思想家 清水竜志のブログっ☆

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こんにちわっ!、今回は「スポーツの魅力とは」、というの哲学ですっ☆

今日の朝、男子ゴルフの石川遼選手のスポンサー収入が23億円、獲得賞金が一億円、視聴率が14%とか報道されていましたっ。

一般人からすれば考えられないくらいの労力対効果でありまして、17歳の少年が、一流プロ野球選手の上をいっている数字で、生半可なことではないなぁ〜、と驚きと好奇心でテレビを見ていましたっ。

私はこのときに、「なぜこんなにも経済効果が生まれるのか?」という考えに至りました。

競技というものはビジネスではなく、あくまでも、競技者が一定のルールの中でパフォーマンスを発揮する、という定義で差しさわりないと思います。

ゴルフで言えば、ゴルフコースの最後にある穴に、何回のヒットで入るか競ったり、その過程自体を楽しんだりする行為です。

それを楽しいと思ってライフワークにする方も多く存在しますし、逆にそれほどでも・・、という具合に、冷めた評価の方もいるでしょう・・。

それなのになぜ、これほどまでの市場や経済効果が発生するのでしょうか・・っ?

この際には個体差は考えずに、その「本質は何か」ということに特化して考えたいと思います。

プロのスポーツ選手という職業や立場がありますが、この定義とは一体どのようなことでしょうか・・。

一般論でもありますが、その競技で「生計を立てている」、「社会的な地位が確保されている」、「人生を賭けて競技に挑んでいる」、等です。

最もポピュラーで理屈の通った考えは、最初の、「生計を立てている」、ということで良いかと思います。

現在の日本ような情勢では、「生計を立てる」、という行為をある程度の期間全うするだけでも、相応の労苦が求められますので、「その競技だけで」となると、それなりのアドバンテージがある、という証明にもなり得ます。

では今回は、そのことについて特段に考えを進めて参りますが、実際問題として、どのようにすれば生計が成り立つと考えられるでしょうか・・。

単に「生計」ということだけで考えれば、ピンからキリでありまして、浮浪者やホームレスという人々も、生計を立てている、というだけの事象で言えば、生計を立てていると言えます。

「生き永らえる」、という行為だけでも、生物界の掟からすれば、実際問題大したことなのです。

やはり、今回のタイトルからの考察をすれば、その上で、「社会的な」や、「人生を賭けて」、ということも、重要な要素となるのだと思います。

ですから、「その競技で生計が立てられていて、社会的にも文化的で健全な姿を維持していて、さらに人生を賭けて競技に挑んでいる人」、それがプロスポーツ選手ということではないでしょうか。

そして本題に参りますと、では、「なぜこのような定義が成り立つか?」、という疑問に答えることが、今回の書き込みの価値だと考えられます。

分かり易く言えば、「相応の収入が得られる」、ということに尽きるかと思います。

世の中は、貨幣や通貨の代替が中心で、社会が成り立っている文明ですので、それを無視しては、すべてが成り立たないと言えます。

「収入を得るためには代償を払わなくてはならない」、と考える方もいらっしゃいますが、私は、それは「思い込みに過ぎない」、と考えています。

単に代償を払うだけで収入が得られるというであれば、「苦労」と「成果」はイコール、ということになってしまいます。

「頑張っても報われない」、という言葉があるように、「頑張り」が保障されるという幻想は、もはや通用しないわけですし、私は、現在のような成熟した環境では、それも必然の結果だと考えています。(悲しいことですが、それが真実です・・・。)

競争原理のことが今回の言いたいことではありませんので、話の軌道を修正しますと、やはりタイトルになっているように、「スポーツの魅力とは」ということが、この考え方の核心だと考えられます。

魅力 = 人の心をひきつけて夢中にさせる力 という意味だそうです。

明らかに模範解答ですし、非常にスムーズに理屈が理解できます。

スポーツのことですので、自分が競技をする場合と、自分がその競技を観戦する場合と、2パターンが想定されますが、「スポーツの魅力」とは、この両方の意味があると考えられます。

観戦する場合においても、ある程度の競技者自身が「オブザーバー的サポーター」として観戦する場合と、全くの未経験者が、その競技を「傍観者」として観戦する場合では、「のめり込み方」が違いますし、実際それだけで観戦が成り立つか否か、というマイナーなスポーツも存在します。

ですから、「魅力」とは↑以上のようなこと、と言えるでしょう。

ある人にとっては、それをやりたくなるほどのパワーを感じ、ある人には見たくなるだけのパワー、あるいは制約があってそれらが叶わない場合もあるかと思います。

ゴルフの例が冒頭に出て参りましたので、ゴルフで分かり易く締めくくりますと、ゴルフの競技自体にメーカーが企業体として発足したり、プレイヤーにスポンサーがつく、という現象が、これらのことを物語っていると考えられます。

競技の市場が小さい競技、例えば、すでに時の人となっているフェンシングの大田選手がテレビで言っていましたが、フェンシングは日本では非常にマイナーなスポーツなので、その競技用アイテムを製造するメーカーが少ない、と言っていました。

経済原理からも妥当性があることですが、作っても売れなければ、在庫がダブついて、経済活動に支障をきたしてしまう為、メーカーも生産や開発計画に積極になれないと、非常に簡単な理屈で理解できます。

ゴルフとフェンシング、ということで想像していただければ非常に分かり易いのですが、市場規模、すなわち、その競技に関心を示す人の割合、この場合においては、そのスタンスはそれほど重要ではありません。

傍観者かオブザーバーか、アマチュアプレーヤーか競技者か、プロかファンか、そのいずれにしても、その市場の形成には一役買うわけでして、影響力の強弱はありますが、全体の絶対量ということは、その競技自体の、その時代の魅力の尺度ということになります。

ですので、その要素の解明がこの書き込みの核心です。

例えば、オリンピックの放送が高視聴率なのは、その競技のプロセスや結果、そのプレーヤーのヒューマンストーリーが、視聴者を感動させたり、勇気付けたりすると考えられます。

それによって、「やってみたい」、や、「見に行ってみたい」、などの衝動が生まれるわけでして、その行為に対して経済効果が発動するわけです。

締めくくろうと思いましたが、かなり理屈っぽくなりましたっ☆

まとめると、スポーツは、「見るもやるも面白い!」ということで、「もっと凄い選手が見たい」、「もっと凄いプレーが見たい」、あるいは、「自分がその役割を担いたい」、「その役割を支える人になりたい」、「その効果を利用して企業価値を高めたい」、そのような魅力こそが、スポーツの魅力だと、私は考えています。

突き詰めて考えれば、人生とはスポーツと同じようなもの、でもあります。

パフォーマンスのために自分を磨いて、結果のために努力をして、まさに人生やビジネスライフのようなものです。

良い汗が掛ける面白さ、爽快感、達成感、充実感、そのような、生体的、官能的、衝動的な反応が、分かり易いスポーツの魅力とも言えるでしょうねっ☆

「白黒はっきり」などとよく言われますが、スポーツの勝敗は、往々にして白黒はっきり、潔い結果が出るということも、エンターテイメント性の秘訣でしょうねっ☆

政治やビジネスの世界はグレーが多くて分かり辛いことが多いですよね?(そう思いませんか・・?)

ではみなさんのスポーツコメントまってますっ☆(今回は非常に良い文章が掛けましたので、よかったら「傑作」に一票お願いしますっ☆、これまでに誰も入れてくれませんので・・・。)

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