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こんにちわっ☆
退屈だけど「安定」を取って細く長く平凡と暮らそうか・・、あるいは「人生一度切り」なので、思い切ってリスクを取って勝負してみようか・・、なんて考えるかどうかは人に因りますし私は知りませんが(笑)、とりあえず今は事情があって、限りなく平凡な日々を過ごす私です・・。 さて・・、物理の世界で暮らす私たちですもので、「物事の摂理」というのは正直なものであります。(当然ですが・・) それは、例えば人が重労働をすれば疲れますし、暑い所で暮らせば涼が貴重になったりします・・、まぁ当然の事です。(化学の現象からしてもそうでなければ成立しないのでしょう・・) あるいは人がネチネチした職場で働けば、その人間関係の環境に適応するために、自分もネチネチしなければならなくなりますし、また、キビキビした人と共に暮らせば、恐らく自分もそうならざるを得ないのではなかろうか?と思われます・・。(人に社会性があれば、それは当たり前です) という事は、「ストレス社会」と言われて久しい、現代の当面便利なこの世の中の事ですが、それは本気になっていれば自然とイライラだってするはずです。 どうやらそれがまだまだ動物である「今の時代の人間」という事なのです。 逆に言えば、綺麗で楽しくスマートに過ごせている方がむしろまだまだおかしい時代のはずなのです。 それは例えば、「豊かな老後のための年金」、という強欲でわがままな人間のエゴもそうですし、汚物を素早く処理できる「水洗トイレ」なんかもそうだと思います。 やはり、人が理想とする、綺麗で健やかなものを生産するには、この物理の世界の相応の代償が必要なのです。 やはり、環境を破壊して、富を大地から搾取して、人間生活にとって都合の良い何かを生産するためには、その後の責任が絶対的に伴わなくてはなりません。(対価と代償の法則です) ・・ですから、私が思うには、「まだまだ綺麗事を言わなくてもいいのではないのかな??」と思うのです。 それはつまり、私たち日本人は、まだその立場になっていないのではないのかな?という事です。 具体的には、例えば「年金」というシステムは、今は全く何も生み出さない人々が、以前、自分が現役世代だった頃に積み立てた掛け金を、これまでの世代よりも産み増えて多くなった次の世代が担ったりして、市場で運用するという倍々ゲームの仕組みですが、しかし、労働人口のバランスなどで、人間よりも機械が活躍するようになった便利な文明社会の中にあっては、人口=金の卵の時代ではなくなったわけですから、それはどこかで正負のバランスがマイナスに振れる時期だって来るでしょうし、そもそも物理の世界で暮らす私たちは、「その時いかにして食べて生きて行くのか?」という事が言えなくてはならないわけですから、「もうそろそろ腰が痛いから定年だ、引退だ」というのでは、そうは問屋がおろさないのが自然界の基本的なルールなのだと言う事です。(あるいはお金や債権は紙ですから、それを無尽蔵に印刷すれば、想像力と信用のバブルなんかも置きますし・・) まぁ、想像力で考え行動する私たちにとっては、単純な「死」や「自分が何かを生産出来ない恐怖」というのは、往々にして人生の大問題であるわけですが、私が思うには、なぜ生まれ、なぜ生きるのか、という事に、人類の英知と文明は、未だ以ってその答えを見出しているわけではありませんから、・・まぁ、それはそれで、人生の終わりが近く訪れたとしても、甘んじて受け入れるのが人間が存在する上での「通」なのではないのかな?の思ったりするのですっ☆ ですので、「ふいにイライラしたりしてもいいんじゃないのかな?」と思うのですっ☆ なぜなら、↑上記のような事からも、「まだ私たちはイライラしない立場にない」と思うからですっ☆おしまい |
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