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こんばんわっ☆
今回は「約束」と「信用」について考えてみようと思いますっ☆ まず、何故「人は約束をするのか?」と考えれば・・、 1、未来を想像する力があり、未来を今より「良く出来る」能力がある 2、未来を想像する力があり、未来を今より「悪くする」事もできる 3、人という生き物は、「独り」では何も出来ない 4、人という生き物は、「助けを借りると」大きな事ができる 5、人は人を「裏切る」ことがある という5点だと思うのですっ☆ なぜなら、1、が無ければそもそも約束する「意味」や「価値」なんてありませんし、望んでせずとも、2、となる場合も相応に発生しますので、やはり「約束」とは、基本的に1、「契約」と2、「保険」の二つの意味があると思うのですっ☆ 次に3、4、ですが、「人」は「他」との共生や関わりを持つことで、自身の成長や発展を遂げるわけですから、前提として自分が関わりたい誰かと約束を契るわけですが、いざ、その関わりなどが一切無くなれば、人が一人で出来る行為や作業、仕事などは、本当にしれていると思うのです・・。(電気すら無ければ、今の現代人に何が出来るでしょうか・・。) その逆に、人は他から「力」なり「助け」を借りれば、倍々ゲームにてその能力が増幅される性質があるのです。それが「社会」であり「文明」というものの概要ですっ☆ そして5、は、皆さんご存知の通り、人は人を出し抜いたり、蹴落としたりして、自分が優位なポジションをキープしようという競争の性質を持っている生き物というか「種」です。 それに負けじと、個々が色々な対策なり手段なりを講じる末に、文明や社会として、さらに様々な進化なり発展なりを遂げるわけですが、それにしても「言っている事」と「やっている事」が違う人って結構多いもので、「5、のために約束が必要」と考える人も、相当数に登って存在すると思うのですっ☆(誰しも人から裏切られたくないですからね・・) それで、私が何を言いたいのかと申しますと、やはり「信用というものの意味」ということになりますが、1、〜5、の要素を、前提として踏まえて考えてみた際には、「信用があればこその我々の健全な営みである」という絶対的な事実ということだと思うのですっ☆ 例えば、結婚を考えた際に、もしも相手に「信用」が無ければ、結婚後の自分の人生に大きな損害を与えるかもしれないわけですから、そうした相手との共同生活なんて当然ながら健全に営めるわけもなく、あるいは自動車を購入しようと思った際に、信用がない中古車屋さんよりも、新車保障のついたディーラーの方が、単に「信用」ということだけで言えば、効果や価値が高いわけですっ☆ それとか、「友人」や「仲間」という括りについても全く同義でありまして、金銭トラブルやチームとしての機能なんかもそうですが、何かの問題が起きた際に、保身的になって自己犠牲が払えないような輩には、往々にして「信用」なんて概念を預けてはならない大前提があるわけです・・。(向上しようと思って結束しても、いざのいざ、足の引っ張り合いをしていては単に損失であり、元も子もありません・・) 当然ながら、そうした相互の了解の連鎖ありきでの我々の生態系&豊かな文明でありますから、逆に言えば、「信用」を高めて人から投資なり応援なりが沢山してもらえるようになれば、一個人としては、それがビジネスであれ政治であれタレント業であれ、ともかく少しでも多くの人から支持されれば、この世界のルールとしては結構なのであるっ☆ってことなんですよねっ☆(まぁ、それが大変なんですけどね・・、顧客とかファンとか・・汗) そして、何をもって人生の「成功」とするのか?、何をもって自分の「幸福」とするのか?といった哲学を模索するとすれば、私が思うには、「信用」を「約束の下に」重ねていけば、おのずと道も開けるのでは無いのかな?と思うのですっ☆ 「明日1億円稼いでくるよっ☆」 → 「A、本当に稼ぐ」 「B、無理だった」 もしもA、であれば、皆その人を信用してついて行ったり、人生を預けたりしますよねっ☆(笑)逆に現実的なB、で、「やっぱり1万円にしようかな・・?」とか言っていたら、そのうち誰からも相手にされなくなるのは、火を見るより明らかでしょうっ☆(汗)人生、「信用第一」ですよねっ☆ |
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