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こんばんわっ☆
このところ毎日雨模様の埼玉平野・・。(汗) 夜はなんとなく生暖かいような風が吹き、幾ばくか春を思わせる陽気となるも、つい先日には雪が降っていました・・。 こんなフレーズを考えたときに、地球温暖化やエコロジー、異常気象、などと言いたくなるのも分かりますが、結局は自業自得と言いますか、それを望んでやってきた経緯こそが、人類の歴史なのですから、ダーウィンの言うところの「適応」も、文明的な「対応」も、別段の格差などなく、ただ今の現実に対し、我々がどのような感情を抱くのか?、その「微小の振れ」のようなもの、それが人生かな・・。 ・・なんて書きたくなったり致しました(笑)が、こういった季節の変わり目というのは、必然的に体調が変調になることも否めず、なんとなく気が落ちた具合の、今日のこの時であります・・。(汗) 体調の話からの連想ですが、「馬鹿は風邪をひかない・・」という言葉がありますが、これは私なりにどうゆうことかと言いますと、「馬鹿をやりたくなるような人は、風邪なんて引いている場合ではないっ☆」、ということだと思うのですっ☆ 例えば、命綱無しで大岩によじ登ったり、崖のスパンで空中綱渡りを決行したり、新しい飛行アイテムの身体実験を自らの身体で試みたり・・、とにかく一般に「凄い人」と呼ばれるような輩は、「半端ではない馬鹿」という定義でよかろうと思うのです。(笑) 唐突ですが、一般の常識とは一体なんでしょう・・?、端的に言えば、つまりは「退屈な人生の総称」、ということではないでしょうか・・?? 連帯感や協調性こそが美徳である・・、という、古来からの我が国伝統の教えですが、昨今の哲学ブームの様相からすると、それで全てが成立するのなら、何の問題も発生しないのではないか?というのが、私の今の世相に対する見解です・・。 最近専らの問題になっていますが、なぜ人は自殺をするのでしょう・・?、それは「人生が急激に退屈になったから」、本質的には、「現実からの逃避先」としての手段だったのではないか?と思うのです。 恐怖のあまり衝動的に・・、借金地獄や生きていく居場所が無い・・、挫折や失敗のあまりのショック・・、世間様に顔が立たない・・・etc。 これらは、いわゆる「タテマエ」だと思うのです。 人間はどこまでいっても、結局は動物であり、正真正銘の生物でありますから、やはり「自分の命を永らえさせる」、ということに関しては、一向に答えは揺るがないと思うのです。 それがどうやら本能というものであり、自然の摂理というものでもあります。 ・・それにしたって、昨今の世相を垣間見た際には、自殺を試みる人は後を絶ちませんし、他人の目を気にし過ぎる人は、伝統的にも歴史的にも、我が国には多く存在しています。 それが「明らかなる悪か?」と問われれば、決してそんなことはありませんが、「退屈そうですか?」と問われれば、一切の余談など用いず、「退屈そうです!」と答えたくなります・・。 ですので、自殺を考える人や実際に事に及ぶ人は、世間や一般の常識・良識の域を出ていない、少なからず退屈な人生を送ってしまっている、「文明に生かされた人間」と、判断されるのでしょう・・。 50歩100歩、という言葉もありますが、50歩逃げるのも100歩逃げるのも、同じ逃げたのには変わりがない・・。 ですから、「逃げる」という行為は「これまでの一切」を否定する行為であり、どんな理由があっても逃避のために自分の命を絶ってはならない、と私は考えています。 例えば、宇宙人が本格的に地球に攻めてきて、自分の命と引き換えに地球の安全は保障する・・、という約束が為されたのなら、私はそういった意味で死を決意する、というのは多いに結構だと思うのです。 ですが、世間で言うところの域内での感覚というのは、視点を変えれば、実は甚だおかしいことでもあって、その先にある「間違った判断」は、決して犯してはならないと思うのです。 その「間違い」の根拠とは、「道理が通らない」という事で、「道理が通らない」とは「自分の存在を否定する」、ということで、それは最後まで追及して考えると「全宇宙を否定する・・」、ということになるためです。 ですから、「全宇宙のため!」とは思わずとも、「あいつは馬鹿だ!」と、その他大勢の民から罵しられても、もしも自身で我が道の全貌が見えているのなら、なりふりや評判に構っていることなどなく、堂々と胸を張って「馬鹿を試してみればよい!」と思うのです。 そして、その「馬鹿」を試さない際には、一般の常識に囚われていては、何にも出来ないままの時間だけが過ぎてしまい、結局は自分の人生や命の意味を、最後まで問い尽くすことが出来ずに終わってしまうと思うのです。 ですから、季節の変わり目に風邪なんて引いている場合ではなく、(時には普通にひきますが・・)世間の喧騒など一切気にも留めずに、自分の正義、「いわゆる馬鹿と呼ばれるようなこと」でも、その信念の下で、精一杯自己表現すればよい!と思うのですっ☆ 常識に囚われて小さな世界で生きてしまい、結局は本来の自分を見失ってしまう・・、これでは何のための命なのか?何のための運命なのか?という、本当の実に対してプレゼンスが果たされない・・、それではどうすれば良いのか?という方程式になり・・、「常識が退屈過ぎて自分の運命を断つくらいなら、ものは試しに、多いに馬鹿をやってみよう!」という具合のことです。(笑) ・・という具合で、まだちょっと言論の表現に開発の余地を残しつつも、なんとなく面白い記事は書けたかな??という調子で、今回は終了ですっ☆(笑) 馬鹿をみる、馬鹿らしい、馬鹿みたい・・、「馬鹿」と聞いて色々と思い浮かびますが、馬鹿にも色々あるのではないか?と思いますっ☆(笑) 皆さん、もし「馬鹿」何かに心当たりがあれば、是非コメントしてみてくださいねっ☆(笑)
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2019年03月26日
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