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おはようございますっ☆
寒いですねぇ〜。
まぁ冬が寒いのは当たり前ですかっ☆
はい、とゆーことで、今年も一年お世話になりましたっ☆!(^^)!
今年は何ていうか、私的には「準備の年」だったように思いますっ☆
仕事をし、お金を貯め、事業のための資金を回す、みたいな感じでしょーか。
終わってみれば、2018年は、まぁ、まずまず良かった年なのかと思いますっ☆
それは、来年、2019年がきっと良い年になると私は踏んでいるからですっ☆
来年こそは本を売りながらも、「ひきこもり」の事業を本格的に軌道にのせたいと思っているのでありますっ☆
皆さま、応援のほどよろしくお願い申し上げますっ☆
でわ、良いお年を!!
来年もよろしくお願い致しますっ☆m(__)mおしまい
ホームページ → https://shimizu-ryuji.com/
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こんばんわ!、いきなり失礼なタイトルから始まりましたが、不快感を押さえて最後まで聞いていただけたらと思います。
「ダイエットに失敗する人の考察」、ということでよろしくおねがいしますっ☆ 私は食べることが好きなほうなので、油断していると結構プクプクしてくる傾向が否めません。 23歳くらいから、なかなか簡単にダイエットの際の減量が進まなくなった気が致しますが、これは科学的にもそうゆう仕組みに身体がなっている事実があるそうです。 筋肉量が落ちたり、身体が硬くなって基礎代謝が下がったりすることは常識ですが、新しい栄養物質のようなことも最近話題になっています。(ネスファチンとかレプチンとか言うそうですが・・、知ってます?) この前書かせて頂いたオレンジジュースダイエットは、無理なく続けられる方法なので今も続けていて、オレンジが好きな人ならば、美味しく楽しく誰でも、ある程度の成果を期待できると思います。 そこで、どうゆう人がダイエットに成功して自己実現を果たすのか?、という疑問に興味が沸き、今に至ります。 よく、「意思の弱い人は続かない」、とか、「自分に甘い人はリバウンドする」、などと言われています・・。 まさにそのとおりだと思いますが、私の感想では、そんなことは誰でも知っていて、言われている方からすれば、「そんなことは自分が一番よく分かっている!」と反撃したくなりそうです。 当然のことを重ねて当然のように言うなんていう行為は甚だ愚かであり、低俗な行動に他なりません。 もっと崇高で豊かな発想をすれば、その原因と対策を解明しようとすることが本来だと思います。 (私の思想や哲学とは、そのような、発展や応用が期待できるような理屈を目指しておりますので参考までに・・・。) ですので、「ダイエットに成功する人の秘訣の核心」、逆に「失敗する人の理由の核心を」、今日は展開していきたいと思います。 まずは縁起よく、成功する人の秘訣の解明を試みたいと思います。 異論、他論があると思いますので、どうぞ忌憚のないコメントをよろしくお願いしますっ☆ では始めに、「行動」や「思いつき」には「動機」というものが欠かせないと思います。 「何かのため」の労力やコスト、またリスクでありますので、行動を起こす際には、とにもかくにもまずは「動機」ですよね。「なんのために・・」、ということです。 例えば、この身体では健康診断にひっかかる、や、夏に近づいて水着が着られない、などなど、飽食の時代に太ってしまうことは、健康な人間ならば、誰しもが当てはまる現実ではないでしょうか・・。 そこで、起きてしまった事実はそれとして、人はその対策に走るわけですが、ここが運命の分かれ道、まさに「動機」であります。 単に、「健康診断に引っかかる」だけでは動機が弱く、意思を固めるのに不十分です。 そこに新たな不安要素、次の健康診断に引っかかると「昇進に響く!」、となれば話は別です。 サラリーマンの最大の喜びである、「昇進」というものが目の前にぶら下がれば、家族の人生や、自分の立場など、人生において、とても影響力のある事象でありますので、結果の好転に「必死に成らざる」を得ないということでしょう。 次は、「夏に近づいて水着が着られない」という理由ですが、これも動機の強弱が非常に結果に影響します。 例えば、「どうしても付き合いたい異性がいる」として、現在まで、結構上手く行きそうな雰囲気であって、時期に来るプールシーズに、お付き合い前のデートをする約束をしたとします。 そこで、その「どうしても」、というファクターが非常にネックになってくるところでありまして、想像に容易いと思いますが、その思いの強さ如何が、イコール「成果」という具合になります。 本当に「好きで好きでたまらない」のであれば、結果に「まっしぐらになる」でしょうし、「実はそうでもない」ならば、それなりの結果となってしまうことでしょう・・。 先程のサラリーマンの例でも同じことです。 「昇進、昇進」といつも唱えてみても、実際にその場面に直面した際に本気になれるかどうかは、本当に昇進したいのか、家族を昇進によって幸せにしたいのか、ということが問われるということです。 要点をまとめますと、ダイエットに失敗する人が意思が弱いわけではなくて、ダイエットを決めたその理由が、「どのようなものなのか」、ということがこの問題の本質です。 「意思が弱い」ということでだけでみれば、その「動機に対する意思」ということで言えば正解です。 しかし、ダイエットしているという事実だけを指し示して、失敗=弱い、というジャッジは甚だ遺憾でありますし、株取引で、下がった原因が分からずにいつもの銘柄に買いを入れてしまうようなもので、その判断は拙速であって早計だと思います。 ですので何事も「動機」や「理屈」は重要なのです。 無理にこじ付けをすれば、このことを人生に置き換えて考えてみれば、動機が人生に重要になるようなシーンで、その動機に思い入れを入れられるか否かが人生のターニングポイントであって、入れられたならば「上向き人生」、つまり「勝ち組」です。 その逆ならば・・・×、という具合です。 ですので、今回のタイトルでありますが、「ダイエットに失敗する人は人生が下向き」ということは、「何のためにダイエットをするのか」、はたまた、「自分の取っている行動に、強い動機があるかどうか」、ということが言えるかと思うのです。 「行動の動機に強いも弱いもない!」という、サムライスピリットをお持ちの方には関係のない話かと思いますが、私と同様に、大抵の人はサムライではなく、商人か町人くらいのものではないでしょうか・・。 最後になりますが、是非とも皆さんには、今日からの行動の動機には、強い意思と肝に銘じた思い入れを駆使して、人生を切り開いていただきたいと思います。(私も皆さんに負けずに、強い動機を持ち続けたいと思っていますっ☆) この理屈を理解することで、「人生の勝ちの秘訣はなんですか?」、と聞かれる立場になり、「それは動機に対する思いの強さです!」、と答える日が着々と近づいてきますようにっ☆。 ではでは、また昼にでも・・。see you ! |
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おはようございますっ!、遅寝なのに早起きの日もありますよねっ☆
今回は人間の「邪」の根源とも言うべき、「めんどくさい」という感情についての考察です。 唐突ですが、なぜ人は「めんどくさい」と思ってしまうのだと思いますか・・? 「体調や気分が優れない」、「仕事で疲れている」、「二日酔いで」・・・。 このような理由は、稚拙な発想から醸成された、「邪の内でも下の下」とも言うべき回答であって、人として、「好ましからざること山の如し」ですよね。 しかし、私にも思い当たる節がありますし、大抵の人は経験の域のことだと思います。 私が言いたいのは、こうゆう日常的で退屈な理屈ではなく、人生において大変有り難い、また、非常に為になる考え方です。 結論から申し上げますと、「面倒」や「辟易」という思考は、経験や予測から醸成される感情だと私は考えています。 ここで、ちょっと考えてみてください・・、なぜあなたは明日会社に行きたくないのでしょうか・・? 会社に行くと嫌なことがありそうで、しかも何年も毎日毎日同じことを繰り返して、まさに退屈の境地で、辟易中の辟易ということからでしょうか・・。 (誰もがそうだと思いますが、変化のない、ありきたりな日常などウンザリですよね?) (人生がそのまま過ぎてしまうと思うと純粋にゾッとしませんか・・?) (まさに、相対性理論の時間の感じ方をモロに受けてしまっていて、時間を遅く感じてしまう状態です。) その会社に勤めた何年もの経験が、現在の面倒だと思う予測を生んで、会社に行く事前には、その予測から「めんどくさい」と感じてしまうのだと考えられます。 もちろん、会社の職場での交流や、仕事の成果や報酬などで、やりがいや喜びを感じている人も多いと思いますので、誰しもいつでもというわけではありませんが、一般論として、仕事が休みの方が楽しいですし、通勤などは非常に苦痛を伴う人生の浪費と考えるひとも多いと思います。(ですからニンテンドーDSが売れているわけです) まあ、ここまで良くある話であって、有難くも何ともないかと思いますが、ここからが私の思想家としての腕の見せ所です。 では、どうすれば「めんどくさい」と思わないようになるか、というまさに画期的な考え方で、もしこの理論を実践できたなら、あなたの人生は急転上昇すること間違いなし!、とまでは言いませんが、何かの役には立つと思いますので参考までに聞いてください。 要は、その「予測をコントロールすれば良い」、ということが核心です。 予測とは、本人の「思い込み」や、「根拠」や「実態」のない、「あくまでもイメージに過ぎない」と考えることがコツとミソです。 自分の意思に反して、自分のその経験から、脳が勝手に予測を立ててしまうというようなことですが、まさにコレをコントロールするのです。 脳を操ることは出来ませんので、自分の望む結果になるべく、自己に暗示をかけるという具合の作業になります。 しかし、信仰や怪しいマインドコントロールということではなく、単に「心掛け」や「心構え」というようなことです。 私も先程気がついて、今このようにアップしておりますので、この理論に対する実証はまだ成されていませんが、私のその他の経験則からすれば、大いに効果が期待出来る理屈だと思います。 では、その真髄です・・。 「面倒だと思っていたことも実際にやってみると、思っていたよりも面倒ではなかった」という、経験を意識するというだけです。 この反復作業が後々に、本当に面倒なことでも、人生にはどうしてもやらなければいけない時ということがありますので、まさにその人生の勝負時にこの考えが生きてくるのです。 「石の上にも三年」とか、「ウサギとカメ、アリとキリギリスの寓話」などもそうですが、このような考え方は、昔から有り難い「教え」として、孫から子供に受け継がれているという実績があります。 何も私が発明したことではありませんが、私の追及する、理屈や思想とはこのような応用が大勢を占めていますので、以後チェック願います。 (人生とは、参考と応用が織り成す、発想と発見が奇跡を生み出すもの、というぐらいのことが悟りだと思う、今日この頃です・・・。) ですから、強引な理屈なようですが、他からの意見で、自分にとっての都合の良い解釈は、存分に果たせばいいということです。 話をまとめますと、「めんどくさい」と思わない極意は、「自分の予測など安易なものだ」、「やってみれば対したことはない」、「やれてしまえばもうそれで終わりなのだ」、と考えるということでしょうっ☆ 皆さんはどう考えていただきましたか・・、コメント待ってますっ☆ では、また夜にでも会いましょー☆ see you .! |
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こんばんわ!、今回は、人間の内に秘めたる奇跡のパワーとも呼べる、「勘違い」についての哲学です。
勘違い = 「思い違いをすること」、ということで意味は通じると思いますが、私の言いたい意味は、「スイッチ」という意味での理屈です。 人生には「決心」や「覚悟」という、通常の意識や日常の生活の感覚では重たくて、出来れば回避したいというような事態が、長い間には幾度かの境遇として、誰にでも訪れることがあると思います。 選んだその道によっては、「決心」と「覚悟」の連続という、言わば「イバラの道」や「修羅の門」とも言えるような道を歩んでいる方もいらっしゃいます。 その道で結果を出したり、社会的に認められたりすれば、間違いなくその人は「成功者」とされるはずです。 では、そのような道を歩める人は、いかようにして自分を奮い立たせるのでしょうか・・。 そのような啓発本は、巷に星の数ほど出回っていますが、私の今回注目する言葉は、今回のタイトルにもなっています、「勘違い」という言葉です。 先程、「スイッチ」と表現させていただきましたが、意識の中で、「自」と「他」との違いを一番分かり易く示すものは「差」だと思います。 英語では、「ギャップ」や「ディスタンス」とも言えますが、まさしくそのような具合のニュアンスです。 例えば、「公人」としての社会的地位を得ている方は、プライベートでは自己を表現しますし、公の場では公人としての自分、つまり「他」対策を施した意識を備えると思うのです。 公人や成功者でなくとも、我々一般人でも、内の顔と外の顔は区別して、TPOに合わせて使い分けていると思います。 ですので、この書き込みの核心である、「成功ををするためのスイッチ」とも言えることですが、それは「勘違い」とも言えるのではないか、という私なりの考え方です。 冒頭の「思い違い」ということではなく、「TPOにあわせた勘違い」、仕事でお金を稼ぐ勘違いや、プライベートでも勝負しなくてはいけない場面などでの勘違い、等々です・・。 例えば、恋人にプロポーズをする男性は、愛を伝えるためにドラマの主人公のような心境で、事に望まなくてはならないので、そこには「スイッチ」が必要となります。 「お酒の力を借りる」、「ロマンチックな最高の演出をする」などということも、分かり易い「強制的なスイッチ」と言えます。 物理的、心理的に、自分では大よそ引き下げることができないように、事前にわざと自分を窮地に追い込んでおく、というような、いわば「背水の陣」、「四面楚歌」の状態を作り上げるわけです。 こうなっては、たとえどんなに意思の弱い人間でも、その計画の遂行を実施しなければならず、是非可否を問わず、とりあえず、目の前の喫緊の事態に取り組むのです。 先程の「成功者」ということで考えれば、その結果に在り付く前には、始めは誰しもが「素人」であって、「一般人」からのスタートです。 右も左も分からずに、ただがむしゃらに前に進むだけの手段しか持ち合わせていない状況です。 そして、結果的になんとか成功を収めたとしても、「なぜ成功できたかその秘訣を証明してください」、などと言われても、大抵の方は漠然としてしまっている意見で、我々がそのまま取り入れても、現実的ではないプロセスしか表現できないのではと思います。 ですので、私の推論では、そこに何らかの「スイッチ」とも言うべき「勘違い」があったのではないか、と考えるわけです。 「スイッチ」が入れば成功に近づき、「スイッチ」が無ければ、平凡な実力や結果に甘んじる可能性が否めないのでは、ということなのです。 誰もが大舞台では緊張しますし、期待を受ければプレッシャーも掛かります。 そんな折には一般的に、ジンクスやルーティン、過酷なトレーニングなどで、自分をインスパイアするとされていますが、さらに次の段階の成果を挙げるには、さらなる「追い込み」と「スイッチ」が必要になろうかと思うのです。 最近流行りの芸人さんを、テレビなどでその活躍を目の当たりにすると、ホントに覚悟を決めて芸をこなしていると感じますし、人生と命を掛けて良い意味で「勘違い」を果たしているなぁ〜、と感じるのです。 これが行き過ぎたりTPOが成されなければ、他からすれば甚だはた迷惑で、プロとして芸をこなす芸人としては、 お金がもらえない状況になるかと思います。 ですから、「売れっ子芸人になりたい!」と、心から念ずれば、日頃の鍛錬で、公と私の激しい差の勘違いだって、「スイッチ」のように操れるようになると考えられます。 考えても見てください、自分がきらびやかな衣装をまとって、ステージに上がり歌を歌っておどりを踊る姿を・・・。 恐ろしいとも言えますし、おこがましく、おぞましくもあります・・・。 しかし、「それをやらなければ人生が終わる!」、となれば誰もが決心するでしょう。 「やるしかない!」と・・・。 そこにはお酒も野暮な演出も通用しない、シビアな競争原理が待っています。 望まれるとおりの結果を出せれば賛辞を得ることができますが、その逆でしたら、人生が急転直下して、3ヶ月くらい後悔を引きずってしまうかもしれません・・。 旬の芸人さん達はそんな毎日を見事に乗り越えていますので、必然的にセクシーに見えたり、羨望を受けたりすると思うのです。 「どこまでが成功か」、は、もはや定義のしようがありませんが、少なくとも、決心や覚悟は、大小強弱はあれど、何らかの「勘違い」から始まっていることがあるのではないかと考えております。 逆に言えば、成功を人生にもたらしたいと考える人は、覚悟という言葉ではなく、「良い意味での勘違い」をしてみたらどうでしょうかということにもなります。 今をトキめく、「エドはるみさん」や「鼠先輩」は、その勘違いで今の地位を獲得したのではないかと思えてなりません。 ですので、敬意を込めて賛辞を送らせていただき、これにて書き込み終了ですっ☆ 勘違いコメントお待ちしておりますっ☆(ということで、人生やったもん勝ちではないでしょうかっ☆) |
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こんばんわ!、今回はお金儲けのお話ですっ☆
「お金儲けは美しいことではない!」などと、子供の頃によく大人から教えられたものですが、今の世の中の状況を見てみると、美しいとか、人間として、などと言っていられないような状態です。 そもそも日本の教育は、「性善説」といいますか、「理想論」で形成されている気がいたします。 私の義務教育の経験では、現実的な教育をされる先生も何数かいらっしゃいましたが、実際には理想論を語る教員の方が多かったように思われます。 何かの議論で、よくアメリカの例を取り上げられる人がいますが、私もその仲間です。 アメリカでは、露骨にお金儲けの教育や、競争に勝つ理論、世の中の現実的なことをタイムリーにキャスティングしているようです。 これは、「人となり」や「美徳」という観点からは屈折した概念だと考えることもできますが、現実問題としては、アメリカナイズ的な教育手法は、今のところ合理的であると言えるでしょう。 なぜなら、現在までの自分の経験や、周囲の状況を客観視してみると、今の若者は生き方や考え方に徒労していると思えるからです。 徒労 = 無益な苦労 ということですので、無益ということは、まさにお金が儲からないということです。 お金儲けや企業活動の言葉で、時価総額や「ケイツネ」などと言うと、ホリエモンを連想いたしますが、彼が世の中に貢献した一番大きなことは、「お金儲けは正当で美しいことだ!」というメッセージを発信したことだと考えられます。 手法やルールという観点で言えば、現時点の日本では彼の戦略ではNGだった、のだと言えますが、結論からすると、「やり方が露骨過ぎた」、あるいは、「性急過ぎた」ということでしょう。 補足になりますが、そもそも、日頃から話題になる日本の処問題ですが、国の借金、つまり現在までの国債の残高ですが、地方や潜在的な全体の量を合わせると、900兆円に登るとか言われていますので、もしこれが無ければ大抵のことは解決できるのではと思ってしまいます。 お年寄りの福祉の問題や、若者の就業支援、環境対策や新しい産業の勃興に充てる原資のことです・・。 ホリエモンに戻りますが、私は犯罪に加担するような真似は致しませんが、犯罪の理屈の分析には興味があります。 まず、なぜ警察は法律違反を取り締まれるのでしょうか・・。 日頃の捜査や独自の情報を元に、現状のルールでは、このような事象や活動は公序良俗に反する、あるいは、国の健全さを毀損する、ということで、物理的に証拠を掴んで行動に移すのです。 検察庁の特別捜査部という行政機関がありますが、(よくニュースで東京地検特捜部と紹介されるやつです)結局は人間の判断で捜査や行政権が行使されるわけですので、曖昧で不安定な仕事をされれば、犯罪の統治もお粗末なものになってしまいます。 もっと言えば、分からないように犯罪をされては、取締りのしようがないということです。 例えば、ホリエモンが何の証拠も残さずにインサイダーを働けば、立件することなど不可能なのです。 日本の警察や検察の捜査力は、国際的にみても非常に優秀ですが、完全に犯罪を把握したり、最新の犯罪に適応するまでに、それなりに期間を要するようです。 しかも、法律のバージョンアップの作業も、立法機関である国会や政府が担当していますので、現実を素早く把握しなければ、タイムリーで健全な国の統治がままならないというのが真実です。 そもそも現代の文明社会というものは、まっさらな陸地に道路とビルなどの建物、相応のインフラが整っただけの、構造物の連鎖というだけで、原始時代のサファリパークのような状況と対して差がないのです。 ですから、犯罪をした瞬間に刑務所に入るわけではなく、法律のプロセスに従って、所定の機関とその職員の方が職務を遂行することで、犯罪者は牢に入れられるわけです。 忌まわしいことですが、実際に捕まらない犯罪者だって過去にも多く存在していますし、時効や自然に世の中から忘れられた事件や犯罪など腐るほどあります。 ですので、「分からないように犯罪をして、お金儲けをすればいいのです!」、ということは絶対に違うので止めましょうっ!! 「天罰」という言葉がありますが、そんなものは実際には存在しませんが、それに似たものなら理屈で証明できます。 何かの悪さをして、その後に「何か」から咎めを受ける、ということですが、これは、裁きが下るという曖昧なことではなく、その真理に隠された法則があるのです。 人間というものは面白いもので、行動や心理にパターンがあります。 「悪巧み」は人生が上手くいっていない人間が考えることですし、逆説的に、人生が好転している際には、余計な邪念を取り払って、自己実現やその物事に夢中になって取り組むものです。 ですから、犯罪を企てている時点で、その人は人生が後ろ向きになっている証拠ですので、もしその計画が成功したとしても、その計画の成功体験から、また同じような犯罪に走る可能性が極めて高いということです。 分かり易い例を挙げれば、ハイリスクな金融商品に手を出して、利益率の高い仕事が出来たとして、その成功体験が忘れられずに、またハイリスクに走るという具合のことと同じです。 パチンコやギャンブルの理屈ですが、人間とは面白いもので、理屈や思考で理解していても、もはや「性(サガ)」と言っていいでしょうが、成功体験をしてしまうと、健全か不健全かということを度外視して、全く同じことを繰り返すのです。 ですから、昔から言われている言葉で、「タダより怖いものは無い」、「キレイな薔薇にはトゲがある」、「上手い話には裏がある」、などなど・・、こういったことは非常によく当てはまる「教訓」とも言える法則なのです。 結論から申しますと、「楽しよう」「得しよう」からは、「何にも得られることはない」、ということで、お金儲けをしたいならば、「自分が得意なこと」、「自分が好きなこと」、を「極める」しか他に手段や法則はないのです。 近道やズルをすれば天罰が下ります、これは明らかに比喩ですが、あながち比喩も侮れませんねっ☆ 私事ですが、私は文章が書くのが好きなようです。 なぜなら理屈が好きだからです。 ですので、毎日このようにブログで理屈を更新しています。 いずれこの活動が認められて、富や成功に繋がれば、それを元手に面白いことが出来たらなぁ〜と、邪念を抱いています。 ホリエモンのように、天罰や裁きが下れば、私の目論見もNGだったということになりますかね・・・。 ではでは、コメントをお待ちしておりますっ☆おしまい |




