顧客アプローチが、業績には最も効果がある・・、という、まさに経営哲学ですっ☆ ・・と申しますのも、人間とは、理想や想像が強く反映された意識が、自身の行動規範の主であるにも関わらず、実際の行動においては、全くその逆になるように出来ているのですっ☆ これもパラドックスと言えばそーなんですけども、考えてみればアタリマエですが、その理想や想像が醸成された素地とは何か??ということが、この問題の本質だと私は考えていますっ☆ 例えば、コンプレックスや上昇志向とは、「現状からの脱却」だったり、「さらなる飛躍の欲求」だと思うのですっ☆ 本能と言いますか、相対的・絶対的にも、人間とは社会性を重んじる生き物ですから、自分の成長は、その他との競争でもあり、「個人とその責任」と強く言われておりますが、やはりその根拠となるベースには、「全体としての」趨勢やマインドが働いているのは自明の理だと思いますっ☆ なんとなく漠然と生きている人でも、誰かと何かと自分を比べて、「あぁ・・、自分に才能やお金があったらいいのになぁ〜・・」くらいのことは普通に考えるはずなのですっ☆ 潜在的な意識とでも言いますか、表面的には自分に蓋をしてしまっている人にも、やはり、隠れた相対性の論理が働いているように思いますっ☆ もしも「ダイエットをしたいっ!」と強く願う人がいれば、恐らくその人はダイエットが出来にくいような食生活を送っているはずですし、健康志向を叫ぶ人は、健康に自信が無い人だったりするわけです・・。 短い脚の人は自分の脚の長さを事前に計っていて知っているのに、脚の長い人ほど自分の脚の長さを知らないように、このようなパラドックスとは、まさに、人間が人間たる所以、とも言えるでしょう。(笑) 動物にはおそらくパラドックスは無いはずですっ☆、素直に・本能のままに、自分をストレートに出すのが動物ですっ☆ 思うに、人間が思い描く理想や想像とは、言い換えれば、「見栄や虚飾そのもの」とも考えられ、社会という共同体・コロニーを形成している以上は、事実上、この制約からは逃れられないとも思いますっ☆ 自分だけが特殊であって、その他と自分が明らかに違う・・、という前提が究極に付与されていれば、その人にとってその他は全く怖いものではないですが、やはりそれでは孤独がオプションでセットされてしまいます・・。 人間は孤独が一番怖いはずですから、その孤独に勝てなければ、現首相の麻生さんのように図太くいられないのだと思いますっ☆ そのこともそうですが、私がオススメしたい哲学とは、「言っている事」と「やっている事」のギャップを無くすにはどうすれば良いか・・、と考える前に、既にそういった事実があるわけですから、そのことに極限の不利益があるのならまだしも、そうでもない場合においては、現状を容認して、その制約の中での最大限を追求するのが最もだと思うわけですっ☆ 最初から結果を望んでは、出来る行動も出来なくなるのですよねっ☆、なぜなら人間は神様ではないのですから、約束された成功なんてあるわけがないのですっ☆(そもそも成功が約束されていたら、なんてつまらない人生でしょう・・) まずは行動ありきですっ☆、人間は行動しなければ、本来の可能性なんて考えられるものではありませんからねっ☆ 分かり易く言えば、「お金もないし器量もない、コネも技術も展望もない・・、ではどうすればよいか??」、「そうだっ!もう覚悟を決めて好きなことをやろうっ☆人生、ダメならダメでいいやっ☆」、みたいなことですっ☆ 歴史に名を残すような成功者や偉人はともかくも、戦後すぐに活躍した漫画家や美術家・音楽家の方なんかは、まさにその典型でして、展望なんてなかった時代に、ハングリー精神と功名心だけで好きなこと続け、その結果、たまたま人生が軌道に乗った・・、みたいなことなわけですから、そういったことが、現代の若者に欠けている部分であると私は常々思っていて、それをまさに実践しようかと思っているわけですっ☆ ・・私のことはさておいて、「言う事・やる事の差異」ですが、ともかく「出来ない事だから口に出して言う」わけで、その「出来ないことを望む」から人間が人間であるのです・・。 「美味しいもの食べたい・・」、「はい、食べました・・」、「また食べたいですか??」、「いえ、今度は違うものが食べたいです・・」、というのが自然の摂理というものなのですっ☆ 美味しいものでも一回食べたら、とりあえずは要らなくなるのですっ☆ ですから、欲しいものだから要求するわけで、要求するものは自分に無いものなのですっ☆ 自分にあるものは、とりあえず、要らない・言わない、なのですっ☆ですから、ここに明らかな面白いギャップが存在するのですねっ☆(笑) 野球が下手だから練習する・・、上手い人も練習する・・、上手い人は練習しなくていいじゃないかっ?という方は何も分かっていませんよね・・、上手い人だって初めから上手い人だったわけではなく、練習したから上手くなれたわけで、練習しなくなったら直ぐ下手になるものです・・。 下手になりたくないから練習する・・、もっと上手くなりたいから練習する・・、でも、「自分は上手い」と思っている人が真剣な練習などできるでしょうか??、おごりや自惚れによって堕落する選手などザラにいると思うのです・・。 あの才能溢れるダルビッシュ投手ですら、才能に限界を感じて練習の虫になっているそうですから、やはり、本来の上手い人という定義はありえないのでしょうね〜っ☆ 「みんな下手なのである・・、なぜなら、その思いこそが上手になる秘訣である・・」、って勝手な格言で、今回は終了ですっ☆(笑) PS、なんだかパラドックスって面白いですよねっ☆、私の今後の研究テーマにしておきますっ☆(笑) |
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