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こんにちわっ☆
今日もジメジメしたお天気の埼玉平野です・・。(汗) こんな日に何かの祭事を催したり、何らかの義務や責任で、「頑張れ!」とか、「頑張らなくちゃ!」とか、「やるしかない!」とか言われても、「いやいや・・、全然そんな気分じゃないです・・」という事ってあると思うんです・・。(汗) 人間誰しもそうですが、「苦」より「楽」な方が良いですし、当然ながら「不快」より「爽快」な方が望まれるわけなのですっ☆ ともすると、そんな当然の事を考えてみると、「生きること」は宿命として「そんな気分じゃない・・」というオプションがついて回るのだと思います・・。(何となくですが) ・・昔からよく言われておりますが、人間とは大変「罪深い生き物」で、動物や生き物としての本懐や本能といった事よりも、「想像力」や「知性」が優れている部分がありますので、自分の行動に罪の意識を芽生えさせて、根本的な自分の存在を否定したり、この世に生を受けた運命を呪ったりすることがあると思うのです・・。 そうした顛末に人は「救い」を求めて、古来より「神」や「信仰の対象」を擁立して、その際の精神安定と集団の秩序を形成して、何とかここまでやってきたわけなのです・・。 この筋にて伝えたい内容は、端的には「ニヒリズム」といった概念ですが、この延長で悲壮感や悲観論を全盛にして現実の物事を考えてみては、基本的に何事も上手く行かなくなるもので・・、そうした事で、結論としては結局「人生において自分は何を望むのか?」という問題ですが、やはり「戦いに勝って何かを得る」といった原理原則と法則からは、私たちは逃れる術が無い、といったことが本来の自然なり摂理だと思いますっ。 自分を進歩発展させてみたり、集団的に文明を開発したりする事に活路を見出している現代文明人の我々ですが、「そろそろ疲れたな・・」みたいな一服感が、現行の先進国における格差問題(負け組の論理)や閉塞感だと思いますっ。 万一、格差や敗北、挫折と失敗を味わっても、「またもう一度挑戦したい!」という気持ちになれば全然問題無いわけですが、「そもそもそれが無い!」というのが根本的な現実問題なのだという事です・・。 この便利な文明社会にあって、生き死にを賭けた子孫繁栄の戦略合戦である認識が、本能的に日頃から保たれていれば、皆がそれなりにピシッとするのでしょうけども・・、現状そんなことには到底なりそうもございませんので、当分閉塞的な社会に甘んじる時期なのだという事でしょうね〜・・。 ・・ということで、ちょっとグダグダした内容の記事でしたが、「そんな気分じゃないっ!」って事は、人生おいて有って当然なんですよねっ☆、・・というポジティブな捉え方をコロンブス的にしてみて、ジメジメした気分を乗り切って行きたいものですよねっ☆ |
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2019年07月15日
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