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あけましておめでとうございますっ☆
西暦2009年、平成21年がはじまりましたっ!? みなさんは、どんな年越しをしましたかっ☆ 私は晩御飯が美味しかったので、ちょっと食べ過ぎてサクッと寝ていましたっ☆(そしてさっき起きましたっ☆) さて、みなさんは初詣やパーティーのつづきを楽しんでおられるかと思いますが、いつも冷静な私は私らしく、現況の分析をしてみたいと思いまして、新年早々、早速アップしてみますっ☆ 私も冒頭から、「おめでとうございますっ」、という挨拶からスタートさせて戴いたわけですが、ここで、このブログと私らしく、なぜ新しい年が始まると「おめでたいこと」なのか?、ということを考えてみましたっ☆ 1、世界中の人と同じことが共有できるため 2、去年の良いことも悪いこともリセットできて気持ちが良いため 3、数字が1から始まるので、キリが良く気持ちが良いため 4、実はそうでもないのですけど、昔からの風習でそのように感じるため 5、仕事が休みで、気楽&お出かけや娯楽ができるため 6、テレビが特番で面白いため 7、美味しいものが食べられるため 8、家族や親戚と一緒に居られるため 9、「今年は頑張るぞ!」という新しい気持ちになれるため 10、冬のボーナスが出たため とりあえず10個挙げてみましたが、深い理由と思えることもあれば、適当な理由のものもありましたっ☆ 人それぞれの感じ方、つまり価値観ということですので、狭義ではなんとも言えないところでありますが、体系的には私は、「人間の妙」ということで、なんとなく理屈が通るのではないか?、と考えています。 と申しますのも、昔から人間とは、仲間や種を重んじる感覚があるようです。 最も狭い範囲では、家族、次に仕事仲間、あとはその土地の近所の方、自治体、県や地域、国、といった具合に、自身に関わる範囲に対して、愛着や執着があるのが人間という生き物の習性です。 これは人間に限ったことではなく、ハーレムや群れをなす動物にも同一のことが考えられます。 戦略的に、単体で過ごすよりも集団の方が利がある、ということでしょう・・。 ですから、上記の1、「世界中の人と同じことが共有できる」、という理由が、実は私が考える新年のおめでたい理由の筆頭なのでは・・、と思っています。 先日、中東の紛争地域で雪が降って、抗争が一時中断した、というニュースが報道されました。 これは稀な自然現象を、「驚き」という感情を皆で同一の気持ちを分かち合ったために起きた、一時のシンパシーだと考えられます。 「雪が降ったのだからちょっと休憩しよう!」、などという理屈や暗黙のルールからではなく、生体的先天的に起こる、ごく自然の感情で、「驚き」が「怒り」を勝った、と言えることだと思います。 これに代表するように、人間という生き物は、その種としての価値感というものが、自然に備わっているものなのです。 ですから、新年、つまり西暦の一番の土台の数字が更新されるために、一斉に同じ感覚が味わえる、富める者、病める者、怒る者に、影響や隔てがなく、その瞬間だけは同じ気持ちが味わえる、このことが、「おめでたい」とされる最たる理由の本質だと、私は考えています。 そしてもう一つ重要なことは、基本的に人間は、「平和」や「安息」、「喜び」や「安らぎ」といった、「正」や「安」の心理を主として考える、ということです。 誰しも「諍い」や「軋轢」は好ましくないと考え、「どうせなら楽しく生きていこう!」と考えるのが常なのです。 まあ、この論理は漠然とするようですし、当たり前のことのようですが、改めて考えてみると、結構深い思索ができ、人間としての幅が生まれるのでは?と思い、この記事を書かせていただいた次第でありますっ☆ 高校野球で、自分の出身地から選抜されたチームを応援したくなる気持ち、これはこのことを証明しているのではないか?と考える具合でありますっ☆ では、種としての喜びを味わいましょうーっ!? 新年コメント待ってますねっ☆ |
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2019年01月19日
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