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こんにちわっ☆
今日も何となく何でもない感じのお天気&雰囲気の埼玉平野・・。(汗) これでも色々忙しいので、「あ゛ぁ〜・・なんて退屈なんだ・・」とは申しませんが(笑)、やはり優れた人生には「喜び」と「刺激」と「快感」が重要なのだと思いますっ☆ ・・ともすると、そうした内容を簡単に擬音語・擬態語で言えば、「ゾクゾクした感じ」というのが日々の生活に求められるのだと思いますっ☆(それとなく・・) 何だか退屈だな・・、生きていてもつまらないな・・、何か面白いことないかな・・、といった嘆きの耐えないストレス地獄の日本社会でありますが、要するに、常日頃から「ゾクゾク」すれば良いのだと思うのですっ☆(笑) ・・ただそのためには、当然それなりの代償が求められるわけでして、ではどうすれば「ゾクゾクしていられるのか??」と考えれば、大前提としては「未経験の境地を得る事」と「相当の何らかの負荷が自分に掛かっている事」、それと「ちょっと間違ったら人生が終わる・・」くらいな事でなければ「ゾクゾク」しないと思うのですっ。 なぜならば、人間は知能的な適応力に優れておりますので、ゾクゾクするかどうか?という事は、つまり日頃の賢い選択から生まれる「慣れ」や「習慣」を打破できるような、知能的な欲求の開放が根底に無ければならないのだと思いますっ☆(感情もやはり「思考」や「知能」からのものなんですよね・・) 例えば、身の安全が確保されていたり、その先の結末が把握できてしまったり、取り立ててタフな状況でも無いのであれば、「本当のゾクゾク感」は得られないと思うのですっ☆ ですから、今の「便利」で「衛生的」で「豊か」で「安全」な時代の日本にあって「ゾクゾク感」を求めるのは、「生理的にそれでしか生きられない」若しくは、「敢えて馬鹿になってみるっ☆」みたいな選択が強いられると思うのですっ☆ 時折「スリル中毒」みたいな事で、遊園地に行けばジェットコースターばかりに乗りまくる人がおりますが、現実的には、まさにそうした「敢えて馬鹿になってみる人」が「ゾクゾクしたい人」なのでしょう・・。 前者である「生理的にそれでしか生きられない人」とは、要するに天才か?変態か?みたいな極みの話になろうかと思いますが、「そういった人」を分析するには、私は「知能」も然ることながら、何か得体の知れない本能的な指示があるのだと思うのです。(遺伝子というか、超能力でしょうか・・) ・・ですので、一般ピープルの私にそれがあるか?と言えば、まるでそんな事はありませんので・・、この度の話をそれとなく集約致しますと、「ゾクゾクしたければ、まずは多少馬鹿になりましょうっ☆」って事ですよねっ☆(笑)(だって本当のリスクは嫌ですし、そうかと言って天才か変態でも無いですからね・・笑) ・・たまに中年のおばちゃんとかが、妙にハッチャケて「社交ダンス」とか「コーラス隊」とかに勤しんでおられますが、私が思うには、ああして人生に見切りをつけて、どうせなら「踊る阿呆と観る阿呆」の論理で、進んで踊る阿呆に成り代わるのだなぁ〜・・、と思うのですっ☆ やはり、人間は幾つになっても欲求は欲求としてありますし、抑圧されたストレス社会にあって、その他大勢と一寸違わぬ無難なラインを選択するよりも、「阿呆でも馬鹿でも構わないからゾクゾクしてやるぞ!」といった気概があればこそ、人生に何かを見出せるのだと思うのですっ☆(笑) といった事で、「ゾクゾクした感覚」・・。皆さんは今どのように処理していらっしゃいますか〜っ??(笑)ちなみに私の話ですが、いつかは絶対身体一つで空を飛んでやりたいなっ!と企んでおりますっ☆、後は2時間くらい「永遠に落ちる」のとかも憧れますっ☆(笑)無重力ってやつでしょうかっ☆、恐らく宇宙飛行士さんは、そういったパワーだけで危険な宇宙に行くのでしょうね〜っ☆ |
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2019年07月21日
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