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こんばんわっ☆
今日は「ちょっと言いたい事」を簡単に書いて終わろうと思いますっ☆
と、その前に、いつも私の過去の記事のコピーを見て下さってありがとうございますっ☆
10年も前の記事の再アップなので、生意気でトンチンカンな事も書いておりますが、今後ともよろしくお願いしますっ☆m(__)m
さて、では私が今、何を言いたいかと言うと二つの事です。
ひとつは欲望の話。
もうひとつは生物の本懐の話です。
まず欲望の話ですが、いつも行くラーメン屋さんへ先日行きました。(いつも行ってますが笑)
ラーメンを食べる前は「食べたくてしょうがない」、「早く食べさせてくれ」と、空腹感と危機感でいっぱいの様相でしたが、いざ美味しいラーメンを食べてしまえば、さもそれがお金を出した自分の実力かのように思えたのです。
つまり、欲望は満たされてしまえば、「アタリマエ」に代わってしまうのです。
これは大変恐ろしい事で、事後的ですが、物事の価値が簡単に消化・抹消されてしまう、という事が起こったのです。
本当なら、1000円少々の僅かなお金で大変美味しいラーメンが食べられるという幸福感やら充足感、つまり「アリガタミ」を抱くべきところなのですが、私はお腹がいっぱいになり、食事にありつけた幸福、私などのために美味しいラーメンを作ってくれた職人の労など忘れ、自分の傲慢で愚かな認識が、正しい美意識・美徳を凌駕してしまった、ということだったのです。
正に愚かな事でした。
「アリガタミ」は一生懸命意識しないと直ぐに「アタリマエ」になってしまう。
分かっていたことですが、少し油断しました。m(__)m
反省です。
だからこうして戒めの意味も込めて記事にしたのですね〜っ☆
幸福は簡単には訪れない。
幸福の仕組みはシンプルではあるが、難しいのです。
便利で豊かな日本という生態系。
お金さえ払えば何をやってもいいわけではないのです。
つまるところ「アリガタミ」を忘れてしまえば、それがいつしか自分に跳ね返ってきますよっ☆
はい、とゆー事で、次は生物の本懐の話です。
生物って何をしてるかご存知ですか??
生物は、日々一生懸命子孫を繁栄させようとしていますよね??
では、子孫を繁栄させて、その先に何があるのでしょうか??
答えは簡単です。
「増える」「広がる」、この二つの事をやっているのですっ☆
考えてもみてください。
蟻がなぜあんなにも頑張って巣を広げようとするのでしょうか??
なぜ燕が毎年同じ巣に帰ってくるのでしょうか??
それは子孫を残し、繁栄させ、増やして、生きる世界をより広げようとするのですよっ☆
人間も同じ事です。
文明という名の巣を広げて、より繁殖し、より便利に、より快適にして、より優秀な子孫を出来るだけ多く残そうとしているのですね〜っ☆
つまりは、「増える」「広がる」ですっ☆
生物の本懐とは、この二つの営みを持続発展させようとしているのですっ☆
はい、とゆー事で、ちょっと言いたい事でしたっ☆
ではまた。ちゃお
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2019年04月14日
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こんばんわっ☆
唐突ですが、「自分の好きなことはなんだろう?」と考えたときには、私はやはり「勉強」ですっ☆ 「勉強」と一言で言っても、単に「教科書学習や講義をカリカリ受け付ける」、という意味の、「つまらない勉強」ではなく、ともすると、狭義的・局所的な表現ですが、「刺激」や「気付き」、「発見」や「理解」、という意味での、学習全般の話ですっ☆ 調べてみると「学習」とは、 1、学問・技術などを学び習うこと 2、学校で系統的・計画的に学ぶこと 3、人間も含めて動物が、生後に経験を通じて知識や環境に適応する態度・行動などを身につけていくこと (※Yahoo!辞書大事泉参照☆) ・・という3つの意味が調べられましたが、私の意図としているところは、3、の意味であります、私なりに言えば、「人間が動物的にすら学ぶことができる事象全般」、ということですっ。 このことをかいつまんで考えてみると、よく言われる「知識」とは、人間が社会という体系的な形式を用いて、ある種多様的・専門的に醸成してきた、いわば人類の「財産」や、その「蓄積」と「応用」ですっ☆ 一般的には、経済学や歴史学、地理や物理といった、「知識」を用いた「応用」や「記憶」、いわゆる科学全般が「学習」という事象・対象の主だったものでありますっ☆(知識の記憶=学習みたいな☆) しかし、先程の3、の意味のことですが、生物や動物としての経験値、体験やそれに伴う失敗や挫折なども、紛れも無い「学習」の大きな要素ですっ☆ 私はこの事と共に、「知識」の内容について、併せて「勉強」と言いたいのですっ☆ この事は正に、「人間が人間たる所以」とも言えるべき、もしも文明ということで言えば、その核となるような要素でありますっ。 原始時代に比べて、現在では明らかに知能性、つまり「知識」が優位になっている社会とルールでありますっ。 なぜなら、行動する→失敗する→失敗しながら行動する、という構図よりも、行動するより先に考える→失敗してさらに考える→そして行動する、という「学習」を、膨大な時間の経過と共に遂げてきており、それは「知識」を用いることで大きな効果が期待されるからですっ☆ 私は人間と動物の差とは何か?と問われれば、まず「考えることができる」、ということを上げたいと思いますっ☆ 次に、しゃべること、→ 道具を使う、→ 感情表現が巧みになる、ということだと思うのですっ☆ 「しゃべること」で意思の疎通や、言語の新しい展開により表現や選択肢の幅、それに未来に対する展望が想像できるようになりましたっ☆ 数と量の論理もそうですが、質の向上についても同様ですっ☆ 道具の利用はそれを助長させたでしょうし、また道具の次の利用を加速させることにもなりますっ☆ そうして、いつしか感情を豊かに抱くようになり、感情により諍いや確執なども発生いたしますが、未来を想像する力、つまり文明を起こしたり、技術の有用性に気付いたりすることで、長い時間の経過と共に、現在の文明を築いてこれたわけですっ☆ (こんなことを改めて当ブログで記すまでもありませんが、やはり、こういった話をたまに改める必要もあろうかと思いますっ☆笑) ・・では、「知識」と「学習」ということに話を戻しますが、やはり「現代社会を生きる」ということにおいては、「学習」、「知識」共に、どちらも極めて重要な要素となるはずですっ。 先程も申しましたが、3、の意味の「学習」は、「失敗などの経験を含む刺激」のことですので、これは立派な人間となる上で、「痛み」や「つらみ」を理解するということには、非常に重要なことでありますっ。 同時に、「喜び」や「成功体験」などの好ましい刺激という意味での「学習」も、重要かつ必要でありますし、そもそもの「生きる能力」や、もはや「財産そのもの」、とも言えるでしょうっ☆ そして、しつこい様ですが、それに加えてやはり「知識」ですっ☆ さっきの「人間が道具を使う」、ということですが、言語や語彙を掌握・駆使して「しゃべる」というコミュニケーション手段を取ることで、新しい道具の使い方が開発されるでしょうし、また、新しい道具も生まれるでしょう。 新しい道具は更なる言語を生むでしょうし、更なる言語は次々と未来の可能性を広げる作用が働くはずですっ。 こうゆうことを相乗効果(シナジー)というのでしょうけども、端的に言えば、足し算の論理ではなく、掛け算の論理ですっ☆ まさに歴史は、倍々ゲームで進歩発展を遂げてきた経緯がある、ということなのでしょうっ☆ ここまで読んでいただいて恐縮ですが、タイトルになっております、「個人の責任のお話」ということなんですが、これだけ前振りをしなければならなかった理由というのは、私は、テレビ東京・毎週月〜金23時から放送のWBS(ワールドビジネスサテライト)の大ファンなのですが、この番組のコメンテーター陣が極めて優秀なので、いつも「勉強」になり、また、当記事で言う、3、の意味の「学習」と、人類の財産である「知識」、の勉強・学習・知識を一挙に獲得できる、まさに「一見は百読に値する」的な、下手な書物を手にするよりも、極めて現実的で効果的、かつ先進的なコンテンツでありまして、しかもその効果が「広告のおかげで無料」という、極めて合理的なツールだと感じておりますっ☆ (昨今では、DVDレコーダーなるものがありますが、私は正にDVDレコーダー中毒でありますっ☆地上波の民放5局とNHK2チャンネル、これとインターネットがあれば、お金を掛けて、適当な試験や推薦を経て、大学なんていう機関に行く必要がまるで無く、私のやり方でやれば、自宅&自分の部屋で、無料の放送大学みたいなものになるわけで、そして勉強中毒の私ですから、まさに天国と正月が一緒にやってきたような状態なのですねっ☆笑) そして、今回のタイトルにさせていただいております、WBSコメンテーターの、モルガン・スタンレー証券のエコノミストであります、ロバート・フェルドマンさんがおっしゃっていた事で、この時期に「スキルを磨くのは個人の責任」ということでしたっ☆ 派遣切りや企業のリストラクチャリングの問題で、ワークシェアリングのについての提言だったのですが、国がサポートしたり、企業が雇用を守るのももちろんそうだけども、やはり個人は自分の生活と、「自分が処している仕事に対する責任を効果的に果たすべき」というスタンスだと思うのですっ☆ そのためには、脅威に対する「維持や防衛」ということだけではなく、「この際に教育やスキルアップをするのは、やはり個人の責任であるっ」という、心強いメッセージだと思ったのですっ☆ 私は「全く同感であるっ!」と強く心に思いましたっ☆ 我が国の体制もそうですが、半分社会主義、借金経営の時代は終わったのですっ☆ これからの時代は、能動的かつ攻撃的に、そしてその連続としての、決断と行動をしなければ、何の「進歩」も「気付き」も「喜び」もないと思うのですっ☆ ですから、現体制の責任もありましょうが、やはり、故田中角栄元首相もおっしゃられておりましたが、「数は力」でありますから、数とはつまり民衆ですので、その民衆の粒の質が高ければ高いだけ、「優れた未来」が約束されると思うのですっ☆ ですから、「個人の責任」、ということについて、皆さんは当記事を読んでいただいて、今回は「勉強したこと」になるのですねっ☆ 自分で書いていても、かなりややこしく感じましたが、勉強とは、「勉める」・「強いる」ということですが、それが健全であり、能動的であれば、それはさらなる何かの向上に繋がるわけなのですっ☆ なので、私は勉強が好きなものですから、テレビを録画するのですっ☆ それが「学習」であり「知識」ともなり、その連鎖が「勉強」、そして何らかの行動・発想・気付きに繋がる・・、といった面倒な回路が常に頭の中に形成されているイメージですかね〜っ☆(笑) そうしたときに、やはりロバート・フェルドマンさんの様な方ともなると、「言うことが的を得ているなぁ〜☆」っと思ったので、皆さんも是非、有用な番組の視聴と、テレビ東京の経済番組の面白さをお伝えしたく、今回の記事は終了ですっ☆(笑) |
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