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こんばんわっ☆
・・さて、(いつもながら)唐突な内容で恐縮ですが、今私が思います「幸せな人生」とは、とにもかくにも次の3つの事に尽きるのではなかろうか??と思いましたので、よかったら何かの参考までにしてみて下さいっ☆ 1、無条件で人(他人)が好きかどうか 2、生涯を通じて全うしたい事があるかどうか 3、ただ生きている事に喜びが見出せるかどうか ・・という事で、この他にも、「愛する人がいるかどうか」、「自由があるかどうか」、「明日を楽しみに出来ているかどうか」など、細かく考えればもうちょっと多くの項目が出てこようかと思いますが、しかしながら、このテーマの本質には、「1、〜3、程度の内容を押さえたくらい」というのが、可もなく不可もなく、あるいは過度の競争や強制や抑圧などがなく、豊かな現代社会に適応した、極めて自然でサラッと自分というものを消化できるのではなかろうか??と思いましたので、何となく思いつきを記事にしてみた具合ですっ☆(笑) |
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2019年08月11日
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こんばんわっ☆
たまにはポジティブな記事も書いてみよー思いましたのでそのように致しましたっ☆(笑) ・・という事で人生・・。とにかく壊滅的な退屈を感じる事がしばしばです・・。(汗) ・・そうは言っても、どうやら自分で自分の命やら運命やらを終わらす事は困難なようでして・・、あわよくば登山に出掛け、崖を覗き込んで写真を撮ろうとしてそのまま転落死出来れば、それはそれで現実のあらゆる全ての喧騒が清算されて良いのかもしれませんが、しかしながら大抵の場合は、本能というか理性というか、基本的に分かり切った自滅を自ら図る事は極めて困難なものなのです・・。(汗) という事で・・、自分のリミットというか寿命みたいな事ですが、ではその内容をいかに充実させられるのか??という事が、動物を超越した存在である文明人たる我々の、昨今の便利社会・有り難味無し社会の命題となっているわけでして・・。 そうした時に、極めて厄介な能力が、つまりは「想像力という産物」なのですが、しばしば「過ぎたるは及ばざるが如し」と言われますように、「行き過ぎた想像力」というのは、時に上官の後頭部を銃剣で突き刺したくなるほどの恨みや憎しみを抱いたりしてしまったり、時に充実し過ぎた豊か社会で生きる我々にしてみると、普遍的・日常的な変化や進展の無い退屈な事象というのは、問題の想像力の域内にて、あまりに無意味に消化されてしまうものでして・・。 ・・さらには退屈な日常・人生というものは、想像的な生き物である我々人間の進化にとって、もっとも重要な要素である「刺激」が過度に鬱屈してしまい、例えば美味しいものを食べ飽きてしまい、ゲテモノの美食に手を出したり、あるいは一般の嗜好品では飽き足らず、ハイになる薬物に身を委ねたりしてしまうのも、刺激を求める想像的な生き物である我々の、進化の要求と必然の圧なのかもしれません・・。 ・・と、ここまで難しく考える事もありませんが、とにかく「自滅できる想像力」を持ち得た我々ですもんで、では自滅しないために何をすれば良いのか??という大変厄介な宿題ですが、 1、虚飾に生きる(何かにつけて世の中のトレンドに価値を見出してみる・・) 2、ミーハーにでもなってみる(今更ながらヨン様とかビョン様とかやってみる) 3、ホームセンターなんかも捨てたものではなく(最近はモールとかが新鮮でして) 4、熱帯魚とか飼ってみたり(まずはプレコとコリドラス) 5、時に遠くの公園とかも覗いてみたり(下調べを忘れずに・・) 6、わざわざ外でテントを張って焼肉を焼いてみたり(アウトドアは結構奥が深い・・汗) 7、川で石を投げたりしてみたり(要らない金属バットを一本潰してノックみたいにして小石をやたらと打ってみたり) 8、はたまた自転車に凝ってみたり(探してみると結構サイクリングロードとかありますしっ) 9、あるいは音楽・楽器に走ってみたり(アルトサックスとか良さそうですっ) 10、否、仕事仕事仕事っ!!(お金 is Allっ☆) ・・・という具合にですね、結構それなりに想像力で自滅する前に、人生にやる事はあるものでっ☆・・そこで「退屈してる場合ではないっ!!」と、自分に喝を入れたりしてみましょーっ☆と、自分に言い聞かせてみる今日この頃ですっ☆(笑) |
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こんばんわっ☆
ふいに自分が生きている間に自分の言葉をこの世に残したくなる衝動に駆られる私ですので、今日は恐らく今後も変わる事が無いであろう私が辿りついた絶対的な一つの表現として、 「人生とは感覚という認識を伴う質が悪い夢である・・。」 by 思想家S ・・という言葉を今日このようにして、このブログに残したいと思いましたので、実際そのように致しましたっ☆(笑) さて、この言葉を記すに当たって、この言葉に至った旨を幾つか説明したいと思いますが、まず私の考える所では、「人生」というのは「有って無いようなもの」なのは皆さんご存知の通りかと思いますが、とすると・・、つまりは自分の存在や認識や概念、あるいは価値観などの感覚という事さえも、実はそれほど大したものでもなく、早い話が、何となく生まれてそれとなく生きているから、恐らく今ここに自分という存在が漠然と構成されているのだろう・・と、これだけはこの世の何事よりも確かに思えるわけでして・・。 そして、その漠然とした考えや思考という、我々人間という種が最も得意とする想像という行為ですが、(別にやらなければいいのに・・)さらにそこから敢えてつっこんで考えてみて、そこに内在している何か??というテーマでこの世の事象を一通り物色してみるわけですが、そうして私が考え着いた、もっとも適当な概念であろう言葉である「夢」という極めて無責任で適当でエゴイスティックな表現なのですが、つまり「夢」という事象はですね、私が思うに、とりあえず今ここには無いプラスかマイナスかは不明ですが、「とにかく不確かではあるが、確かに想像し得る様子の事」ですから、とすると、早い話の生命や人生という我々が存在する根源や、数学で言えば0か1か?物理で言えば有か無か?という、とにかく人知を超えた分からない事象を無責任に表現するに、もっとも適当であると考えられる単位が「夢」という事の実質なのではなかろうか??という事なのですっ。 ・・まぁ、分かりやすく例えると、「夢を見ろ!夢を叶えろ!」と連発している指導者なんかが私なんかは一番胡散臭く思えるわけでして・・。(汗) そして、なぜ人生が質が悪いのか?という疑問ですが、やはりこれだけの便利で高度の社会になって、人間が本来自分を成立させるにもっとも重要な「有り難味」という認識が社会から損なわれたために、常に社会全体に「何をやっても満たされない感」があるので、多くの人が違法な薬物などに快楽や刺激などの非日常を求めてしまったりするわけで、ではどうすれば良いのか??という事で、1、退屈を許容する2、覚悟を決める、という選択に消去法&自動的に迫られるわけですが、往々にして普通の人はどちらも嫌なわけですから、八方塞がり・四面楚歌な様子なので、私なんかは大変に「人生は質が悪い」と思えるのです・・。(汗) それと最後に、「生命」や「存在」という事ですが、つまりはそうした根本的な概念さえも、我々が「文明」と「進化」にて、「思考」や「発想」を基にして構成した一単位であるには違いないわけですから、生きているから認識できたり感覚があったりするという事は、夢であったり質が悪い事であったりも含めて、全てはそんなに大した事でもない、ただ今があり、ただ過ぎていく・・というこれだけの事だと思うのです・・。 そして、それが大きいのか小さいのか??、豪壮なのか荘厳なのか??、神なのか仏なのか??、救いなのか破滅なのか??・・、という問題は、つまり「何を以って尊しと判断するのか??」というのは、レベルを下げて考えてみれば「職業選択の自由」みたいな事で、拙速な権利ともまた違うかもしれませんが、勝手というか自由というか、自然の摂理でなるようになるのが原理原則なわけでして・・、そうして日頃の社会の様子や日常生活の退屈な断片を鑑みて考えてみた暁には、「極めて質が悪いなぁ〜、この夢は・・」と、何の迷いもなく思えるわけでして・・。 人生の最後の最期・・、「もうこれで本当に自分は死ぬんだな・・」という場面に遭遇してみた日には、「あぁ人生・・、やっぱり質が悪い夢を見ていた気がするな・・」と思って、自分という存在の生涯なり生命を全うする事になると思うのです・・。 夢が人生なのか・・、あるいは人生が夢なのか・・?? それともどっちでも宜しいのでしょうか・・。 ・・ただ私が今思える事・・、それはどっちとも胡散臭いという事・・。(汗) |
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