こんばんわっ☆
私は根っからの埼玉人で、埼玉を愛していますっ☆
埼玉というと、まずイメージできることは、取り立てて何も無い、ということでしょう。
目立った観光産業があるわけでもなく、人口がそこまで多いわけでもなく、海もなく、山といった山も、諸山岳地域に比べれば、そんなに目立ったスポットもないような具合ですっ☆
ただ、これらを総称した際に、もっとも優れた点、それは「なんでもない良さ」ということだと思うのです。
これまでにも何度か書かせていただいておりますが、「侘び寂び」「美徳」、みたいなことですが、そういったなんでもなさの理、というのがあるように思うのです。
言うまでもなく、私は退屈を最も恐れていますが、埼玉に過ごし、埼玉を感じて、それについて退屈に思ったことはありません。
これまでに、人生を振り返ればそういった気概があったことは素直に認め、「現況が優れない」、という事実があったことも確かでしょう。
しかし、それは単に、私の不徳の致すところでありまして、郷里に問題があるわけではないのは明白です。
その土地の良さがあるがゆえに、住人はそれぞれに営みを持つことができるわけでして、やはり「今がある」ということは、それなりの意味や価値があるためだと思うのですっ☆
人間とは、大変勝手な生き物でして、自分の都合に合わなくなると、すぐに既存のものを一掃しようとしてしまいます。
これは物事に限ったことではなく、精神的なもの、つまり心構えすらも例外ではありません。
ですから、「再発見」みたいな番組もあるように、改めて現状の良さを認識する、そういった「侘び寂び」が求められることもあるように思います。
戯言や綺麗事などと言われれば、確かにその通りかもしれませんが、この世に生を受けて、何をするわけでもなくただ今があるだけ、というのがどうやら摂理というものなわけですし、この事実を楽しめないのなら、これほど悲しいことはないと思うのです。
なので、少なくとも今自分が置かれている状況、その「利」と「理」、このふたつの「り」を心から思うこと、そうゆうことで、人間が丸くなり、そしてあらゆることに感謝の念を抱くことができようかと思うわけなのですっ☆
そんな心持ちで過ごしていると、ふと雪が降ってきたりなんかした際には、物事の移り変わりと共に、今こうして生きていることの素晴らしさ、自然や郷土の美や風情、そういったことにもおのずとなにかの念や考え、つまるところ、自分の良きも悪きも全てを感じることができるようにも思います。
子供のころは雪が降っただけで、随分と嬉しかったことを覚えています。
雪が降る、ただそれだけのことですが、思うには、「生きる」とはそうゆうことだと思うのです。
アスファルトの上に落ちた雪はなかなか積もりませんが、土の上に落ちた雪は、見る見る間に積もってゆきます。
アスファルトの雪の上を車が通れば、グチャグチャに黒くなって、すぐに汚いものに変わってしまいます。
思うに、コンクリートジャングルで暮らしている都会の人には、こういった機微を感じることはないのだと思うのです。
なので、埼玉の暮らしには、私は大変満足しています。
なぜなら、その中途半端な社会インフラと自然があり、なにより、こうして今があるからです。
雪がさっきから降っておりますが、雪が降っても降らなくても、色んなことに目を向けて、色んな思いの中で、自分の本分を全うできたなら、それはそれで結構なのだと、勝手に思ったりしておりますっ☆
・・・とまぁ、そんなにみじみと考えずとも、とりあえず雪が降った事実が楽しめるということは、物事の変化に喜びを感じることができる、ということですので、「幸せのバロメーター」というようなものがあるとすれば、私は現在、結構な値まで推移していると思います。
ややもすると、石油王は石油王の喜びや悲しみがあるでしょうし、埼玉人には埼玉人の、それなりの長や念があるわけですっ☆
変化や機微を感じ得るのなら、それが雪のように積もり積もれば、それは大変な喜びとなるはずなのですっ☆
人生の意味を説いたときに、「幸せ」というワードが出てきたのなら、おそらくそれは、「つまらないことにも思いを寄せることができる」、ということだと思うのです。
年収が1000万円あれば幸せ、みたいに言われることもありますが、それでは2000万円あれば幸せは2倍になるか?と言えばそんなことはないと思うのです。
世の中は広いですから、1億ドルの金融資産を持つ人だって沢山おりますし、その資産をさらに運用して3億ドルとか5億ドルとかにしよーとする人だって沢山おります。
なので、相対的な競争をしていたのでは、要はキリがないのですよね・・・。(汗)
・・ということで、いきなりまとめに掛かりますが、みなさんは雪を見たら何を感じることができますか??
寒冷地の方からすれば、この時期は単なる生活の一部なのかもしれませんが、平野部や太平洋側には、それほど雪が降らないので、少なくとも埼玉人にとっては、昨今の温暖化が叫ばれる中での出来事ですので、郷里を思う気持ちとセットにて、喜びと幸せを感じるセンサーとも言えて、とにかく色々と思うことがあるわけなのですっ☆
政治や経済、国際化や環境問題などが、世の中の主流になっておりますが、退屈しない田舎、みたいなことになれば、それこそ人生の高みにたどり着けるのでは?と思い、とりあえず今日のアップとさせていただきましたっ☆
PS、雪の画像を載せようと思いましたが、夜でうまく取れなかったので、明日の朝か昼か、機会が整えば、検討してみよーかと思いますっ☆
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