思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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こんばんわっ☆
さて、今日の経済事情や政治思想、技術やら宗教やら、各所で色々やっておりますが、今回は「そもそも」のお話ですっ☆

「生きる」とはどうゆうことで、そして、その意味を説いた時に、一体「何が」必要になるのでしょうか?

私が思うには、その「何か」が、いわゆる「力」というものに成り代わるのではないか?と考えています。

私は当ブログを通して、グレーだとか、曖昧だとか、そういったニュアンスのことで、皆さんに色々と伝えてみようと試みておりますが、コミュニケーションツールの最たる手段であります、この言語という概念ですが、人間は古来より言語を用いて、思考・思想・感情・感傷・悲哀・喜び・・、などを醸成させて参りました。

・・が、やはりそれらも、実は極めて曖昧なものであり、概要としては、実に不可解な一面を世にもたらしていると思います。

例えば、「優しさ」という言葉一つにとってみても、それを「愛や情け」だと言う人もあれば、「厳しさこそが優しさである」、というような頑固一徹、みたいな思考の方もおられるでしょう。

個人主義が席巻している、グローバル社会になりつつある、我が国においても例外はなく、むしろ、言語の迷走といいますか、その意図としている部分というのは、極めて無責任なものになりつつある、というのが、私の印象であります。

確固たる「教え」や「答え」がない昨今ですので、何を信じて良いのやら、何を「示し」や「道」とすれば良いのか、という、極めて漠然とした疑問や猜疑心のような、人間は最も恐れる感情、不安感や閉塞感、もっと言えば「恐怖」、ということになろうかとも思うのです。

そういった意味では、人間とは大変に罪深く、弱い生き物であります。

「良かれ」と思って突き進んでいた道が、実は全くの間違いだった・・、なんてことは、実に顕著なトレンドになってきつつあります。

誠心誠意に勤めてきた会社に、あまりに安易に首切りをされ、裸同然で社会に放り出される、みたいなことが、その一例です。

競争原理なのだから・・、と言ってしまえば、私も生物学や自然科学を崇拝している者としては、何とも板ばさみ的な状況でもあります。

・・・とまあ、基ネガティブな性格の私ですので、こんな風に「暗い記事を書け」と言われれば、眠たくなるまでずっと書き続けていられるくらいのネガティブフリークですので、今回はここらへんに致しまして、「生きる力」というテーマに軸を移したいと思いますっ☆

冒頭でお伝えしましたとおり、「力」という概念も、実は大変に曖昧であります。

なぜなら、先ほども申しましたとおり、その単語の意図とするところとは、個に応じて変化が認められ、また、世相は移り変わっているためです。

いくつか思い当たる言葉を羅列して参りますと、圧、傾き、作用、仕事、向き、反応、反射、反発、膨張、収縮、圧縮、減退、衰退、勃興、隆起・・・、と、言葉マニアでもある私ですので、「力」という言葉一つをとっても、色々な表現ができることが理解いただけたと思います。

ですが、その趣旨といいますかテーマですけども、まずは「生きる」、ということ趣旨を考える必要があろうかと思うのです。

なぜなら、その趣旨が分からなければ、上記の言葉遊びのように、後付けで、どれだけでも意味はついてきてしまうためです。(繰り返しますが、個と世相の変化があるためです・・)

ですので、残念ながら、今回は容量と時間に制限もありますので、生きるとは、「死ぬまで存在すること」、と定義させていただきますと、つまるところ「生活」、という一言で、この記事に関わらず、当面通用する内容だと思うのです。

生活とは・・、生きていること、生物がこの世に存在し活動していること、人が世の中で暮らしていくこと、暮らし、ということです、収入によって暮らしを立てること、生計、※Yahoo!辞書大辞泉参照

ということです。

つまり、「活動をするために生きていて、生きているから活動ができる」、ということが生活の趣旨です。

ですから、生きる力ということを問いた時には、活動のために必要な力であり、活動とは「自分の存在そのもの」、と言えると思うのです。

そして、その果てに、「死というもの」が待っていて、「それまでの過程のお話」、ということが全ての概要・中身なのですねっ☆

その概要・中身なり、それと私なりの方程式がそれなりに皆さんに認知されたという前提で、例の「生きる力」ということを分かりやすく考えて見ますと、要は、「どのように生きたいのか??」という問いに尽きると思うのです。

「どのように」ということが、先ほどの過程ということなのですが、「過程」という性質もさることながら、つまるところその質や内容、「いかにして」ということも、喫緊の問題であると言えるでしょう。

「いかにして」、という言い回しを考えた時に、私が直ぐに思い浮かぶ言葉がありますが、それは「自己実現」という四字熟語です。

「自己」とはいわゆる「存在」、ということですが、これは、「それを実現する??」という、これまた曖昧な表現に辿り着いてしまうのです。

無を有にする、精神世界をフィジカルにする、イメージを具現化、・・みたいな、もはやSFではないのか?ということにも成りかねません。

ですが、これを分かりやすくするのが、私の哲学&思想の良いところっ☆

自己実現とは、つまり「自己満足と同義」なのですねっ☆

自己満足とは、相対的・社会的に考えるならば、「他ありき」での自分という位置づけならば、それは「悪」となってしまいますし、小学校の道徳の時間でもそのように教わりました。(扶助や互恵みたいな☆)

しかし、昨今の世相を伺ったときには、他よりも個の成立の方が、旧来より重視されている感があり、また、それで世の中が上手く機能している部分があります。

世に言う経済とは、つまるところ「個」と「他」を上手く機能させるためのメカニズム、とも言えるでしょう。

・・面白いテーマなので、ずっと考えていたい気持ちもありますが、あまりに猶予(時間・容量)がないので、そろそろコンパクトに話を元に戻しますと、「力」という言葉や表現は極めて曖昧であるが、因子の部分の制約をつけることで具体化され、今回のテーマである、「生きる力」とは、生活をするための能力や固体の機能、ということで、仮に、「どのように生きていけば良いのか分からない・・」、という人があるのならば、いっそのこと、厳寒の地での営みでもをしてみると良いかも知れませんね。

その寒さと厳しさに「抗う作業」が、即ち「生きる」ということで、「その程度が力」、ということになりますからねっ☆

都会で生きていくのなら、都会の圧に「抗う作業」、田舎なら田舎の作用に「反発する向き」、その「淘汰に負けない機能」こそが、生きるということ、まずは「そこからなのでは」ないだろうか?と思い、ここまで勝手な記事とさせていただきましたっ☆(笑)

・・分かりやすく言えば、当ブログのメインタイトルであります、「何のために生きるのか?」、ということに各々の答えがあるのなら、生きる力に対して、「相応の反応」を持っているはず!、という一方的な投げかけなのでしょうねっ☆(笑)

(最後に)・・さて、こんな偉そうな記事を書いている私ですが、私は何のために生きているのでしょうか??

それは今のところ、「絶対的な答えを世界に提供する」、ということでしょうかっ☆

私の言論により世論が動く、そんな未来を今は勝手に想像していますけどねっ☆(笑)

人生とは、その目標値に対する過程を楽しみましょうっ☆、ということと、夢はデカイほど良い!、ということでしょうねっ☆(なぜなら、叶わない方が幸せだからですっ☆笑)

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