思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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おはようございますっ☆
今日は何となく早起きの埼玉出身の思想家ですっ☆(笑)

・・当然、今日のこの後昼過ぎには眠たくなり、昼寝を本気で勤しむであろう、そんな適当な私でありますが、たまには真面目な話もしたいと思ったりするのでありますっ☆(笑)

まぁ、タイトルのとおりでありますが、今回は「対抗意識」と「存在意義」についての考察ですっ☆

・・何となく学術的なお話ですが、一般的に「四字熟語」というのは、その字ごとの一連の意味が成立するわけですが、私が思うには、「その前後において、二つくらいの意味が合わさってその意味を成す・・」、みたいなことだと思うのですっ☆(文学は好きですが、語学は苦手なのでざっくりですが・・汗)

たとえば「弱肉強食」という言葉ですが、これは動物界の食物連鎖の法規の中にあって、「弱い者の生肉を、強き者が命をせしめて獲る・・」みたいな意味のことで、ややもすると、人間の長い営みの中で、その説明をいちいちするのが面倒だから、とりあえず「熟語」という技にしておいて、会話に内にその熟語が出たときには、「そういう意味なんだなぁ〜」とする・・、プログラム言語で言えば「プロトコル」みたいな、早い話が「相互の了解」的なことだと思うのですっ☆

・・ですので、「弱肉」と「強食」の意味が前後で分かれているように私は感じるのですが、そうは言っても、「今日、弱肉食べる?」→「え?、昨日も弱肉食べたよね〜?」という会話もおかしいわけでして、ライオンがシマウマを狩る際に、「今日ヒマだから強食しとく?」→「そーだね、強食しちゃおうかっ☆」ってのもおかしいように思いますが、やはり、四字熟語は四字熟語として成立する場合の方が多いのかもしれませんが、とりあえず、私は語学の専門家ではないので、このへんでお暇させて頂きますが、「結局何が言いたいのか?」と申しますと、そのまんまの事ですが、「対抗意識」と「存在意義」という言葉の意味と、その考察から得る哲学の話なのですねっ☆(笑)

・・ということで、対抗意識の「対抗」とは、「対(つい)なる対象に抗う・・」という意味であろうと思いまして、例えば、「商売敵と価格で競りあう・・」みたいな事ですが、つまり、その「意識」ということですっ☆(意識の説明はパスでお願いしますっ☆笑)

そして「存在意義」ですが、「存在」とは三次元空間にあって「物体としての本質がある・・」とでも言えるような事ですが、とにかく「そこに物質がある」ということで、「その意義」とはつまり、「存在するに相応しい物質」といったことだと思うのですっ☆

・・そうしたことを、我々の日常に置き換えて考えてみたときには、やはり社会性が強い生き物である人間ですから、特に日本人は社会性というよりも、外聞を気にし過ぎているように思いますが、ともすると、過剰なまでの社会性、つまり「対抗意識」みたいなことに発展する事があろうかと思うわけなのですっ☆

例えば、「嫁と姑の骨肉の争い」みたいなことですが、男社会からすれば「なぜそこまでの争いを選択するのか?」みたいに思いですが、私が思うには、やはり嫁と姑「それぞれの存在意義の問題」だと思うのですっ☆

具体的には、姑とは、「既存の家人である女性」という側面と、「義理の親」という二面の要素があると思うのです。

・・そうした時に、例えば「お嫁さんとして自分が旦那の家に嫁ぐ」として(その前提として、姑さんがまだ「ピンピン」していたとして)、自分からすれば、自分がこの家に入ってから、「自分の自由に出来る支配権をより戦略的に獲得して楽したい・・」みたいな欲が出ようかと思いますが、その敵の立場というか、それを取り締まる立場となるのは、やはり姑の役目となるわけで、では「こうしたことがなぜ起きるのか?」ということが、今回の記事のハイライトになろうかと思いますので、出来るだけ分かり易く書いてみたいと思いますっ☆

・・早い話が、前述したとおり、やはり「存在意義」の要素が、最も重要になろうかと思うわけなのですっ☆

例えば、姑さんが病気がちで、逐次、病院の入退院を繰り返していたとすれば、その姑さんの「存在意義」は、主に「自宅と病院のベッドの上とトイレ・・汗」みたいになろうかと思いますが、この例で言えば、あくまで「ピンピンした」姑さんですので、「まだまだ現役ですわよっ!なめてもらっちゃ困りますっ!」みたいなことで、「ですので、炊事やら家事やらの指揮権は譲りませんっ!」となりそうなものでして、それがつまり、その「姑さんの存在意義」になると言えるわけで、上記の二面で言えば、「既存の家人」と「義理の親」のパワーが重なるわけですから、自分が支配権を広げるには、「まだまだ先が長い・・汗」、といった経緯になるわけなのですっ。

・・たとえそうであっても、自分からすれば、早く嫁ぎ先を名実ともに(財産と旦那を)乗っ取って楽したい?わけですから、毎晩家人に全員に強い酒を盛ったり、塩分濃い目の食事を作ったりと・・、というのは冗談ですが(本気でやろうと思えば毒カレー大会すれば良いわけですがっ笑)、ともかく、自分は旦那と幸せな家庭を築くために、この家に嫁いだわけですから、その「存在意義」なりをさらに獲得する作戦に出るっ☆というのが、人間や女性としての本能でもあり、哲学的には、「人生の旅の末に自分の居場所を作った・・」みたいなことだと思うのですっ☆

しかしながら、そうはいっても、着々とした理想の展開など、見ている方からすれば全く面白くないわけで、「昼ドラ」なんかはその描写の娯楽産業なのですが、やはり、「嫁」と「姑」とは例の「対抗意識」を全開にする生き物なわけでして、その「対抗意識」とは、つまり「存在意義の果て」にある、「社会性」を持った生き物である人間の性(さが)、ということだと思うわけなのですっ☆

・・ともすると「社会性」とは、「温和だったり平和のためにある気概・・」みたいに考えられがちですが、私からすれば、そんなのは「お遊戯ごっこ」と同じ発想なわけで、前提としての生き物とは、「自分の内なる欲求」のためなら、最終的にはどんな手段だって厭わないプログラムがあるわけで(最近はそれが捻じ曲げられて、自から死を選ぶ人が後を絶たないですが)、つまり社会性とは、早い話が自分の外聞を良くして、「いざとなれば、周囲を利用してやろうっ!」若しくは、「他人は鬱陶しいから、適当に誤魔化して関わっておこうっ!」、みたいなものが「社会性というものの本性」だと思うのですっ☆(汗)

ですから、一般的にもそうですが、嫁と姑には、その社会性の延長というか、「欲求の本性」とも言えることですが、本質的には、「嫁にとっての姑」も、「姑にとっての嫁」も、「自分の生計手段の一要素」と言っても過言ではない習性なり性質があるわけなのですっ☆(汗)

そして、私が思うには、それが生き物というものであり、人間というものの本来の姿だと思うわけなのですっ☆

例えば、カマキリのメスは、オスとの交尾の後にオスを食べてしまう・・、と言われていますが(習性なのかどうかは議論が別れるみたいですが・・)、例えば、「そんなことが自然界で起きていても不思議ではないっ!」という認識は、我々人間にも感覚的に理解が出来るわけですから、「自分たち人間だけは、自然界の法規の外で過ごしているっ☆」という馬鹿げた論理でも展開しない限りは、嫁と姑が「対抗意識」の下で骨肉の争いをしても、何らおかしいことではないと思うわけなのですっ☆

そして、その「対抗意識」とは、やはり社会的に「存在意義」を求める人間ならではの本能でもある・・、みたいに考えられるわけなのですねっ☆(汗)

・・ちなみに私が「対抗意識を燃やす人物」といえば、A・アインシュタイン博士と、レオナルド・ダヴィンチさんですね〜っ☆(笑)、生涯を掛けて、いつか彼らに肩を並べるべく、哲学や真理を追求したいと考えている次第でありますっ☆(笑)、これから歳を取って家庭を持ったとしても、「為せば成るっ!」「少年よ大志を抱けっ!」と、言い続けていたいものですっ☆(笑)

皆さんは、とかく誰に対して「対抗意識」を燃やしますか〜っ☆(笑)よかったらコメント下さいませっ☆

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清水竜志
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