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こんばんわっ☆
地球の北半球が太陽に近い側になって来て、夜もだいぶ暑くなって来た日本と埼玉平野・・。皆さんは夏の心構えは出来て来ましたか?? ・・さて、そんな折に私が思います事は、去年の暮れから色々と考えて記事をアップさせてもらって来ました当ブログでありますが、その記事を更新するにあたり、徐々に「世の中の本質」というものが私なりに見えて来たと思うのです。(自分で記事を書いていて新しい事に気づきましたし、大変勉強になりました) ・・と申しますのは、「本質」と言うと全く逆の意味なのですが、この世の本質とは、つまり「虚飾でしか成立しない」という事です。 どうゆう事かと申しますと、私が思い描いたビジョンと言いますのは、「誰もが嘘をつかないでいられる精神的に救われたクリーンな世界の創造」といった事でして、もしもそれを絶対的な理屈と原理原則を以って追求すれば、それに変わるものは無い!といったぐらいに考えていたのですが、そもそもその発想自体が本質の逆説であった、という事なのです。 具体的には、あくまでも生物であり動物である「人間」という種ですから、何を使命とするのか?と言えば、あきらかに「繁殖」であり「繁栄」なのです。 そして、その「繁殖や繁栄」に「喜び」なり「幸福」を見出して、これまでの歴史と文明をやって来たわけですが、今の時代にあって「そろそろそれが限界なのである」、という事なのです。 どのように限界か?と言いますと、例えば、まず人口が多過ぎるのです。 日本の「多すぎる」原因として考えれば、これも逆説的なのですが、「繁殖」が人間の使命であるのに、それを「やり過ぎた」という事で、例えば、農業や工業などの技術が向上したことで生活が豊かになり、繁殖を加熱させた事もそうですが、新しい技術革新によって生活衛生と栄養状態が良くなったので、人口全体の寿命が延長して、お年寄りが増加して社会保障費が莫大になってしまった事と、新生児の死亡率が著しく下がったことが日本の人口増加の主な要因です。 あるいは途上国における人口増加ですが、衛生や栄養状態が良くないのに、一方通行の国際援助なんかがありますゆえに、国の何の指針や方向性も無いままに、子供が次々と生み増やされ繁殖してしまいますゆえに、次第にどこからか武器が集められてしまい、行き場の無い人間の欲望が、怒りとなって内戦なり虐殺なりといった惨劇に発展してしまうのです・・。 当然ながら、人口が増加するその過程にて、一時的に産業なり経済は大変勢いよく成長するわけですが、その成長が一旦収まってしまえば、それが平準化・退屈してしまい、リーダーは次のフロンティアを創出する命題に囚われるわけですが、そのフロンティアの創出には、自然の摂理にて多大な代償や血が流れますので、そうでなければ後はご承知の通り、本来どうでもよく、やらなくてもいいような産業なり、ストレスの捌け口(風俗産業・お笑い産業など)みたいな「人生の誤魔化し」が必要になって、世の中が極めてゴチャゴチャとして来るのです。 そんなゴチャゴチャの中にあって、もしもそこに私が目指したような「圧倒的な指針や答え」があったとして、ではそれが何なのか?と言えば、これまでやって来た経緯や自分自身を疑ったり否定する事になれば、私も含めて誰もそんな恐ろしい極論や発想したくないわけですから、やはりどうしても「虚飾の世界」が強大になっていく事が、どうやら今の時代の「本質」であると言えるのです。 現実的に、そうした本質の恐れに対する答えは何か?と言えば、それが宗教であるわけですが、科学がこれだけ発展している現代において、今更「神頼み」など誰も本気でするわけもなく・・となれば、やはり虚飾の世界で人生を楽しむ以外に無い・・というのがこの世界の「答え」であり「本質」であると思うのです。 ・・という事で、(これまでの流れをくむと大変勝手ながら・・)これからは「虚飾の素晴らしさ」というものも考えながら、これからの私の人生を考えてみたいと思っている次第でありますっ☆ 当然に、記事の内容や更新頻度は著しく低下すると思いますが、今の時代の胡散臭さも去ることながら、それを私なりに面白い視点で記事を書いていこうと思っておりますので、よかったら今後とも応援の程よろしくお願いいたしますっ☆(笑) ・・ですが、もしも何かのキッカケで命掛けで何かを達成したくなったり、表現したくなったりすれば、それはそれでまた別の話かもしれませんっ☆(人生何があるかわかりませんからね・・汗) |
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こんばんわっ☆
さて、唐突ながら私の生涯が今日に至り思いますには、(私も半分くらいそうですが)「なぜやる気が起きないのか?」と考えてみますと・・、つまり「今後の人生の展開がリアルに判明し過ぎてしまっていて、全然エキサイティングではない!」という事に尽きるのではないでしょうか・・。 ・・と申しますのは、例えば、何となく大学の経済学部とかを卒業して、それとなく一流とされる起業なんかに就職をしたりして・・。 その後、「結婚」→「子育て」→「マイホーム」→「定年」→「老後」→「老人ホーム」・・みたいな事で、かなりリアルに人生の顛末が発覚してしまっているが故に、これでは人生そのものが、「エンディングが分かり切った映画を観るようなもの」でして、しかもその退屈な映画のために、「どれだけのストレスと我慢と抑圧の代償に耐えなくてはならないのか??」と考えた際には、「もう全然退屈だな・・、だったらニートでいいや・・汗」みたいな事だと思うのです・・。 さらには、既存の大人世代の見苦しい失態を子供ながらに伺うにつれて、その人生のやる気を削ぐパワーや険悪なリアリティを植えつけるという意味であれば、これほど子供にとってのネガティブなものはなく・・、例えば、過度に倦怠化した夫婦の離婚するしないのゴタゴタとか、家庭内暴力とかうつ病になったとかならいとか・・、子供を施設に預けたとかギャンブル依存症とか・・、アルコール依存症とか浮気とか・・、給食費を払うとか払わないとか、健康保険料や税金がどうしたこうしたと・・。(汗×10) 映画にしても、そのストーリーを観たら人生とって明らかにマイナスになると判明しているのであれば、そんなものに誰もお金を払いませんし、男女の「出会い」→「恋愛」→「幸せな結婚&家庭」といったちゃんちゃらおかしい激甘方程式にしても、つまりその想定が甘いものだと判明しているのであれば、だれもその方程式を解いてみようと思い描かないと思うのです・・。 そして現在の文明に生きる「人間」は、世代を追うごとに間違いなく想像力に関して「進化」しておりますので、それについて現世代の若者をはじめ、これから若者になるであろう今の子ども達は、自らの進化した想像力を押し殺して、このストレス地獄の社会で自己表現が出来るのだろうか??と、真に不安と著しい危惧を覚えるのであります・・。この国の将来は大丈夫か??と・・。 確かこの前の記事にも書かせてもらいましたが、その想像力の「進化」について簡単に言えば、私たち世代の「携帯ゲーム機」と言えば、任天堂の「(モノクロ)ゲームボーイ」だったわけですが、今の世代は「ニンテンドーDS」・「PSP」ですもんで、この差分の想像力の進化と考えれば、そこから生まれる現実世界とのギャップには、大変おぞましいものがあるわけで・・。 それと同時に、これだけの情報化が進んでいるわけですし、その影響で知能も発達しているでしょうから・・、この先の国のビジョンもさることながら、一体我々は次の世代に何を教えてやれるのか??といった大いなるの疑問も、ストレスとプレッシャーとして逐次圧し掛かるわけでして・・。 ・・そんな一通りの逆境を考えた暁には、得てしてそれが「今のやる気に繋がるか??」と考えれば、全く責任重大過ぎて大変だ・・、しかも結果が見えているので退屈だ・・、みたいな事ではないでしょうか・・。(汗) ・・と、何となく愚痴っぽい記事を書いてみましたが、なんだかんだやる時はやる私ですけれども・・、そうは言っても、現状のネガティブは強大であるわけですね〜っ☆(汗) 最後に一言・・、人生とはおそらく「苦難」でしょうねっ☆(笑)、何は無くとも最期は笑って死にたいものですねっ☆ |
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こんばんわっ☆
皆さんも大阪のパチンコ店放火殺人事件のニュースはご覧になった事と思いますが、犯人の供述によると、「不景気のために仕事が無く、生活に行き詰り人生に嫌気が差していて、そのうっぷんを晴らすために誰でも良いから人を殺したかった・・」と述べているようですが、よもやこの事件は「テロ」であると私は思うのです・・。(汗) 「テロリズム・テロリスト」と言えば、政治的に反社会・反体制的な陰謀を企てる、比較的系統だった犯罪組織の事を思い浮かべますけれども(アルカイダ・タリバンなど・・)、その因子を詳しく考えてみれば、ある特定の偏ったカテゴリーに属する勝手な人や人々のエゴイズム(思想)の延長で、その「思い・念」にて社会や体制に迷惑が掛けられればOKという思想形態を持つ人間がそれに当たると思いまして、つまり「テロ」というのは、その「政治思想」と「規模うんぬん」というよりも、人間の「恨み」や「怒り」から、ある程度の規模の社会的な被害が発生してしまえば、「それはテロである」と言えるのだと思うのです。 そういった見地から考えれば、わが国における「オウム真理教のサリン事件」はそのまんまですが、毒カレー事件や連続幼女殺害事件にしても、記憶に新しいところでは「秋葉原の連続殺傷事件」にしても、まずトラックで次々と人を跳ね飛ばして行ってからナイフで不特定に攻撃していったわけですから、これも「ある程度の規模」といえば規模なわけですから、よもや「テロである」と言えるのだと思うのです。 今回のパチンコ店の放火については、実際に4名の犠牲者が出てしまっているわけですし、しかも犯行に使用した武器は、極めて可燃性が強く殺傷能力の高い「ガソリンという化学兵器」なわけですから、テロと言ってしまえば、その政治思想など「反体制」(個人的な野党?)というだけで、そのまんまテロに当てはまるのではなかろうか?と思うのです・・。 近代の文明社会にて、様々な文明の利器が登場し、人間一人が扱える力やエネルギーが逐次増加している昨今ですから、例えばガソリンを撒いて火をつけるとか、車を運転して人ごみに突っ込むとか、と・・、生活が便利になって機能的に優れた社会であると同時に、人間一人が扱える道具や機械の殺傷能力という事で言えば、誰しもが「テロリストになり得る条件が整ってしまっている」、という事も言えるのだと思うのです。 後は、個人の価値観と思想形態の問題ですが、「その人にとって反社会的な思いを抱いてしまう条件が有るか無いか?」という論理になるかと思いますが、今回の世界的な不況から、日頃の「生活苦」や人生の「退屈苦」といった動機や発想から、誰でも直ぐにテロリストになり得る因子やフレームが整ってしまっている、現在の日本の社会状態だと言う事ではないでしょうか??(不景気・兵器・思想形態) そして、そもそもの「テロリズムの大義」なのですが、現在の国際社会が標榜している「平和」や「繁栄」という事に関しては、例えば「イスラム教」の人はアラーの示す道義にて、「人間という種」がそのアラーの道に外れた場合には、それがたとえどんなに圧倒的に大多数の標準的な事であっても、それはイスラムにとっては他でもない「悪」なのであり、それが加熱すると「敵」となってしまうわけですから、端的に言えば、もしも「赤教(あかきょう)」という世界的な教団があったとして、「赤以外の服を着ている人はみんな敵である!」となってしまえば、例えば今日グレーの服を着ている人がいれば、その人が「赤教の敵」と見なされてしまって攻撃や迫害を受けても、「赤教の人からすれば」それが正義や大義なのであり、平和なのである!という理屈になってしまうと思うのです・・。(汗) つまり、私が何を言いたいのか?と申しますと、結局「人間」という生き物は、「自分が置かれている環境」や「思想形態」次第でどうにでもなる・・という事ですよね・・。(洗脳というか勘違いでしょうか・・??) そして、今、日本人である私たちに出来る当面の事と言えば、今回の不景気による苦痛を味わっている人を、いかに社会的に排除しないか?という命題なのだと思いますが、・・そんな事を言っても、自分の仕事や生活でいっぱいいっぱいな現状があるわけですから、他人の面倒まで見る余裕など、それほどふんだんには有り得ないわけでして、・・それでは、何とか皆で景気を元に戻して、比較的正常な社会の状態まで戻るまで我慢我慢・・という事に尽きるのでしょうね〜・・。(汗)(あと個人的に通り魔や放火魔に気をつける・・ということで) 最後に・・「人生何が大変か?」って、やはり「我慢」なのだと思います・・。 つまり逆説で考えてみれば、長い人生において「それが出来るか否か?」が、「幸せ」と「不幸」の運命の分かれ道、みたいな事ですよね・・。(汗)現代社会において、「長生き」とは三文の徳なのでしょうか・・。(結局、長生きはしたいけど、我慢はしたくない・・みたいなジレンマなのですよね。) |
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こんばんわっ☆
なんだかジメジメした空気が漂う今日この頃ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか・・。(やっぱエアコン様様ですかね・・汗) さて、そんな日本のジメジメした話も去ることながら、先日マイケル・ジャクソンさんが急死してしまい、そのためのセレモニーがアメリカで執り行われているようですが、私がそうした中継を見る際していつもいつも思う事ですが、人は何だかんだと理由を付けては「お祭り」にしてしまう習慣があると思うのです・・。(汗) ・・と言いますのは、「お悔み祭」というのがつまり「お葬式」だと言う事で、結局その祭りをもって儀式やけじめとし、得てしてその行為にて故人が復活するわけもなく、本当の悲しみを抱いた遺族のその慰みの意味もあろうかと思いますが、例えば日本にて有名な芸能人の死去に際し、その芸能人のファンとおぼしき衆が、式場にて何かのイベントの如く列を成したり献花などを手向けたりするものですが、私が思うには、その中に一体故人の真意を酌んでいる者が如何ほどにでもなろうものか??と、敢えて斜に構える事もありますが、比較的素直にそのように思ったりするのであります・・。(ミーハーとか野次馬が嫌いと言いますか・・) それとかオリンピックなどのスポーツイベントもそうですが、やたらとこの時ばかりはと、無駄にやいのやいのする事を楽しむ価値(踊る阿呆になる)がそこに醸成されたりするわけで、経済効果や政治的な思惑といった観点も分かりますが、つまり何だかんだと大義と動機を起こしては、人生の素晴らしさや人類の偉大さみたいな事を国際的に騒ぎたいがための大掛かりなシステムが、オリンピックだったりサッカーのワールドカップだったりもするわけです・・。(実際、試合の内容よりもスポンサーとかサポーターの熱狂の方が凄かったりします・・) それで、何も私は「それがつまらない事だ」と言いたいわけではなくて、つまり「人間」という生き物を考えた時には、ただただ何にもしないで生きているだけでは、人生に際して何にも面白くないですよね・・という事を確認したい、という事なのですっ☆ つまり、人生に退屈してはダメダメなので、わざわざ理由をつけて騒ぎまくる「お祭り」という概念が人間社会に存在するわけでして、ともすると広い世界には、「奇祭」なるものも多数存在するようですし、有名なところでは、「急斜面でチーズ転がしまくり祭り」、「トマト街中で投げまくり祭り」、「ロケット花火打ちまくり祭り」、「闘牛を町に放して皆で逃げまくり祭り」、等々です・・。 我が国の習慣の中でも、「お祭り」という概念は根深い心情として国民性に繁栄されておりますが、その起源とするところは、やはり「収穫祭」と「信仰祭」みたいな事だと思うのです・・。 「収穫祭」とは単純に、海の豊漁や山での大捕物、農耕での豊作などの食料調達が大成功した喜びに際して、皆でわざわざお祝いする行事なわけでして、「信仰祭」とは近しいところ旧来の「祭日」みたいな事で(GHQに廃止されました)、要は統治する体制側の一方的な決め事として、「偉い人が言うのだからお祝いを致しましょう!」とされた半分強制されたシステムの中のお祭り、といった事だと思われますっ。(おそらく日本「信仰祭」は、遡れば「卑弥呼の時代」からの話なのだと思います・・。) そうした事で、良くも悪くも「人間は何かと祭りをやりたがる・・」、(繰り返しますが)なぜならば、「ただ生きているだけ」では人生が退屈だからなんですね〜。(汗) わざわざ、トマトを投げたり、牛に追いかけられたり、転がっているチーズを追いかけたり、お葬式なのにコンサートの如く歌を歌ったり・・、普通に考えれば「何やってんだろう馬鹿馬鹿しいな・・」、となる所ですが、人生が退屈に支配されるくらいなら、これからも人は何でもやるんでしょうね〜っ。(汗) |
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こんにちわっ☆
唐突ながら、「なぜ人は嫌気が指すのか??」について書いてみよーと思いましたっ☆ 単調な生活や単調な仕事と、ウンザリするほどタイクツな対人関係・・。 「結婚」という名の人間の生物学上の戦略的共同生活の約束も25年目にもなれば、それはそれで苦痛になるわけで・・。 そういう自分自身にもコンプレックスや自己嫌悪感を感じてしまい・・そのあげく、自分の人生の将来性を悲観してパチンコ店にガソリンを撒き散らしたり・・と、つまり人は、その人生や経験において、当然のように何らかの「嫌気」を抱えて生きているはずなのですが、ではそもそもその「嫌気」とは、一体どういったことなのか?と考えてみれば・・、 1、「飽き」 2、「慣れ」 3、「生理的にNG」 といった事に集約されるのではないのかな??と思ってみたり致しましたっ。 ・・と申しますのは、やはり人間「新鮮味」や「刺激」だったり、「夢」や「希望」といった、人間の持つ「想像」という能力の中でも指折りのポジティブな機能によって、その人の「魅力」なり「良さ」が発揮され、それが多くの場合「社会」なり「文明」なりと展開され、全体として好ましい姿や成果に繋がるわけで・・。 であれば、もしもそういった能力や機能が備わっていない社会などであれば、それはそれで全体としての営みにマイナスがもたらされると思えるのです・・。(つまり「景気が悪い」という事です・・) ですので、それが本質的に何なのか??という事が分かれば、例えば、身体の不調の原因を病院で検査して適当な薬を処方する・・みたいな事にもなろうかと思うのですが・・、しかしながら、「人生に飽きてしまった・・」、「結婚生活に慣れてしまってつまらない・・」、「職場の人が生理的にNGで・・」、なんて言ってたら、社会人や常識人としてそれはそれでNGなわけですから、ではどうすれば良いのか??という事になりますが、 A、我慢する B、我慢しない という二択が最も適当な選択であり・・、 A、の結論は当然ながら「現状の維持」になりますが、もしもB、を選択した暁には、先だって勃発してしまった中国のウイグル自治区の暴動のような事が起こってしまうわけでして・・。 では、我々が何をするべきか??という事ですが・・、 現実的には → 選挙で野党に投票する・・。 ちょっと冒険すると → 自分の人生に革命を起こすべく起業なり社会活動なりを試みる・・。 あるいは → 自分で議員になるべく立候補する・・。 という事になろうかと思いますっ。(汗) ・・今日は何となく即席な記事にしよーと思いましたのでこれにて終了ですっ☆(笑) そういえば、人生に「嫌気」が差さない人なんているのでしょうかね〜??、自殺を図る成功者の人多いようですし・・。(汗) |





