|
おはようございますっ☆
今日は、(私もそうですが)皆さんが日頃から問題にされていると思われる、動機付け(モチベーション)のお話ですっ☆ よく話題に上がるのが、若者が夢を持てないや、成人・社会人にしても、仕事をする意欲が湧かない、何のために頑張るか判らない、といった内容のことです。 これらの問題を野放しで突き詰めていくと、過労やストレスにより、うつ病になったりするわけですが、それ以前に、まず第一歩が踏み出せない状態の場合もあると思うのです。 そうしたときには、やはり根本的な「人生の意味が問われる」と思うのです。 当ブログのメインテーマでもありますが、「何のために生きているのかわからない・・」、みたいなことで、それを現実的に置き換えてみると、やはり現代においては、仕事・職業ということになろうかと思いますが、いくつか考え方の方向性はあろうかと思うので、ちょっとだけ項目にしてみますと・・、 1、別に働かなくても生きていける事実 2、過酷な就労に抵抗感がある 3、どの業界でも競争が激化しているためフロンティアがない 4、ど真面目に考えてしまって完璧を追求してしまう 5、嘘をついたりつかれたりしたくない 6、人が信用できないししたくない 7、お金を得ても特にやりたいことがない 8、日頃のニュース等で社会に嫌悪感を持つ 9、単に失敗や挫折を恐れる 10、自分がやらなくても結構どうにかなっている 11、自分が必要とされている気がしない 12、やりたいことはあっても難易度が高い 13、各事情により希望が叶えられない 14、勉強や人からやらせられることは得意だが自発的にはやりたくない 15、自己主張ができない 16、人生の選択を一つに絞れない 17、顛末を予想や想像をすると嫌になる 18、自分の可能性に勝手に限界を感じる 19、世の中の全てが嫌い 20、身の丈がわからない ・・、という具合に、短時間に適当に考えてみても、それなりの理由と言うか「言い訳」みたいな風に、次々と題目があがってきます・・。(汗) こんな時に参考にされるのが、「成功者」というような人の話なわけですが、、そういった成功者の人が、口を揃えて言う事が・・、 1、リスクを恐れない 2、失敗は当然 3、逆境を乗り越える 4、前向きに考える 5、使命や運命を唱える 6、夢を持つ 7、目標を設定してしまう 8、ピンチをチャンスに変える 9、お金のためにやるのは違う 10、仕事が幸せに密着している ・・・みたいなことです。(ちょっとダブる項目もありますが・・・汗) そして、それらを総称して考えたときには、 1、まずやってみる → 2、失敗する → 3、考える → 4、やり直す → 5、またやってみる → 6、また失敗・・・、とか言う、ありきたりな順序とかではなくて、「自分の人生がなんなんだ!?」ということが判っているかどうか?ということに尽きると思います。 そうでなければ、どっちにしても「進むこと」や「生きること」に失敗やリスクはあるわけですから、その都度、無理くりに目標を設定しては、世の中に厳しさにより、個人など簡単に敗れ去るわけで、お土産品の「起き上がりこぶし」でもないのに、それはうつ病にも普通になると思うのです。 勝ち組・負け組とか言われておりますが、もし勝ち組ということであるのなら、それは、「自分の人生がなんなのか判っている人のグループ」、ということで結構だと思うのです。 狭義では、人間、神様でもないのですから、実は判っていないはずですが、要は、マインドコントロールとかセルフマネジメントとかいうポジションなのでして、人生色々とやっていくうちに、自分にあった道や筋みたいなものが見えてきて、それを後付けにて、「使命」だとか「運命」だとか、あるいは人から言論を求められれば、「リスクを恐れない」、「失敗を糧に・・」、みたいな格言になったりするわけですが、実は、そんなことも手八丁口八丁でありまして、繰り返しますが、人間、神様でもないわけですから、成功者というような人は、あくまでも、「今」、成功者というだけであって、時代や歴史が物語っているように、万物は無常なり・・、栄枯盛衰、なわけでして、成功や失敗など、極めて安易なものだと言える、ということです。 ですので、今回のモチベーションのお話を取りまとめると、モチベーションなんて、実は「あって無いようなもの」でして、「それでいて元気を出さなくてはいけない・・」、という、極めて理不尽な理なのだと、私は考えています。 それでも、生活の維持や義務は果たさねばならない・・、つまり、俗に言う「ジレンマ」というものに陥るわけですが、そんなときには、「命をさらし出すようなこと」にでも挑戦してみると良いかと思うのです。(山篭りとか・・) そもそも、そうでもしなければ「自分の命とは何か?」と問われて、真に答えを持つ人など、今の豊かな日本という国には少ないと思うのです。 私はこのことを、人間の進化の過渡期なのだと自信を持って言えますが、例えば、不治の病から生還を果たした人は、ごく当たり前の事象に対しても、相応の喜びや刺激を感じるはずでしょうし、サウナの理屈もそうですが、我慢や忍耐から脱出した暁にはその「先」にある、「些細な喜び」こそが「甲斐」である、みたいになると思うのです。 ですから、先人というかご先祖さま方は、今の我々の暮らしぶりを真に達成したくて、時代のうねりの中で切磋琢磨したわけでありまして、「文明の利」を享受し過ぎてしまっている我々は、やはり「何が人生なのか?」という答えに実に乏しいと思うのです。 稀に「恵まれ過ぎている」、みたいな事が言われますが、まさしく、「別にやることなくても大丈夫っ☆」、というくらいの心理状態でしたら、それは昨今の競争論からすると、「落ちこぼれ」みたいに扱われてしまって、どんなにまともな考えを個々で発揮しようとも、それはそれで、世の中がなんとなく回っているわけですから、ちょっと厚顔くらいに構えているくらいで結構だと思うのです。 そして、文明人・文化人みたいな風に考える今の若者は、極めて真面目で真っ当だと思うのです。 なので、道理に外れたことや、競争論で、他者を蹴落とす、みたいなことには抵抗感があり、ですが、思考においては、現代人、特に若者は超一流ですから、打算や計算は得意なもので、なんでも直ぐに想像で片付けられてしまい、この先の人生においても、このままでは悲観される事実が判明し、夢や希望を無くして、モチベーションとならない・・、みたいなことだと思うのですっ☆(現に私がそうでした・・汗) ちょっとグチっぽくなってきたので、内容を仕上げて参りますと・・、まず、考える以前に経験があったと思うのです・・。(とりあえず・・) 「物心がつく」と言いますように、物事が考えられるまでには相応の期間・経験があって、その上での「判断」なり「思い」なりが、実際の行動となるはずです。 そして、行動→失敗、して気付くのです、「自分」とは相対的にこのくらいなものなのだ・・、と。 その上で、「ではこうしよう・・」、「いや、こうではない・・」、みたいに、自問と自答を繰り返して、その内に、自分の可能性やら限界やらが見えてくると思うのです。 そして、なんとなく選択肢が狭まってきたら、その域内での最大限とは何か?みたいに考えて、それでもダメなら、新たなる挑戦と、その代償を天秤に掛ける作業を繰り返す・・。 ですから、打算や計算の領域は、皆一様にそれなりに十分果たすと思いますので、この部分で最も重要なことは何か?と申しますと、先ほどの「自分の人生なんなんだ?」というのは実に極論でして、現実的には・・、 1、まずは挑戦する(動機は私欲か危機感で) 2、もし失敗しても許せるくらいの行動・準備をする 3、前向きに諦めて、覚悟・腹を決める 4、半分無責任になってみる 5、世間の目を気にしない ということで、これらを総称すると、「前向きなること」というので、ある程度くくられると思います。 あとは、その順序だと思うのです。 挑戦する前から前向きの人もいますが、事後的に・尻上がりに前向きになっていく人もあります。 ある程度結果が伴ってきてから、前向きに切り替えていく場合もありますし、ストイックな人は準備や練習を過酷にすることで、精神衛生が保たれたりします。 そして、4、5、については、その人の気質に拠りますが、「大物」というような人間性として考えるならば、他や周囲からの意見など一切気にせずに、「我が道を行く・・」、「半分無責任くらいになる」というのは、最も優れた思考回路だと思いますっ☆ 恐れも失敗も、前向きに考えることができれば、再チャレンジも出来ますし、そもそも、程度・度合いが保たれるはずなのです。 「好きこそものの上手なれ」と言いますように、前向きになれる事なら、ある程度は好きな事のはずでして、あとは、それを仕事にするのか?趣味で終わらすのか?みたいな現実と打算の駆け引きということでしょう。 何を持って成功なのか?、失敗なのか?、そんなのは、好きなことを始めて行動してから後で考えれば良いのではないでしょうか!?(笑)、ということで、「モチベーションのお話っ☆」でしたっ☆ ではでは、よかったら意見をお寄せくださいっ☆、お待ちしておりますっ☆ |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2019年03月30日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



