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こんにちわっ☆
今日は、いつも私が思っていることですが、タイトルのまま「実験という概念と人生について」ですっ☆ ・・まず「実験」という言葉の意味ですが、 「実験」 = 事柄の当否などを確かめるために、実際にやってみること。ある理論や仮説で考えられていることが、正しいかどうかなどを実際にためしてみること。 実際に経験すること。 ※by Yahoo!辞書大辞泉 ・・ということですが、私が思うには、まさに「人生というもの」を考えてみた際には、打ってつけたような言葉の表現であると思うのでありますっ☆ 例えば、自分がプロ野球選手になって、メジャーリーガーを目指してみたらどうなるか?、自分が学業にてハーバード大学で経営学修士を取得したらどうか?、歌手になってグラミー賞を目指したらどうなるか?、オリンピックで・・、科学で・・、みたいなことが、人生を語る上でのゴールというか「成功パターン」みたいなことになろうかと思いますが、得てして、そのパターンの影には、やはり、それなりの「失敗や挫折の繰り返し」があったのは、当然の論理でありますっ☆ そして、「物事の価値」に易しいものは皆無なのであって、すぐに人に真似されたり、すぐに追い越されるような記録では、価値を語る上では全く意味を為さないわけでして、やはり「偉業」や「成功」とかと言う際には、「それ相応のレベル」が求められるのは必至でありますっ☆ ですから、そのレベルの追求のために、自分自身のキャパを大きく分厚くする作業を営む人間という社会性の生き物でありますので、その作業を端的に表現するならば、やはり「実験」という言葉が、かなりシックリ来るのだと、私は考えているのですっ☆ もうちょっとスケールを大きくして考えてみれば、「人類というもの」を思考と言語で表現してみると、宇宙の中にあって、まだ未知の可能性を秘めた我々人類というものですが、例えば、宇宙の外の何かから監視されていて、「人類が宇宙の中でどこまで出来るのか?」という実験みたいになっているとして、まさに「実験そのもの」が人類の営みなのかもしれません・・。 ・・まあ、比喩や拡大解釈をすればキリがありませんが、とにかく・・、ふと人生を考えてみると、「未来の展望」が何となく想像できる我々ですから、「こうしたらこうなるだろう・・」、とか、「いやいや、もうちょっとこうしないとダメダメだろう・・」、みたいな問答の連続が人生だと言えると思うので、やはり人生は「質の悪い実験」か、あるいは「世紀の大発明的な実験であるか?」みたいな事である、と、私は一思想家として、ふと考えたりするわけでありますっ☆(笑) そして、この話の筋で重要なのが、「実験に成功するか失敗に終わるか・・?」という問い掛けですが、私が思うには、「実験が出来るだけ幸せ」だと思うのですっ☆ 要は、実験の何を重視するのか・・?、「過程か?結果か?」ということなのでしょうけども、私が思う「実験」とは、「過程そのものが結果なのであるっ☆」という、真理を思う上では、大変有り難い概念なのだと考えられるわけなのですっ☆(笑) 人生、「終わってしまえば結果」ですが、「そこに至るまでの過程こそ」が喜びであり刺激であり、人によって様々な起伏はあろうかと思いますが、時として結果を急ぐこともありますが、それにしたって人生は実験なのだと、私はいつもいつも考えているわけなのですっ☆ その実験の「営みの連鎖」こそが、遺伝であり、進化であり、この世の哲なのではないでしょうか・・??(笑) |
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