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こんばんわっ☆
今日は比較的真面目な哲学のお話ですっ☆ 昔から、「八方美人」とよく言われますが、これは、四方八方に自分の美点ばかりをアピールする、「ハリボテの虎風の人間の事」を言うようで、専ら非難の際に引用される文句でありますっ☆(誰が見ても美人という・・、ミスユニバース的な意味ではありません・・笑) ・・恐らく、今よりずっと昔に、人間の営みに「社会」というものが発生した頃から、「見え透いた作戦を図る者」や「浅はかな人間」が存在した・・、という事なのだと思いますっ。 以前にも当ブログにて、「ええカッコしい」・「カッコつけマン」みたいな風に書かせてもらったことがありますが、今回の記事のテーマは、それを発展させた内容・・、みたいな具合に捉えて頂ければと思いますっ☆(笑) ・・これは、我々が人間という生き物である以上は「大前提」とも言える事なのですが、本当の所は人間誰しも、周囲から「羨望や憧れの対象でありたい・・」と望んでいると思うのですっ。 分かりやすく・・、うがった見方で考えてみると、その「周囲からの人気みたいなものだけ」で、自分の商売が成立している人種の方が存在するくらいです・・。(芸能人とか歌手の方とか・・) そして一般的には、個人たる人間は「人間の社会性」というものがあるために、「独りよがりの世界」だけでは、専ら孤独や退屈を感じてしまい、よっぽど意志の強い人間でなければ、「生きていくモチベーション」が維持出来ないのですっ。 これは、現在の日本人の若者全般に顕著な事なのですが、そのモチベーションの維持や孤独感のゴマカシのために、携帯メールに依存したり、境遇の似た周囲からの薄っぺらい恩恵で、なんとかその場をやり過ごす作戦に出ていると考えられ、その切実な作戦に出た結果、大人になるまでに自分探しが達成出来ずに、闇の社会へ身を投じる少年少女が増加している、という現実があるようですっ。(夜回り先生、水谷氏がそのようにおっしゃっておりました・・汗) 私の考えでは、まだ人生経験や心の成長が拙い中学生〜高校生くらいの年代では、現在の自分の居場所や、これからの人生の展望が全く見えないわけですから、その時期にこそ人生の指針が欲しいにも関わらず、その指針たる親や大人が現在ちゃらんぽらんであるが故に、その心理状態が昨今の若者の世界でピークになっていると考えていますっ。(まぁ、最近では常識なのでしょうけど・・汗) ・・これは、いわゆる「思春期」という奴ですが、その時期の人間とは、まさしく社会と「その常識」なるものが考える概念である、「大人」と「子供」というくくりの境界的な生き物なのであって、その集合群の中での個が、もし何かがちょっと秀でていれば、直ぐさま、集合群たる周囲の興味を引く事が出来るはずですっ。 ・・なぜなら、当該世代は、自分の居場所が分からず人生の展望が見えず・・、しかし、どうにかしてでも自分と人生を見出したい年頃なわけですから、その場合にあって、もしも身近に何かしらのフロンティアがあるのであれば、たとえどんな手段を講じてでも、その他大勢の周囲よりも、自分だけは早く抜け出したい、という願望があるわけですから、これは人間という種として生きるための、当然の作戦や行為の末の現象と言えるわけなのですっ。 そして、その作戦や行為が今回の記事の主な問題となるわけですが、得てして、「そのまんま既成の大人になる場合がある・・」というのが、私がこの記事を通して言いたい事なのだと思いますっ。 ・・どうゆう事かと申しますと、自分の周囲に人間が100人いたとしたら、その100人全員に自分が好かれれば、大前提もそうですし、それはそれで良いのかもしれませんが、果たして、その結果は「優れていると言えるのか??」ということですっ☆ 先に、「そのまんま既成の大人になる・・」と書かせてもらいましたが、最近AC(アダルトチルドレン)とか言われているそうですが、つまり私は、その「AC」こそが、「既成の大人」ということだと思うのですっ。(汗) 一般的に言う「大人」という概念の人間の定義ですが、「心情の機微を踏まえて、侘び寂びを心得ている人・・」、というような人の事を指すのだと思いますが、私の言う「既成」とは、つまり、「作られた人間・生かされた人間」として、強く言い切ってよかろうと思うのです。 先ほどの、思春期の人間においては、そりゃ〜それなりに苦しい自分探しの時期でありますし、他との調和も相応に必要になるとは思いますが、ややもすると、それが過剰なまでに反応して、偏った常識や、「他や周囲の意見こそが正義である・・」みたいな、「信じられな〜ぃっ☆」とかほざいているケッタイな奥さんとかがその主な対象ですが、そもそも、満20歳以上の大人なのに、周囲との調和や全体の処遇を図ることしか能の無い人間に、今度からの生存競争社会の圧に抗う素養など皆無なのであると、私は言い切れるのでありますっ。 しかしながら冒頭に、「大前提としては、人間だれしも周囲から好かれたい願望なり欲求がある」と申し上げましたっ。 ですから、今回の結論として、この大前提と昨今のAC的な事を踏まえて哲学を試みると・・、いつもながらタイトルのままの事ですが、「100人に100人好かれるのは思春期までで良いのですっ☆」、ということですっ☆ これは、普通に考えれば簡単に分かることですが、一般に、私的な付き合いの多い人や、友好関係が広く友人が多い人、携帯の電話帳リストが満タンな人に、厚情な人なんかが存在する訳も無く、自分の可愛い子供だって、もし10人いれば、愛情が10等分になると言われますように、とかく、物事に集中したい時や人生に勝負を賭けたい時などに、そうした邪魔や障壁があっては、崇高なる初心を貫徹することなど皆無なわけです。 ・・つまるところ、ACみたいな人に情熱なんてものがあるわけもなく、私の感覚を披露すると、もしも100人いるならば、私は3人くらいに好かれていれば問題がないわけでして、残りの97人のうち、20人はAC的な人で、次の20人はスクエアで退屈な人で、残りの57人は、世の中の情勢によって、どうとでも転がるような簡単な人だと思うのですっ☆(根拠はありませんが、なんとなく経験上・・笑) 例えば大袈裟に、100人中3人の割合で、現在3%の自己支持率だとして、日本人が1億3000万人だとすると、3%でおよそ400万人の潜在的な支持者がいるわけでして、400万人という人口の規模を考えると、欧州の小さい国家並の集合体なわけですから、私の感覚では、「されど3%」という感が強いわけなのですっ☆、「結果として優れているか?」と問えば、明らかに優れている規模なのだと言えるのでしょうっ☆ ・・最後に、今回の内容を都合よく取りまとめますと、「八方美人は四面楚歌と同じですよっ☆」ってことですねっ☆ なぜなら、人間には「ウソ」という概念がありますからねっ☆、今度からの勝ちパターンとしては、多くを求めず慎ましく・・、それでいて自分の世界はちゃんと持つっ☆(笑)、みたいな気概や作戦が必要になると思うのですね〜っ☆ ・・あとは、「自分が何を望むのか??」という問題なのでしょうけども、八方美人では自分を望めず、「自分の人生は自分だけのもの・・」ということもそうですし、これも大前提ですが、物事は「自分で望んだ人にしか望めないっ☆」ってことですよねっ☆、「人生、流されたらおしまい・・」みたいなっ☆(汗) 本当に大前提のままに、自分が100人に100人好かれようと望むのなら、まず手初めに、「自分の全てを捨て切ることからスタートっ!」でしょうね〜っ☆(笑)、万一それが出来たとしても、とりあえず100人中10人からスタートっ・・(汗)ってとこなのでしょうね〜っ☆ |
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