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おはようございますっ☆
僭越ながら私が今に至り思います事は、「自分の生きる道」について、もしも「定め」や「運命」などというものがあれば、人は人生において「困る事」や「悩む事」は無いと思うんですっ☆ ・・ただ、その「苦悩」や「困惑」があればこその「尊い人生」ではないでしょうかっ☆、という事ですっ☆ なぜなら、人が望むべく「容易に到達できる高み」など、その本来の意味が無いからです・・。 そもそも宇宙の原理と原則において、この世界と我々の存在に意味や価値など無かったのです。 強いて言えば、宇宙の大きく様々な運動の中で、たまたま起こった偶然の副産物が我々のこの世界でありますっ。 そしてこの条件下にて、何事も「あたかも無かった事」のように、時の流れと共に全ては移り変わっては消滅してしまうのです・・。 しかしながら、そうした根本的な理屈が分かっていたとしても、人間という生き物は、「尊さ」や「自分が生きていられる制限の中の無限の価値」と、あるいは「希望」とか「未来」といった概念を、想像と創造する事が出来るのです。(そういう本能というか能力が備わっているのです) ・・「だからこそ人生は素晴らしいのだ、尊いのだ、幸福なのだ!」と、ここで新興宗教のように胡散臭く述べるつもりは無くて、この辺の哲学を私なりに言わせてもらえば、やはり「一つの事に集約された結果でないと人は満たされない」と思うのですっ☆ どうゆう事かと申しますと、「生きる道」というのはあくまでも「道」であって、この世の物事の本質として、人は同時に二つ以上の道を進む事が出来ないのですっ。 当然ながら、長い人生であれば、その分岐点みたいな事にはなろうかと思いますが、たとえそうであっても、その分岐にて自分で選んだ道に対しては、その内容を自分の中でちゃんと収めて、当然のように発生するマイナス部分も包括的に受け入れなければならないはずなのです。 なぜなら、やはりその先にしか「尊さ」や「意味」が無いからですっ☆ つまり、マイナス部分も受け入れた、結果としてのその「尊さ」や「意味」が、あらゆる経緯の中から選ばれた「たった一つの道の先にもたらされたもの」なので、理屈としては「集約された結果」という事になるのですっ☆ そしてタイトルの内容についてですが、「道の何を勘違いしてはいけないか?」という事ですが、つまり自分で「生きる道」をまんまと決められたり分かったりしたからと言って、「それが必ずしも豊かで優れた極楽な道ではない!」という事なんですっ☆ ・・当然ながら「一つの自分で選んだ道」であって、自分なりに何かを集約するべくその先に「希望」なり「意義」なりを見出そうとするわけですが、ともすると、人は狡猾かつ打算的に考えてしまうので、その「道」が見つかりさえすれば、人生はゴールだ!とか、勝ったも同然!とか、左うちわで楽チンだ!などという安直な発想で考えてしまいそうですが、つまり「そんな安易な発想で道を進んではならない!」という事なんですねっ☆ 例えば、それが何からの商売であれば、競合相手との競争と販売やサービスにおける制約と、何かの新しい開発であれば、得てして先の見えない伸るか反るかのギャンブルみたいな事になろうと思いますっ。 あるいは何かの競技のプロを目指すのなら、自分のパフォーマンスを高める研鑽に妥協など許されないわけですし・・みたいな事で、つまり自分が選んだ道にて、それがやりたい事で好きな事で、自信も持ててしかも将来が明るいとなったとしても、その道の進行においては、間違いなくマイナス部分もありますよっ、覚悟は出来ておりますか??、という事なんですよねっ☆(むしろ自分の人生に伸びしろがあると思うなら、マイナスの道を選んだ方がいいかもしれませんっ☆) そして、その悩みや迷いの中から見つけた道で、さらなる奥地へ進む事が困難であれば、もしもその先にある「高み」に到達できるとすれば、それは「何事にも変え難い境地」であろうと思うのですっ☆ 例えば、エベレストの頂上までヘリコプターで行ってもそれほどの偉業には成り得ませんし、サウナも熱いからと言って直ぐに出てしまっては、その効果が著しく減退してしまう事は明らかなのですっ☆(笑) 話をまとめますと・・、結局、人間が認識したり感じる事と言うのは、気持ち一つ、感じ方次第って事ですよねっ☆、自分が満たされるかどうか?という事は、そういう大変曖昧な尺度なんですっ☆ そうした分かり切った冷めた考え方が出来つつも、じゃあ道を見つけるのは面倒だな・・となれば、実はそれも人生の一つの在り方であって、何人たりともその人の考えを否定する事など許されないと思うのですっ☆ やはりそれが宇宙の原理原則ですし、そもそも別に何でも無いのが人生というものであり、それがこの世界のルールでもあるわけですから、要は、その事を通して自分がどのように感じられるか??という点だけが、人生の主たる問題なのである・・という結論になろうかと思いますっ☆(笑)(世界が偶然の副産物なら、自分以外の人の事を思ったり考える事など全く皆無なのであります・・) 繰り返しますが、もしも「自分の生きる道」の開発を渇望しているとすれば、得てしてそれが見つかっても、極楽で素晴らしいものでもないですよっ☆、ただ、だからこそ価値や意味があるのですっ☆、という原則を勘違いしないで下さいねっ☆、という事でよろしくお願いいたしますっ☆(・・と、私が自分に言い聞かせたりしておりますっ☆) 私も先だって「物書き」になると決めたものの、実際には、自分の納得できる表現を完成させる作業というのは、苦痛以外の何物でもない・・という事に、最近気がついたところなのですっ☆、恐らく芸能の「売れっ子司会者」やプロ野球の「天才バッター」も殆ど同じ事を言うと思いますっ☆ くどいようですが・・、だからこそ進む価値のある自分だけの一つの道なんですねっ☆(汗) |
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「『自分の生きる道』について、もしも『定め』や『運命』などというものが」あったら、きっと「悩ん」だことでしょうねぇ。
2019/7/25(木) 午前 7:39
> Mineさんコメントありがとうございますっ☆
そうですかね〜。( ..)φ
2019/7/25(木) 午前 8:12 [ 清水竜志 ]