思想家 清水竜志のブログっ☆

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どうも!、今回は、「退屈な人生からの脱出」と題しまして、現代人の最大の悩みの元凶、「退屈」ということについての考察です。
「退屈と孤独」というタイトルを、先日アップさせていただきましたので、興味があればそちらもご覧下さい。

今回は、「なぜこんなにも退屈なのか?」という素朴な疑問に対する答えと成り得る哲学です。
では、改めて「退屈」とはどのような状態を言うのでしょうか。

退屈 = 1、することがなくて、時間をもてあますこと、 2、飽き飽きして嫌気が指すことと 3 疲れて嫌になること
の3点の意味を国語辞典で調べることができました。
明らかに模範解答で、非常に分かり易いと思います。

では人生が、することがなくて、時間をもて余していて、飽き飽きしていて、嫌気が指していて、疲れて嫌になっていたらどうでしょうか・・・・・・。
まさに「最悪」、どん底中のどん底です。負けの中の負け、このような人生では真の弱者と言えます。
皆さんにはこのようなことは無関係だと願いますが、実際問題として、弱者や敗者とおぼしき状態が、世間では多くの事例が確認されている今日この頃であります。
「格差社会」や「下流社会」という言葉が一昨年あたりにヒットしましたが、まさにそれですね。
善とか悪、賛否良否ではなく、これは事実です。
ですので、私も「退屈」というキーワードに対しては敏感に反応してしまいます。
「退屈な人生などありえない!」と思って、このブログの更新にも力が入っています。

では、私の持ち得る哲学と思想を駆使して、退屈にならないための考え方を皆さんに伝授したいと思います。
理屈と原理はシンプルで、非常に簡単なことです。
要は退屈の意味の逆を実行すればいいのです。
先程の逆ですので、することがあって、時間が足りなくて、嬉々としていて、充実していて、絶好調!という具合ならいいのです。
「そんなことが簡単に出来れば苦労はしない・・・」と揶揄されそうですが、そんなことはありません。
ゴルフのスイングもそうですが、まずは原理原則の理屈から押さえる必要があります。
なぜなら、人生の時間と資源は有限だからです。
タイムリミットは着実に迫っていますし、だからこそ価値があると感じられるわけです。
ですので、絶対に諦めないで、最後の最後までジタバタしてみましょう!

具体的には、「退屈な日常からの脱出」ということですが、このことは特に真面目に書きたいと思います。
退屈の「恐ろしさ」は私にも経験がありますので、このことは本当に無視したらいけないと思うのです。
退屈が過ぎると、孤独や閉塞感が不幸感をもたらし、そのうちに精神がまいってしまい、うつ病と自殺願望に苛まれる恐れがあります。
これは紛れも無い事実でありますし、心当たりのある方も多いのではと思います。

ですので、現状がそれに近い、思い当たる節がある方は、よかったらコメントを通してお知らせください。
この問題の解決は、理解者を作るということから始まるので、私がそれになれるか分かりませんが、少しでも退屈凌ぎができれば「救い」となるはずです。
まあ、とにかく「退屈」はそれほど恐ろしい感情と言えます。

では本題の「脱出」という考え方です。
どうすれば、「退屈ではない最高の人生が送れるか」という、非常に有難い考え方でもありますので、伸び悩んだ人生であったら参考にしてみてください。

1、考え過ぎない 
2、忙しいことは良いことと認識する 
3、先が見えても、そんなことはないと知る 
4、諦める、あるいは覚悟を決める 
5、逃げることも有りと小さく考える 
6、泣いてみる、叫んでみる
7、身近な人に本音をぶちまける 
8、大事だと考えていたことを辞めてみる 
9、自分より不幸な人が賢明に生きている事を知る 
10、やりたいことを大いにやってみる
11、つまらないと思っていたことを改めてみる

とりあえず11項目思いつきましたので、このことを主に参考程度に考えてみたいと思います。

まず1、「考え過ぎない」、これは最も難しい事とも言えますが、万一達成できれば無敵です。
考えないで済むならば世の中の「負」など、造作も無いことと言えるでしょう。
考えて悩むからこその問題でありますので、考え過ぎないということはある意味では「悟り」でしょう。
タネを明かせば、考えないでいられるということは、何かに夢中になっていなければなりません。
夢中になれていれば苦労はしないとも言えますが、成功者の方々は、単にこれだけが優れているとも言えます。
「好きこそモノの上手なれ」という言葉のとおりです。

では2、です。「忙しいことは良いことと認識する」、これも1、と似たようなところがありますが、違いがあるとすれば、「行動が出来ている」というプロセスを踏んでいる段階ですね。
「行動が出来ているのに退屈」ということも多いに想像が出来ますので、これも非常に深刻な悩みです。
ですが、改めて考えてみてください、その忙しさが無くなったらどうしますか・・?
おそらく困窮してしまうのでは、と思います。
ですので、忙しく労力を要することでも、やることがあるということは望ましいことだと再認識するべきだと思います。
「忙殺」という言葉がありますが、忙しいと忙殺の間くらいが丁度いいかもしれませんね。
その上で、その「利」が享受出来れば、念願の成功者にあと一歩なのですが・・。

次は3、です。「先が見えても、そんなことはないと知る」ということです。
「先が見えてしまう」ということは、退屈の中でも最上級の負です。
想像の範疇に人生のすべてが収まっていれば、何もかもが「退屈そのもの」であると思います。
予想によって予定がすべて決まるわけですから、まさに時間の経過だけの人生となってしまいます。
しかし実際には、それは「おこがましい邪念」に過ぎません。
よく言われた言葉ですが、世の中というものは諸行が無常なのです。
不変なことなどありはしない、予測などもってのほかだということでしょう。
つまり、捨てたもんでもないということです。世の中の移り変わりは結構イリーガルで面白いですよ。

では4、「諦める、あるいは覚悟を決める」です。
これも難易度の高い術と言えます。
カミカゼ理論で、覚悟が決まれば何でも出来てしまいますので、これは健全な意味でのということにしてください。
「諦めてやることやっちゃおう!」、と気持ちが据われば「覚悟」となります。
極論はひとまず置いといて、純粋に「退屈」などと言っていられなくなりそうです。
もし難しければ、日頃の小さな判断に意味を見出してみましょう。
「判断」も突き詰めて考えれば、覚悟に発展する可能性を秘めているのです。

「退屈な人生からの脱出2」につづく・・。

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清水竜志
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