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こんにちわっ☆
何となく「暑い空気」にも慣れ初めてきた7月前の今日この頃ですっ☆、人間の恒常性(ホメオスタシス)というのはこうゆう事なんでしょうね〜っ☆(笑)「慣性」というか「ベクトル」でしょうか?・・。 ・・さて、そんな日にふと思うことは、やはり人間「素食」が一番だということですっ☆ と申しますのは、健康がどうこう、体型(肥満)の問題・・とかそういったことではなくて、つまり、「食事が精神に及ぼす影響」といった事を考えると、「美味しいもの」ばかり食べていると、いずれそれが当然のアタリマエになってしまい、人生における「程々の喜び」すらも分からなくなってしまうと思うのです・・。 例えば、一週間の献立が、 (月)朝・親子丼 昼・牛丼特盛 夜・ハンバーグセット (火)朝・ホットドッグ 昼・餃子とラーメン 夜・うなぎ定食 (水)朝・ベーコンエッグ 昼・ホイコーロー定食 夜・ステーキステーキ (木)朝・肉うどん 昼・半チャンラーメン 夜・すきやきパーティー (金)朝・こてっちゃん 昼・天ぷらそば 夜・しゃぶしゃぶ晩餐会 (土)朝・スパゲッティー 昼・お好み焼き 夜・キムチちゃんこ鍋祝賀会 (日)朝・チャーハンとイカゲソのから揚げ 昼・からあげ定食 夜・とんかつスペシャル ・・と、こんな感じの食事って、明治時代には一流貴族の生活風景だと思うのです・・。 ですが、現在の物質的に豊かとなった文明国家の日本ですので、この程度の水準の食事は、実は生活保護の家庭ですら実質可能なレベルとなっているわけなのです。 とすると・・、現在の生活において、食事に何かの「価値」や「喜び」を見出す作業というのは、毎日座禅でもしていない限り、おおよそ難しいと思うのです・・。 「え?、そんなことは無いですよ!」と思った方に考えて欲しいのですが、つまり「喜び」とはどうゆうことですか??ということなんです。 確かに「美味しいですっ☆」「嬉しいですっ☆」というのは明らかに「喜び」です。 しかしながら「人生における喜び」というのは、つまり「成功体験」ということなんですっ。 「今日一日こんなに頑張ったんだから、こんなに有り難い食べ物が得られるんですね〜っ☆☆☆」といった事、この場合のそれに当たります。(一見馬鹿っぽいですが、自然の摂理を考えるとそうなります・・) ですから、「また明日も頑張ろう!」となるわけで、これが「何でもない・どうでもない」といった感覚になれば、この「喜び」の逸失利益・機会損失というのは、長い人生において甚だしいと考えられるのではないでしょうか・・。 ともすると、子供の内は「やること・為すこと」が常に新鮮で、自分にとっては現実が「新世界」といった感があったと思うのです。 しかし、一旦大人になって日頃の「価値水準」に慣れてくると、自分にとって全てがアタリマエで、豪華な食事もありがたい晩餐会も、「別にどうってこと無いです・・」となってしまうと思うのです・・。 「では現在においてどうすれば良いのか?」という事ですが、本来一番優れた対策は、「文明ごと入れ替わる」若しくは「世界が刷新される」といった事がよろしいのですが、つまりそれは「戦争」だったり「既存の利得を放棄した判断や行動」といった事になると思うのです・・。(血が流れる革命を起こすか、今の便利を捨てて環境を守る・・みたいな) といった事で、日本人は得てして平和主義の保守社会でありますから、他人を傷つけてまで理想を掴みとるのなら、「自分がトコトンまで我慢してダメなら最後は自決しよう・・」といった、全体主義の武士道の名残りみたいな精神がありますゆえに・・、だったら初めから、「素食」や「慎ましい生活と人生」にシフトすればよかろうっ☆とう考えが、つまり「素食のススメっ☆」なんですね〜っ☆(笑) 今、私がそれを実践しているか?と言えば、達成歩合「10の内3」くらいなものですが、それでも、こうした哲学があっての3と、無きの3では、全然違ってくると思いますので、もしも暴飲暴食について慣れてしまっているのであれば、素食の品格?みたいな事について、改めて考えるのもオツなものだと思いますっ☆(笑) まぁ少なからず、濃いめの(野菜汁100%)野菜ジュースだけは飲んでおいた方が良いですよねっ☆(笑)食後に・・。 |
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2019年07月20日
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