思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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こんにちわっ☆
今日は完全にぐだぐだな日ですっ☆(笑)
普通に昼過ぎまで寝てしまいましたし、取り立てて予定を決めなかったのが敗因でしょう・・・(汗)。
まあ、そんな日もある、ということで・・。(笑)

では、今日のテーマ「べき」と「らしさ」についての考察ですっ。

要は日本語の授業みたいなことですが、言語というコミュニケーションツールは、法律や憲法などにも用いられている、社会形成を得る上では、必須の概念だと思いますっ☆

宣戦布告や同盟や条約なども、言語によって成されるわけですから、このパーツとなる、「言葉」、というものについては、それなりの意味合いと、動機付けのようなものが必要となるはずですっ☆

そこで、今回気になるパーツ、「べき」と「らしさ」について考えてみますっ☆

前回のアップもこうゆう具合の内容ですが、最近は「生き方の迷子」、みたいな大人の人って多いと思います。

「選択肢が多くなりすぎてしまい、決断できない・・」。

つまり、「自分に自信が持てない」、ということなのでしょうけど、私からすれば、「簡単に自信が持てるほうが変」なのであって、それで鬱になったりするのは、甚だもったいないと思うのです。

人生とは戸惑いであり、迷いや苦しみからしか、答えは生み出せません。

これは昔から考えれている事のようですし、恐らくこれからも続く、考え方の方向性だと思います。

なので、今日の私の行動のように、「楽観する」ということって、必要だと思います。

そして、コンプレックスや敗北感を意識するのって、実は結構簡単なのです。

なぜなら、自分のせいにして行動をしない理由、とできるためで、本当に一番大変なのは、「勇気を持つこと」、「覚悟を決めること」、「行動する理由を探すこと」、なのですねっ☆

「やらない」、「やれない」、「やりたくない」、というのは簡単で、これは非常に「もったいないこと」、でもあるのです。

「自信が持てない」なんて、ホントに当たり前のことなので、そうゆう時はちょっと楽観してみて、自然体で考えるのも一つの手だと思う・・・、ということで、本題に移りたいと思いますっ☆

まず、「べき」という言葉の用途はどのようなことでしょうか・・。

仕事をするべき、家事をするべき、子供を生むべき、趣味を持つべき、自分を高めるべき、成長するべき・・・、などなど、今より高いところを目指すうえでは、非常に有意義な言葉であると考えられます。

対抗的に、「らしさ」とは、どうゆう用途があるでしょうか・・。

自分らしさ、人間らしさ、男らしさ、女らしさ、親らしさ、子供らしさ、先生、総理大臣、大統領・・・・。

といった具合に、「らしさ」とは、その概要を表す上での、「美」や「規範」みたいなことだと思います。

ですので、私が思うに、「べき」と「らしさ」という言葉は、似ているようで相反する、非常に面白い言葉だと言えると思うのです。

例えば、自分が「こうするべき」、と思ったことでも、それは「自分らしいのか?」、みたいな葛藤って、生活や人生においては、よくあるシチュエーションだと思います。

これは、相反するパターンの典型例ですよねっ。

次に、自分が「こうあるべき」と思ったことで、これは「自分らしいぞ!」と、手応えを感じる時、これは似ている用途のパターンの典型であると言えるでしょう・・・。

前段状態での想像では、「べき」と思って、事に望むわけですが、実際にはその想像が、想定内か否かで、結末がだいぶ違ってくるのだと思います。

そうした時には、「らしい」という言葉の使われ方が重要になってきて、望まれる結果であれば「らしいぞ!」となって、そうでなければ「らしいのか?」となるわけです。

なので、「べき」と「らしさ」とは、似て非なる関係ではないか?、と思って今に至るわけですっ☆

噛み砕いて表現しますと、「べき」は「理想」や「願望」、「らしさ」とはその結末や概要を表す単位、みたいなことではないか、ということです。

そして、これらは決して安定せずに、暴発する可能性がある関係、男女関係や核技術、みたいな、面白い組み合わせだな〜・・、と思って書かせていただきましたっ☆

PS、先日、岩波書店より発行されている、広辞苑第6版(机上版)を購入しましたっ☆(前から欲しかったので、購入出来てかなり嬉しいですっ☆)

机上版と普通版があるのですが、机上版13650円、普通版8400円ですっ☆

机上版は大きいサイズで、その名の通り、デスクトップで使う用で、本体が二つに分かれていますっ☆

普通版は、「ギャグかなぁ〜」、と思うくらいの厚みの本です・・、「机上版ではない」、という概要で考えると、「持ち運ぶ」、という意味だと思いますが、かなり無理な大きさ&重さです。(たぶん・・)

恐らくこの書物の影響で、日本語について書いてみたくなったのだと思いますが、個人的にはかなり面白い本だと思いますっ☆

・・・なので、一緒に日本語オタクになりませんか!?(笑)

というのは冗談ですが、「べき」と「らしさ」、みなさん、どう考えますか・・っ☆

日本語らしい、コメントお待ちしておりますっ☆
こんにちわっ☆(もぉそろそろこんばんわっ、ですねっ!)
埼玉は今日も気持ちの良いお天気で、環境的には最高の一日だったように思いますっ☆(笑)

日中の用事は、食料品と日用品をホームセンターとスーパーで買い物でしたっ☆

さて、今日の思想的哲学は、「キャラ作り」という言葉についての考察ですっ☆

皆さん、↑この言葉の意味って分かりますか!?

先日のNHKの教育テレビでなんとなく紹介されていたのですが、要は、TPOに応じて自分のキャラクターを変える、という概要のことで、最近流行りのKY、つまり「空気を読む」、の発展系みたいなことなんだと思います。

社会性や対人関係を有用化させるには、要所ごとの顔、つまりTPOということですが、これを使い分けることは優れた行動だと言えますが、「キャラ作り」ともなると、「人格形成」という意味では、「行き過ぎた感」が否めないのでは・・、と、私は衝動的に思いました・・。

要は、「自分の生き方」や「人間としての在り方」、ということが定まらず、どの環境においても周囲の評価や認識を意識し過ぎてしまって、人格を周囲に合わせる、つまり、自意識過剰というような事象が「キャラを作る」、ということになってしまっているのでは?、と思います。

例えばお仕事で、管理職というポストについているならば、「管理者らしい振る舞い」、というものが、自他共に求められると思いますが、それはあくまでも仕事上での定義であって、キャラ、つまり人格ですが、それをそのまま入れ替えてしまうのは、精神衛生の観点や、人としての健全性からも逸脱するのではないか?、と思うのです。

・・このことも、この前お話させていただきましたが、「らしさ」、ということってあるのだと思うのです・・。

例えば、AさんならAさんなりの考え方、BさんならBさんの特徴、CさんならCさんなりのやり方、みたいなことで、あくまでも、それがベースにあってのTPOであって、それに付随して、管理職だったら管理職らしさ、というものがマッチングして、初めてTPOと呼べるのではないかと思うのです。

つまり、「キャラ作り」までしないといけないのでは、その人らしさが損なわれてしまい、TPOどころではなく、「人格のインスタント化」、みたいなことになるのだと思います。

事実として、自分が定まらずに周囲に振り回されてしまい、精神が著しく既存して、病気になってしまっている人って、最近になって以上に多くなっている、という報道もされていますし、身の回りでも、そのような事例を見聞きすることって私だけではなく、皆さんにもあると思うのです・・・。

唐突に質問ですが、そうゆう非常事態の際に、最後に頼りになるものって一体何だと思いますか・・??

・・・私事ですが、私は、「そんなものは無い」、という立場を取っています。

というのも、最終的には自己解決以外に道はなく、家族も同僚も友人も、いくら親身になってくれたからと言って、最終最後のところでは、「ごまかし」が効かなくなり、重大な何かの決断をしなくてはならない、というシーンがやって来るのだと思うのです。

その決断が出来るのは、自分以外の誰でもなく、逆説的には、「自分だけの問題」、とも言えると思うのです。

ですので、最終的には、「キャラ作り」をしているようでは、「本当の強さ」みたいな、生きる上での根源的なことには永遠にアプローチできないと思うのです。

こうゆう場合には、「良い意味での打算」、「生き残るための戦略」と、割り切って、周囲の評価など気にせずに「我が道を行く」が如く、ある種の偏った正義という考え方が重宝するのだと思います。

私は人間というものは、生まれながらにして皆孤独、なのだと考えています。

なぜなら、望んで生まれたわけではないからです。

よく、「親は自分で選べない」、と言いますが、極論としては、気づいたら自分が自分として存在していたわけであって、良くも悪くも酸いも甘いも、今の現実の連続がある・・、ただそれだけのことが、「この世」、ということではないでしょうか・・。

たしかに、ここまで生きてこられたのは、両親や周囲の力添えのおかげだという認識は、理屈の論理からも、昔から強く持っている人が多いと思いますが、それにしても理不尽な事実や、矛盾の真実、というものが氾濫している世の中です・・。

しかも現代のように、これだけの情報が誰にでも明け透けであれば、「これも必然」と、こうゆう認識も自然に感じているのは、私だけではないと思うのです・・。

なので私は、「考える」、という手段を自然に取っているのだと思います。

それによって、自分の存在意義や価値、その行方、みたいなことを突き詰めていくしか方法がない、とも言えます。

このブログ、という手段で、このようなことを言えるかどうか、若干の疑義も残りますが、なにせ一日生涯なわけですから、私にとっては、毎日毎日がスペシャルですので、とにかく今に悔いは残したくない、と考えるのです。

・・・、と、ちょっと熱が入りすぎてしまいましたが、「キャラ作り」、みなさんは、この言葉を聞いて、どんなことを想像しますか!?

人格>キャラ、ですか、それとも、キャラ>人格、ですか・・・??

TPOとKY(空気を読む)、についてどんな考えを持っていますか??

よかったらコメントしてみてくださいねっ☆、お待ちしておりますっ☆
こんにちわっ☆
昨日は雨でしたが、今日は埼玉、快晴ですっ☆(ちょっと風が強すぎます・・・)
やっぱり、青空と澄んだ空気、冬の気候は最高ですねっ!(嬉)。(夜は寒いばっかりですが・・)

では、今回の思想的哲学、「夢のグレード」、ということについて考えてみますっ☆

過去の記事の「夢を叶える秘訣」を見ていただきたいのですが、私の自論では、夢というものは「叶わないほうが良い」、という考えを持っています。

これは、「夢」というものは、いざ達成してしまえばその魅力がなくなり、その際に出ていたパワーがなくなってしまうから、というロジックですが、それについてさらに考えを進行させてみましたっ☆

そして現在は、「夢にもグレードがある」という雰囲気になっています。

「日に三転」、という言葉があるように、「その時々での考え方」というものは、柔軟に変化して良いものだと思いますので、「成長」や「択一」というニュアンスでなく、「許容」だったり「容認」、という具合の方が、健やかで優れていると思うのです。

なのでこれからも、「一見矛盾する」、というようなことはあるかと思いますが、しかし、それによって、何かの「閃きになる」みたいなことは、揺ぎ無いことだと思っています。

ということで、「グレード」、という言葉の意味について調べてみましたっ☆↓

grade(グレード) = 等級、階級、程度、品質、評点、評価、段階点、ということでした。

似た言葉に、rank(ランク)、という言葉がありますが、日本語的に解釈すれば、さしたる差は無いかと思いますが、とりあえず今回は、grade(グレード)、という言葉で進行して参りますっ☆

さてグレード・・、「夢」のグレードです・・。

「夢に優劣なんてない!」、みたいに思われるかもしれませんが、一般論ではなく、極論や思想的哲学の話ですので、受け入れ難いニュアンスだと思えば、サラッと受け流していただいて良いかと思います。

私が思うに、今の世の中のトレンドでは、「何のために・・」、みたいなことって多いのだと思うのです・・。

例えば、何のために勉強するのか・・、何のために働くのか・・、何のために生きるのか・・、結婚、子育て、趣味、人生、生きがい、生命、使命、などなど・・・。

とにかく、皆さん悩み苦しんでいるのだと思います・・。

ですから、自己啓発みたいな本とか番組、新興宗教や、その手の詐欺、みたいなことが以前、事件になったりしていました。

これは今に始まったことではないらしく、紀元前から続く、「人間の性」、みたいなことだと思います。

なので、要はそのグレード、というです・・。

その時代、時代で、規模や範囲、属性、みたいなことって変化したのだと思います。

そして現代では、その隆盛の反動で、選択肢や迷いが、かつてない規模や範囲で起こっているのだと思います。

とかく我が国、日本では、「豊かさ」ゆえに選択肢が多く、選べない、分からない、といった具合のことだと思います。

「内定ブルー」という言葉が出てきましたが、あれはまさにそうゆうことを証明しているのだと思えてなりません・・。

そしてそうゆうことに、ある種の「救い」や「答え」、という具合のことを施せるのが、私は思想や哲学、だと思うのです。

なので、今回は強気の提言をさせていただきますと、つまるところ、人生に正解も不正解も無いのだと思います。

ですので、「グレード」、という言葉を選ばせていただいたのです。

例えば、クルマのグレードについてです。

そのメーカーが設定する、料金帯に応じたプロデュース、つまり高い車は性能が良いが全体のピラミッドのバランスで、上層階級のシェアからしても絶対数が売れないので量産の計画が立たず、一台あたりのコスト高い。
部品も上層階級のニーズに合うように作り込んでいるため高くなってしまい、結果的に良いクルマは高い車となる、みたいな定義で、車種のグレードが設定されているのだと思います。

逆に安いクルマは、最低限のパッケージでそれなりの品質となるが、実用には支障がなく、ピラミッドのバランスで量産が利き、一台あたりのコストが安いため、安く手ごろなクルマとなる。

ですので、「グレード」、という概念が発生し、それに応じた結果が伴ってくる、というパターンで結構だと思います。

その車種を選ぶ人に優劣なんてありません・・。

その車種を選びたくなる生活設計や人生の戦略があるわけですから、体系的な差はありますが、それによって優劣、というわけではないと思います。

クラウンにはクラウンの、カローラにはカローラの答えってあるんだ、みたいな具合です。

そして、それをそのまま「夢」、という概念に置き換えてみると・・。

夢にも、最上級と中級、下級、みたいな風になるのだと思います。

繰り返しですが、私は夢というものは、その間の福利の概念だと思います。

つまり「過程」ということですけど、「途中」ということ感じで、もし今夢を追っているならば、その最中が一番充実していて、「幸せ」、という具合になります。

そして、いざ本当に叶ってしまっては、また次の夢が出てくる・・、といったことの繰り返しが人生なのでは・・・、ということです。

本当に「夢」というものを理解しようと思えば、クルマのグレードのように、その種類ごとの答えがあって、すべて正解なのだと思うのです。

決して不正解などなく、どの夢を追っても正解・・、つまり「夢を追う」、という作業自体が実は夢なのでは・・、とも言えるかと思います。

なので、「夢にグレードがある」、ということは、久しぶりに不偏的なことではないかと思いますっ☆


・・・という具合の記事ですが、みなさんは、「グレード」という言葉、そして「夢」という概念、それについてどのような答えを持っていますか??

よかったら、コメントお願いいたしますっ☆


(・・さて、今日は車検のために車のタイヤをスタッドレスに交換して、犬を散歩してきましたっ☆私の今日の夢のグレードはどれくらいなんですかね〜っ☆(笑)。一日生涯・・、ん゛〜、とりあえず、お天気は素晴らしい、ということでしょうかっ☆)
こんにちわっ☆
今日は久しぶりの曇りのお天気で、寒いし、心模様も優れない、といった具合です。

確か、天気の悪く、寒い地域では、自殺率が高い、なんて統計もあるようですので、光や熱、つまり天気ですが、これは人間の心理と深い関係があるように思います。
(生物は太陽のパワーと海のパワーがなければ存在しなかったようですしね・・・)

では今日のテーマ、「なぜ人間は笑うのか!?」、ということについて考えてみますっ☆

TVのCMで、「笑うのは人間だけ」、みたいにやっていましたっ☆
チンパンジーも若干笑うようですが、人間ほど豊かな表現を作るまでには至らない様子です・・。

生物学的に言えば、大脳の発達によって感情の表現の選択が広くなった、みたいなことだと思いますが、笑い、ということをwikipediaで調べてみても、かなり奥が深い事象である、と言えるかと思います。

「なぜ笑うか?」と問われて、皆さんはどんな答えを持っていますか!?

面白いから、楽しいから、喜びから、咄嗟に、反射的、社交性、本能、などなど・・・、状況において、様々な用途と理屈が成り立つと思います・・。

おそらくそれだけ、我々にとっての「笑い」とは、特殊な能力であり、ある種の現象なのだとも思うのです。

ですので、今回の目的としては、「なぜ人間は笑うのか!?」、ということについて、「なぜ疑問に思うのか?」ということが本質になるかと思います。

意味が分からないかもしれませんが、「疑問に思うこと」について「疑問に思う」ということです。

私がこのタイトルを決めたときの衝動、つまり「動機」ですが、それはなぜ起きたのか?、ということです。

単に「興味」、と言われてしまえばそのとおりですが、その「興味」とは一体何か?、ということです。

科学雑誌のサイエンス、という存在があるのは皆さんご承知の通りだと思いますが、まさにああゆうことなんですね。

チラっと内容を観た方もいらっしゃるはずですが、はっきり言ってあの内容は変態です。

宇宙のこととか、生命の謎、生態の原理、素粒子、ダークマター、とかやってます。

正直、意味不明ですし、深く考えると気持ちが悪くなったりします・・・。

では、「自分の存在ってなんだ?」、みたいになるわけです・・。

なので、「笑う」ということに疑問を持つ、「それについて考える」、みたいなことも起こってみても、全く不思議ではない!、ということが言いたかったことなんですね〜っ☆

異常者ではなく健常者、非常識ではなく、むしろ識者みたいな風のことです。

私がそれかどうかは、客観的判断によるものですので、ここについては強調できませんが、自分のやっている行為って、結構自信が無くなったりする時ってあると思います。

排他的に扱われたり、ぞんざいにされたり、思いが伝わらなかったり、虐げられたり・・・。

人気の芸能人の方に、記者がお付き合いしている相手について問いた場面がTVで放送されましたが、芸能人の当人からすれば、さらし者、みたいな気分になったことと思います・・。

それは怒りも覚えますし、仕事と言えど、なんとも踏ん切りがつかないような具合だと思います。

庶民からすれば、それだけの地位があるんだからしょうがないでしょ?、みたいに思うわけですが、庶民も芸能人もさしたる差なんて無いのでは、と私は思います。

そうゆう意味では、人間というものは、平等なのだと思うのです・・。

能力の差はあれど、存在の意義、みたいなことは、大統領でも発明家でも、庶民でも牧師でも、そんなに変わらないと思っています。

・・・ちょっと本題から逸れた感がありますので、軌道を修正しますと、「なぜ笑うのか?」、ということですが、正直分かりません・・。

だれか教えてください・・・、という日があっても良いのではないかと思いましたっ☆(思想家的に・・)

たぶん、迷い子なんだと思います・・・、私も含めて人間って。

誰しも答えや示しを求めて、旅を続けているのだと思うのです・・。

「確かなもの」、ということを、この前お話させていただきましたが、「天使のくれた時間」のケイトにとっては、「家族」、がそれに当るのだと思います。

私にとっては、「今がある」ということです。

さっきの記述↑ですが、やはり天気って重要なのだと思います。

曇りなので、どうやら前向きになれないようです・・。

「なぜ笑うか?」、恐らく、コミュニケーションの手段や尊厳として笑うのだと思います。

みなさんはどのように考えますか!?、よかったら教えてくださいねっ☆

ではでは、今日はどのように生きるとしますか・・・っ☆

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こんばんわっ☆、今日はどちらかと言うと「ふわふわ」した一日だった気が致しますっ☆

「一日生涯」、今日でもし人生が終われば、ちょっと悔いが残るかもしれないですねっ☆(笑)

では今日のテーマ、「金魚を見て思うこと」、ということについて考えてみますっ☆

金魚、金魚です・・。そうです、皆さんご存知のあの魚ですっ☆

日本人なら子供の頃からお馴染みの、スーパーメジャー種の魚類です。

淡水魚でコイ目、コイ科、というカテゴリーに属しているらしいです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%AD%9A ← 参照☆

↑wikipediaで調べると、かなりマニアックな情報が載っています。
ということは、それだけ奥が深く、ファンが多いということです。

つまり、「それだけの魅力がある」、ということだと思います。

とりあえず、金魚を見る前にそのように感じたので書かせていただきましたっ☆

そして本題、哲学的に金魚から学べること、それは「生命の営み」ということでした。(とりあえず今日は・・)

さて、金魚は自分の事を金魚と思っているでしょうか・・。

もしかしたら思っているかもしれません・・。

しかし、私の考えや社会通念上、「そうではない」、とされていますし、多分それで差し障りないかと思います。

金魚が思っていること、それは「自分の生命を全うしようとする意識」、ただそれだけだと思います。

「意識」、という表現が正しいのかも甚だ疑問です。

なぜなら、私は金魚ではないためです。

金魚でないものが金魚について言うのは失礼ですし、無責任だと思うからです。

ですが、私と金魚に共通することがあります。

それは、「地球上に存在していること」と、「生きていること」、この2つです。

ですので、「金魚を見て思ったこと」、それは、「生きることの意味」ということなんです。

なので、多分、「意識」ということは言って良いのだと思います。

くどいようですが、金魚は生きています。

私の水槽の中で必死に生きています。

「必死」という表現についても、先程と同様に、言い切るのは失礼で無責任かと思います。

ですが、なんとなく「必死さ」が伝わってきます。

乾燥餌を上げればパクパク食べますし、水を替えれば、その際に、一生懸命に逃げたり、パタパタしたりします。

金魚だから「パタパタ」に見えますが、これが人間だったら大変です。

例えるなら、病院のベッドで、ガン治療を施す際の断末魔のようなことでしょう・・・。

ですが、やはり金魚の事は「パタパタ」と感じます。

これは私が人間として金魚を見ているからでして、逆説的には、人間としてしか、金魚と関われないからです。

私がどんなに強く念じても、魚となるわけではなく、人間は人間です。

人間として生まれたわけですし、それ以上でも以下でもなく、その連続と連鎖です。

なので、人間として全てを感じるのです。

そして今は金魚について考えています。

主観ですが、金魚は一生懸命に生きているようです。

「世界」、という概念を当てはめるなら、金魚にとっては、水槽の中がもはや世界、宇宙といっても良いかもしれません。

水槽の中は、水とポンプの空気泡、他の金魚とたまに落ちてくる餌、それと下に敷いてある砂利です。

ただ40cm×20cm×30cmくらいの、立方体の箱の世界です。

それが私にとっては水槽で、金魚にとっては世界です。

なぜなら、私は人間で、彼らは金魚だからです。

金魚は金魚、どこまでも金魚です。

ですが、金魚は今日もその箱の中で一生懸命に生きています。

パクパク、パタパタ、たまに「クルっ」、とかやります。

水槽を指でトントンすれば、「サッ」と動きますし、何もしないで見ていると、ゆっくり泳いでいる具合です。

これが何かと言われれば、「決してなんでもない」、という答えとなるでしょう・・。

しかし、金魚ファンは多いようです・・。↑wikipedia参照☆

種類も豊富で、世界が深い、価格が高い金魚もいるみたいです・・。

要は、それが金魚の魅力、ということなのだと思います。

そこで私は、自分が金魚だったらどうしようか・・、と考えました。

しかし、正直、無理でした。

やっぱり人間には金魚の気持ちは分かりません・・。

なので、とりあえず金魚のように、自分の世界と自分の本分を全うすることにしました。

まあ、「改めて」、ということでしょうけど、結構こうゆう初心に帰る、みたいな事って大事だと思います。

「金魚を見て思ったこと・・」、それは、金魚は金魚らしく、人間は人間らしくということです。

「らしさ」とはなんでしょうか・・・??

少なくとも金魚は自殺しません・・。

横領も脱税も犯罪も致しません・・。

ですが、電気を使ったり、航空機を飛ばしたりできません・・。

おそらく、これが「らしさ」、ということなのだと思います・・。



・・・という具合で、今日は「ふわふわ」なので、こんな具合で終了ですっ☆

皆さん、金魚について、「らしさ」について、何を考えますか!?

ではでは、ふわふわコメント待ってますねっ☆

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