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おはようございますっ☆
熱くなったり、寒くなったり、大変忙しい気候のこの頃ですが、皆さんの体調がいかがでしょうか・・っ☆(汗) さて今日は、人生哲学とでも言いましょうか、人間の性(さが)について書きたいと思いますっ☆ 大阪弁で「ええカッコしい・・」という言葉があるそうです、関東圏では「かっこつけマン・・?」という具合ですかねっ☆(笑) 要は、「八方美人で内なる根拠が無い人間に対する揶揄」みたいなことですが、私のこれまでの人生経験では、そういった人間が、実に多いことに驚きを隠せないのです・・。 人から良く思われたい気持ちは分かりますが、そうした薄っぺらい感性だけで生きていて、息が詰まる感覚にならないのか??と尋ねたくなったり致します。 同級生同志なんかで集まって、会合なり飲み会なりをする際には、やはりそうした見栄の張り合い合戦みたいなことになるわけで、私は二十歳くらいまでにそんなのには興味が無くなりましたが、やはり一般に、凄い人や立派な人とされている人は、そうした見栄や外聞よりも、実質の内なる根拠の部分で勝負している人が大半でありますっ☆ 成人式で、すでに親になった新成人が自分の赤ちゃんを連れてくる人がおりますが、(大抵女性に多いのですが)そうした背景には、「現在は絶対的に同級生よりも自分が優位である」、という裏腹や見栄、自己満足があるわけで、そうした人間模様の犠牲になった子供には、私は大変な同情の念を抱くわけです・・。 昨今の個人主義社会において、二十歳前後の夫婦に子供が居た場合には、絶対的に家庭はおかしくなると思いますっ。ワガママ男とワガママ女の実体の伴わない家庭基盤で、子供をしかと養うことなど皆無であります。 旦那さんの仕事もそうですが、これからの経済の趨勢や社会の動向が厳しくなる中で、子供というハンデを抱えて自己実現を果たそうとするなど、無謀もいいところです。 「40にして迷わず」という孔子の言葉にもあるように、やはり人間は30年やそこらの人生経験では、迷いが生じるというのが本当のところなのでしょう・・。(汗) 自分の欲も見栄も捨てて、子供の教育と将来に全てを捧げるなど、全くありえない妄想であります・・。(汗) 「親になる」という責任は、「その代わりに自分を捨てるという制約がついて回る」はずです。 そうでなくては子供が実にかわいそうで、以前、パチンコ店の駐車場に赤ちゃんがクルマに置き去りにされて、そのまま熱中症で亡くなった・・、という事件が度々発生いたしましたが、こうした事件は、まさに私の指摘する典型の例だと言えるでしょう・・。 親の勝手な性欲と、「背伸びしたい」という欲求のために起きた悲惨な惨劇であり、また、社会的な損失たるや甚だしいと思うのです。 自分の無謀な人生設計を勝手に自滅させたにも関わらず、そうした背後にある司法という行政と、刑務所の維持費を考えた時には、やはり日本は財政難の法治国家なのだと、改めて思い知らされるわけです・・。 「背伸びしたい」という欲求は、やはり人間のエゴやワガママから来るものなのだと言えるでしょう。 文明の高度化から、利便性と刺激あふれる個人主義社会になった経済大国の日本でありますから、それも当然のことだと言えますが、そうした背景に犠牲になる純粋な子供の心は、孤独感と疎外感から、麻薬に手を出したり、非行に走る、暴力団の資金源になるなど、至極当然の結末と言えるでしょう。(夜回り先生、水谷さんがそのようにおっしゃってました) 結婚に対しても全く同じ理屈です。やはり、最近の傾向としては、若くして籍を入れて、その後すぐに現実の共同生活にウンザリするわけですから、離婚や人間模様がドロドロに顕在化する、昼ドラさながらのグロテスク人生になるなど、明白かつ当然の結末であります。 家庭内暴力や家庭の事情からの殺人事件などが度々発生しておりますが、ニュースで報道される事例など、放送時間の枠、スポンサーの動向などのエゴからの、ほんの氷山の一角なのでしょう・・。 あるいは、大学に入る・進学する、という思惑もそれに似たところが実に多いのです。(汗) もう「学歴社会ではない」、と言われているにも関わらず、こぞって子供を進学させたいと望む親心もそうですが、少子化と新規学校の創設増加も原因の最たることですが、それに甘んじて、なーなーライフである大学生生活のぬるま湯につかるなど、これからの競争社会の原理原則からすれば、淘汰される側の人間になってアタリマエのことでありますっ☆ ですから、人間という生き物は、皆一様に「背伸びして生きていきたい輩」ばっかりなのですねっ☆ 「早く結果を出して人生を軌道に乗せたい」という気持ちは、裏を返せば、「人からカッコいい人だと思われたい」、という醜い煩悩と同じことで、つまり、どっちにしても、どう考えても、人間は背伸びをする、自己顕示を図る生き物ということなのでしょうっ☆ 友人の数や携帯の電話帳の多さなんかを自慢したりする輩もおりますが、その人に問いたいのですが、あなたは何がしたいのですか??と意地悪く問いただしたら、その人は何と答えるのでしょうか?? おそらく、親の無責任さ、親の背伸びの犠牲となった、かわいそうな子供が携帯を持った結果なのだと言えると思います。 子供は親の背中を見て育つのです・・、子供が子供を生んだらどうなるか、想像するまでもありませんよねっ☆ そうした私も紛れも無い犠牲者の一人なのですが、そうではあっても、これまで事故や自殺で生涯を終えることなく現在に至るわけですから、私がこれまで歩んできた最悪な人生を踏まえると、やはり「生きることは戦争である」、と強く断言できるわけですっ☆ 友達なんて友達ではないですし、仲間なんて仲間ではない。同級生は単に学区が同一だっただけの関係ですし、子供からすれば、親とは天使でもあり悪魔でもあるのです。 これからの文明の進歩発展を考えてみると、やはり社会に不要な人間は生まれてくるべきではないのかな??とすら思えてきますっ。 なぜなら、親の欲望のまま単純に生まれて来ても、その子が幸せになれる補償などどこにも無いからなのですねっ。それでも、この世に生まれて生きるとすれば、世帯を持ち、親となるのならせめて、人間として自己犠牲の精神だけでも包含しないとダメダメですよね。 繰り返しますが、なぜなら子供がかわいそうだからです・・。(汗) 親や世間は勝手に応援したり、無責任な賛美を送るのです・・。実質は世の中・世間、ご近所さん、同級生や仲間が何をしてくれるわけでもありませんからね・・。そうしたときに、背伸びした人生、背伸びした結婚、背伸びした家族計画・・、全ては人間の性(さが)からの顛末に、違いは何もありませんよねっ。(汗) |
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