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こんにちわっ☆
今日は「日曜日」っ☆、先日のテレビ番組で放送されておりましたが、「宗教」によっては週の初めが月曜日からだったり、あるいは土曜日からだったりするみたいで、何やら祝日の規定が昔から定められていて、宗教に厳格な地域では、国家単位でそれが励行されている、とのことですっ☆ 国際的にはアメリカの影響で、やはり「左よりの」キリスト教の決まり事が多いように思われ、日本も例外なくそれに当てはまるのですが、元をたどればアメリカもイギリスだったわけで、現在の世界標準言語は英語なわけで。 「暦」なんかの冷静に考えてみれば、現在のグレゴリオ暦なんかは大変よく出来たシステムなわけですが、それが考え始められた当時では、今考えれば簡単な一つの理屈を定義するのに、大変長い時間と労力を掛けて、形成させて今に至るわけですから、文明の利器や利便に「アタリマエ」を感じる昨今ですが、太陽ありき、天候ありき、で、現在自分が置かれている立場を「超自然的」に考えれば、「自分の悩みなんて些末なものだ・・汗」みたいに、大風呂敷で生きていられると思うわけなのですっ☆ ・・と、いつものように、調子の良いことを言わしてもらっておりますが、やはり「考える葦の人間」であれば、何事も「納得」できなきゃダメダメ、ダメなんですよね〜・・。(汗) 例えば、人間関係や金銭問題・・、過去のゴタゴタとか、虐げられた悪しき思い出とか・・、つまるところ、そうした「人生のネガティブ」があってこその現在の位置だったり結果だったりするわけですから、例えば、現在の世の中のトレンドを作り出している著名な人たちの「面白い人間味」とは、極めて奥深く、そして、極めてドロドロとした陰湿な経験を経ての「面白さ」なわけなのですよねっ☆ 芸能人の方で、副業で食べ物のお店を出したり、お姉ちゃんのクラブを経営したりしている人がおりますが、芸能界ほど人間関係にシビアな業界も無いでしょうから、やはり、そうした経緯を兼ねての商売の展開なのでしょうから、それは「下心」も「打算」も「野心」も「エゴ」あっての「結論」なわけなのですっ☆、なぜなら、人間誰しも「気持ちよく」生きたいですからねっ☆(汗) そして今回の本題ですが、「下心」や「打算」などもそうですが、人生や過去、人間関係において、やはり「納得出来るかどうか?」という点が極めて重要になろうかと思うのですっ☆ なぜなら、人間の「バイタリティー」というのは、どうしても際限がありますので、常に「フラット」で「爽快」であるためには、「フリーランスな」、モチベーションと言うか「心境」でなければならないと思うのですっ☆ ともすると、人間の「欲」や「自己実現」というのは、前提として「人の上にあるもの」ですから、誰しも「ガンジーさん」や「マザーテレサさん」の様にはなれないわけですので当然ですが、そうであっても失敗や挫折や挫かれた経験というのを、自分なりに上手く咀嚼(そしゃく)して、それを「自己完結」、つまり自分で過去を「美化」なり「納得」させられたなら、その先にあるのは極めて「フリーフリー」なわけなのですっ☆(笑) 例えば、先日引退されたプロ野球選手の「清原さん」ですが、例の「桑田さん」と「巨人」のドラフト問題を、西武時代に長きに渡り引きずられていたみたいですが、正にあれは、今回の記事にもろにバッティングする内容であると思いますっ☆ そんな球団との遺恨が「ある・無い」に関係なく、現実のリアル・リアルは迫ってくるわけですから、そんな「納得できないこと」はまず横に置いといて、自分の野球選手としてのパフォーマンスを高めるために、背反したモチベーションの中で切磋琢磨した「清原さん」姿は、全くの野球部外者の私ですら、その「重さ」と「想念」は、容易に想像に届くところでありますっ。(人間、悪い想像はどこまででも出来るものです・・汗) それとは、ちょっと話の規模は小さくなりますが、私の事で言えば、小中学校での「勉強」ですが、「なぜ自分が勉強しなくてはならないのか?」、「なぜこの勉強が必要なのか?」という点に関しては、義務教育の9年間、ずっと疑問であり、また、今思えば「納得」など皆無で当然であったわけなのです・・。 「ちょっと面倒くさい子供だったな・・汗」と、今に思えば、そのくらい簡単に考えておりますが、当時の当時のしたら、自分の中の世界では、「それが全て」なわけですから、「宇宙とは何か?」「人間の意味とは?」「人類はどこへ向かうのか?」「死とは何か?」「なぜ自分が存在するのか?」みたいな・・、つまり基本的な「哲学」を説かなければ、国家が作った「社会」なり「良識」なりの、その「表面」を幾ら磨いたって、人格たる自分が、その核の核に「納得していない素材」でありますから、政府→文部省→教育委員会という組織の中の組織であった、「公立の学校」という括りの中のエゴのカリキュラムにあって、「勉強」なんてものが私の身に入った覚えなどなく、そうしたレールが大好きだった人が、今まさに社会の底辺でどのように扱われているのか?という現実を鑑みてみれば、「私の幼少期の些末な考えほどは正しいものは無かった・・」と、「全く嬉しくない確信」を得たりしている昨今なわけなのですっ☆(汗) もしも自分に子供が出来たら、「宇宙とは何か?」「人間の意味とは?」「君の存在とは?」「人類のこれからは?」「今我々は何するべきか?」ということを、今の私の悟りを持って、全て伝達してあげたいなっ☆と思うわけなのですっ☆ まぁそれで、もし衝動的に反抗されれば、それはそれで、私は人生における我が道を行くだけですが、現実的には、とりあえず信頼出来る私学へ通わせたい・・、と切に思い、今回の記事をそれとなくまとめますと・・、 「人間、人生に納得できてなんぼですよっ☆」(笑)ってことですよねっ☆ なぜなら、そうでなくては「自我」と「バイタリティー」が完全に無駄になるからですっ☆ もともと自分で望んでこの世に生まれたわけでも、世界中から歓迎されているわけでもない自分という存在なわけですから、そうであれば、「やることやる」、「好きなようにする」、これ以外に選択の余地はなかろうっ☆と思うのですっ☆ つまらない「良識」や「恥」や「外聞」など、さっさとダンボールに詰めて、黒いネコに適当な住所を指定して、宅急便に出してしまった方がよろしいですっ☆ なぜなら、「他人の目」を気にして「退屈な人生」を送るなんて、この今の豊かな時代にあって、もっとも有り得ない選択だからですっ☆ そのためにはまず、「自分で納得できる人生設計をしてみましょうっ☆」ってことで、今回は「おしまい」ですっ☆(笑) |
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2019年06月10日
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