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こんにちわっ☆
今日は諸事情により、極めてスッキリした内容して致したいと思いますっ☆(笑) 皆さんも、心理状況というか、モチベーションというか、そういったメンタルな部分の起伏ってありますよね?? 不意に凹んだり、悩んだり、意味を説いてみたり・・。(汗) そうして塞ぎ込みたくなるにつれて、次にやらなくてはいけないことが発生し、とりあえずか、なんとなくか、物事や仕事をこなすものの、それにしたって意味が不明なままの事柄って多いように思うのです。(汗) 仏教のお釈迦様は、こうゆうのを「空なのだ」、と言っていたらしいですが、私はそのことに、専らの共感を覚えるわけなのです。 古来より人々は、迷ったり悩んだりした際には、自分よりも如才がない人に教えなり、それとなく導きとおぼしきものを請いて参りましたが、昨今の世においては、何が如才で、何がそうではないのか?という規範というか筋というか、そういって憚らないようなものがないように思うのです。 「まぁ・・それもそれ」、と思えば気も楽になるのでしょうけども、やはり、不意に凹んだり、悩んだり、意味を説いてみたり・・、というようなことはあろうかと思うのです。(汗) そういった頃に私が思うには、「理不尽」という言葉なのですが、これは、「道理を尽くさないこと」「道理に合わないこと」という意味なのですが、「どう考えてもおかしい・・」という意味の熟語です。 「理」というのは「ことわり」ということで、万物の法というか、実というか、まぁ、そんなところですが、不尽というは「尽くさないこと」「つきないこと」という意味で、それらが合わさり「理不尽」という言葉となるわけです。 ですが、その万物の法や実がない、尽きることが無い、ということであれば、どこまでいっても意味が無い、ということになるのです。 ですから、世界最高峰の山を制覇しようとも、たとえ宇宙の果てまで行こうとも、実は西遊記のお話の、結局は大仏さまの手のひらでしたね・・、というくらいのもので、初めから理不尽、という考えが、大変に最もらしく、また、矛盾するようですけども、「理不尽であれども理不尽ではない」、ということになるのですねっ☆ なぜなら、人間や生物の命には限りがあり、そのことについて、人間は考えることが出来る、それで十分なのではないか・・。という境地を得ることができるからです。 綺麗なものをみれば「美しい」という感情を抱き、また、分からないことがあれば「謎として解明したい」と思うことができる。 つまるところ、そこに「何か」がある限り、人間は生きていくことができようかと思うのです。 これが、まさに「真理」であり「悟り」であり、宗教やある意味での科学的に言えば、「摂理」とも言えるかと思います。 ・・が、そんなことがわかっていても、内なる欲求なら感覚やらは止まってくれないのです。 ですから、またやっぱり、不意に凹んだり、悩んだり、意味を説いてみたり・・。 その繰り返しこそが人生かな・・、という、勝手な投げ掛けにて、今回は早々と終了ですっ☆ ということで、皆さんは「理不尽」について何か思い当たることがありますか?? よかったらコメントしてみてくださいねっ☆(笑) 最後に・・、今になって生きる意味を説く我々ですが、人生とは初めから理不尽なんですよねっ☆(笑) 「だからこそ・・っ☆」と、思えるかどうか・・、ということなのでしょうねっ☆ 皆さん・・、これでも人生を成功させたいですか????(笑)
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2019年03月24日
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