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こんにちわっ☆
昨日はかなり暑かった埼玉平野ですが、今日はなんとなく涼しい感じの朝方ですっ☆ 「恒常性」という言葉をご存知でしょうか?、これは人間や動物が、「色んな環境の変化に順応するための反応」ということで、理科的に言うと「ホメオスタシス」という言葉で中学校のテストで出ましたが、私達の「暑いだ寒いだ」というのは、「これまでの恒常性」というのが大きく関係していると考えられますっ☆ 簡単に言えば、これまで寒いところで過ごしていた場合、身体の感覚が「寒さ適応型」のホルモンやら身体の皮膚の耐性やらが出来ておりますので、急激に暑いところに行ったりすると、環境の変化に恒常性が間に合わずに、体調を崩したり過度の変化を感じたりするわけですっ。 そこからフィードバックして考えると、「これまでの恒常性」が、「次の恒常性」を働かせるまでに、準備に手間取るが故に、私たちは、「暑くなった」、「寒くなった」、と思考で考えるわけなのですね〜っ☆ 進化ということで考えるならば、思考とは無縁の、生態としての勝手な反応に任せるよりも、現在は、周囲の環境を調整したり着物を着たりすることで、文明社会としての営みで、思考を用いて進化を果たしているわけですが、従来は体毛を駆使していたり、皮膚の色のメラニンとかで日光からのダメージを軽減したりして、進化と恒常性をしていたと考えられるわけですよねっ☆ とりあえず、今更古代の文明に戻ることなど有り得ないわけでして、現在は明らかに豊かで便利で幸せな社会となっているわけなのですよねっ☆(笑) そうした幸せ獲得の真理もさることながら、今日はちょっとしたものの考え方哲学ですねっ☆ これまでも、こうした自己啓発系の記事は書かせてもらっていて、よく考えれば重複する内容かもしれませんが、自己実現が命題の世の中でしたら、こうしたことは重要になります故に、これからもちょいちょい出てくると思いますのであしからずですっ☆(笑) まずですね、物事を考えたり行動したりする上で、何が初めの制約なのかと言いますと、「結果」ということで良いかと思いますっ☆ 人間って生き物は、非常に知能が優れておりますので、未来に対する展望がリアルにイメージが出来てしまうわけなのですねっ☆ そうした時にはやはり、自分がこれから営むであろう行動に対する結果が、それなりにリアルに想像できてしまい、しかも結構そのまま当たるわけなのですっ☆ 例えば・・、「この人と結婚したら10年後こうなって・・、20年、30年、その後は老後でこうなるわね・・。」、みたいなことですっ☆ それがもし、自分の自己実現となればOKでして、さらにその想像をポジティブに超えた場合には、最高の喜びが待っているわけなのですっ☆ では逆に、想像の範疇に収まってしまい、想像通りの人生では全く退屈なのである・・、となってしまった場合どうでしょうか・・?? そうなんです、まさに地獄絵図でして、うつ病になったり閉塞の人生となっても、全くおかしくないわけですっ☆ であるとすれば、「想像通りの人生でOKっ☆」って時代では無くなった・・、と言えると思うのですね〜っ☆ パチンコ理論なんかも哲学で考えるとそうだと思いますっ☆ 「今日は3万円勝とうっ!」みたいな、自分の想定した内容を得るために、お店にわざわざ朝から並んで、大の大人が家からクルマで繰り出すわけでして、その背後には、「もしかしたら、想像を超えた結果が得られるやもしれない・・」、という打算が大有りなわけなのですっ☆ もしもどんなに頑張っても、「パチンコは3万円以上は儲かりませんよ」、ってルールなり法律があるとすれば、その時点で、365日×3万円=1095万円となって、仮に年間365連勝出来たとしても、一年の喜びは1095万円のアッパーとなるわけですから、想像が出来てしまうわけなのですっ☆ そしてもしも、「あなたはパチンコ以外で生計を立ててはいけませんっ!」と圧制されれば、人生80年として、20歳から生計するとして、60年×1095万円=6億5700万円しか生涯の生計手段がないわけで、それを運用も出来なければ、連勝する保障もないとなれば、「その数字以下の人生である・・」、となり、極めて行き詰ったマインドになることは間違いないわけでありますっ☆(汗) それが、「もしかしたら今日は30万円勝つかもしれない・・」、という淡い展望が想像出来るが故に、人は今日もパチンコ店に繰り出すわけなのでして、(私は絶対に行きませんが・・)ということは、やはり想像した結果では、閉塞が待っている、ということなのだと思うのですっ☆ 例えば昔は、職を得て・結婚して・子供を授かり、その後、「子供が想像を超えていく・社会が想像を超えていく」、という論理が体勢でしたので、それはそれで何事も成立したのだと考えられるのであって、昨今の文明の成長速度では、悪いことやイリーガルなことでもしない限り、おおよそ想像の域を出ないわけで、しかも人が信用できないとなれば、それは閉塞的な人生とマインドになっても仕方がないわけなのですっ☆ ですから、タイトルでも言っておりますが、結果を決めて行動するのではなく、「結果が決められないくらいな事に、大きく売って出る以外にない」、ということだと思うのですっ☆ なぜならば、「そうでなければ続かないから」ですっ☆ やはり人間は、少なくとも自分には正直であるべきですっ☆、やはりウソは他人にだけにつくべきであって、自分や家族にウソをついては、その人生には何も残らないと言えると思いますっ☆ 「天使のくれた時間」の日本語版のケイトも言っておりましたが、それが「確かなモノ」というものなのですっ☆ そして、こうした本質を得るためには、それまでの準備が必要なのですっ☆ それまでの準備をしっかりするためにも、行動して結果を出さなくてはならないのですっ☆が、矛盾するようですが、結果を決めてから行動しても、その準備をしたことにはならないと思いますっ☆ なぜならば、やはり物事は「続けないとNG」なのですっ☆ 「石の上にも三年」とはよく言ったもので、何は無くとも続けることで、その人の未来は開かれるのですっ☆ 逆説を用いれば、「続けられないことでは何を望んでもダメ」、ということですっ☆ ですから、結果を決めるのではなく、「結果は運に任せる」くらいに考えて、とにかく今にベストを尽くすことですっ☆ そしてこう考えればよいのですっ☆、「今に至った経緯にウソはないっ!」と・・っ☆ なぜなら、この世界に居る以上、時間は絶対の制約なのですから、「これまでの事だけは真実」なのですね〜っ☆ 哲学的超解釈をすれば、人間とは「未来が想像できてしまう愚かな生き物」なのだということでしょうっ☆ もしも未来さえ望まず、外からの評価さえ気にしなけば、何は無くとも「今からは無限」なのだということでしょうっ☆ 簡単に言えば、物事を「結果と考えずに全てプロセスなんだと思い、今を楽しむこと」って感じですねっ☆ 人生、続けられることでしか無理なんですよね〜っ☆(笑) |
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