思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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おはようございますっ☆、と言っても最悪ですっ・・・。
何を思ったか、昨日の15時にお昼寝をしよーっと床に就いたら、そのまま次の日の朝6時でした・・・。(汗汗汗)

大変良く眠れたのですが、フリーなトレーディング&執筆生活と言えど、あまりにやりすぎな感があったため、流石に凹んでしまいます・・。(汗)

ということもあり、来月は真面目に営業をしてコンサルの仕事をしよーと思う次第でありますっ☆が、この不景気で外交に対する風当たりが強いことも否めず・・。

最悪は歩合の販売みたいな仕事でもよかろうかと思うこともしばしば・・、まあとりあえずは、生活リズムの事をを優先すると株ばっかでちょくちょく儲けていても人間としてダメになっていく感があるので、作家として自立できるまでは、恒常的なサイクルを作る必要性を感じる、今日この頃ですっ☆

そんなことを考えて画面のタスクバーのカレンダーを見てみると、なんと2009年の1月も、今日で終わりなのですっ☆

今年も五箇条の目標というのを毎年やっているのですが、今年は・・、

1、作家となる
2、働く
3、債務の償還
4、毎日を生きる
5、今を受け入れる

・・というのをやっていくつもりですが、すでに今日の時点(2009年12分の1経過)で、その兆候に納得できることは・・・、特に無く、去年やそれまでと比べれば、大分良しではあるものの、こうゆう優柔不断な日は大抵において天候が悪いのです・・。

ですが、私の最近の専らのテーマですが、モチベーションとインセンティブということです。

人間というのは、何のインセンティブもなくモチベーションは働かない、という法則があろうかと思うのです。

これは何も金銭や対価と、単なる成果に限ったことではなく、人生や存在意義に対するものでして、その一部、あくまでも要素の一つが金銭ということでして、要は、そうゆう一定のルールである、という事実に基づいた現実が、今日である、ということです。

端的に言えば、その動機いかんが、その結末を図るということです。

得てして人間など世の結末を知る術は無く、しかしその結末をある程度予想するからこそ、その結末に対する希望や思いがあるわけで、そしてそれが人間に行動というものが伴う原因で、つまりは、打算や煩悩とは大別した、そうゆうベクトル&法則があるのではないか?というのが、私の専らのテーマなのです。

ひいては、この文明が文明たる所以、ということにもなるわけです。

つまりは、この法則やベクトルを解明すれば、人間とはなんぞや?私はだあれ?ということにも答えの光明が示せるのですっ☆

こんな文章を書いていると変態か?気違いか?みたいに思われそうですが、根本的に「排泄欲」というものに人間が勝つことなど困難でして、溢れ出る発想は、溢れるという状態よりも、爆発させる、という表現の方が自然科学的にも、自由かつ有意義だと思うのです。

・・なので、今日は若干爆発させてみましたっ☆(笑)

気を取り直して・・、では今日のテーマですっ☆

「三方一両損」について考えて見ましょうっ☆

朝青龍のガッツポーズ、消防署の火災、にも相通ずることがあるかと思ったので今回このテーマを採用しましたっ☆

この「三方一両損」の話は有名な逸話で、皆さんもご存知かと思いますが、大岡越前という町奉行の頃の仕事での逸話です。

江戸時代、ある左官屋さんが道で包みを拾い、それを開けて見てみると、3両(小判3枚)とその小判の所在が分かる旨の文章が入っていて、これが知っている大工さんの持ち物だということが分かり、当人に届けにいく・・。

そしていざ届けると、その大工さんは確かに俺の持ち物だが、一度落としているのだから、もうこの小判は俺のじゃない、と言って、左官屋さんの届けてくれた労に対する礼だと言い受け取らない。

すると、届けた左官屋さんも、それじゃあ俺が小判の礼が欲しいから届けたように思われる、受け取らないなら無礼だ!と言いケンカになってしまう。

そこでケンカになったらかなわないと言って、大工さんの大家さんが仲裁して、その地区の管轄であった奉行所に言って裁定を下してもらおうと願いでる。

すると、その奉行であった、大岡越前は、ではとりあえず貰い手のないお金の3両は私が受け取ろう、その上で、両人のやりとりは律儀なものであり、賞賛に値すると言って、大岡越前の懐から1両を足して、計4両を両人に2両ずつ渡す。

大岡越前は懐から一両無くなり、大工さんと左官屋さんは3両もらえたところが2両ずつになり1両分の損、これにて三方が一両ずつ損をする、だれも傷つかず損もせず、一件落着という話です。

(私は歴史家ではないので、これについての記述に責任を持つものではないので、もし気になったらご自身で詳しく調べてみてくださいねっ☆)

この話から読み取れる、最も重要なこととはなにか?、ということについては、相応に考える奥深い意味があると思います。

例えば、消防署の不祥事の報道について考えてみると、利害を分ける両人としては、

A、消防署の職員
B、報道陣

ということになりますが、これらの代表がタイムスリップをして大岡越前に裁定を願い出るとしたら、大岡越前は、それは奉行としての私の責任だから、私財を投じて、消防署の施設にはオール電化と防火設備を完備、出動した当人には昇格や褒章、そしていくらかの休暇を与え、報道記者には栄誉と報奨金、それと北風と太陽の本を贈呈する、くらいのことだと思うのです。

朝青龍のガッツポーズ問題としてみれば、その両人とは、

A、朝青龍&高砂親方
B、日本相撲協会&横綱審議委員会

同じく、タイムスリップしてお伺いを立ててみれば、朝青龍はよく頑張った、大いにガッツポーズしてもよい!、その代わり惨めに負ければ即引退だぞっ、と言い、親方にも立派な横綱を育てたな、その代わり先般のような社会の良俗に反する不祥事が起きたら容赦しないよっ、と言う。
協会と委員会には、ガッツポーズうんぬんもそうだが、権威と品位を維持しながらにどうすれば相撲がもっとメジャーになるか一緒に考えよう!、そのためのお金とブレーンなら私が用意するよ、と言われるでしょう。

というように、本当に大事なこととは何か?、ということは、その機知に把握していること、ということがわかり、そしてそれを実行する力がある、ということが、何より重要だとも思うのです。

それと、「三方が」という精神というか、姿勢ですが、何かと私、誰かと自分、そのように考えるのではなく、報道するなら自身の見返りの先に何があるか考え、弾劾するなら、それと何を犠牲にするか考える。

報道にしても伝統にしても、その本質とはなにか?ということがしかとあれば、魅力や人気、筋や本懐、というものに、民衆や視聴者は疑問を感じたりすることはないと思うのです。(あくまでも主役は民なのです)

そして、三方一両「得」、ではなく、三方一両「損」、という姿勢も、古来からの価値観、「侘び寂び」に通ずることであり、人間とはなにか?、幸せとはなにか?、使命や文明とは?みたいに思うことに光明が差し込むと思うのです。

得てして、大岡越前は4両損をしているのでは??、みたいに思う人もあろうかと思いますが、奉行という職業は民の健やかなる暮らしを保障するのが責務であるために、たかだか1両の出費で、この問題が収まるなら・・、と考えるべきなのです。

これは、かなり大掛かりなテーマであり、不相応に進んだか発展した考察となってしまいましたが、↑いかがでしたか??

消防署の火災、朝青龍のガッツポーズ、これから先にも、色んな素材がテーマに成り得ると思いますので、人生80年でしたら、私はあと50年〜60年ですが、希望と可能性が満ちている気が勝手にするのですねっ☆(笑)

生活リズムもそうですが、大局観、みたいなことで、ドンと構える余裕も欲しいところですよねっ☆(笑)

・・ではでは、得ではなく、損の美学みたいなコメント、ドシドシお待ちしておりますっ☆(笑)

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