思想家 清水竜志のブログっ☆

今までありがとうございましたっ☆m(__)mまたどこかで会いましょうっ☆ヽ(^o^)丿

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唐突ですが・・、結局「世の中」というものは、「本当の事」を言ったり・やったりしてはダメなんだと思います。

・・具体的にどのようにダメなのか?と言いますと、物事を他者との関係においてある程度ちゃんと成立させるためには、自分に嘘をついたり、嘘をついている内に建前が本当になってしまったりする事が要求されるわけでして・・。

あるいは自分が競争に勝つという作業は、非情にも同時に誰かを「負け組」に蹴落とす事でもありますし・・、若しくは、とかく政治なんてものは、自然の摂理や原理原則からすれば、社会を機能させるために如何に筋の通った嘘をつくか?という事が命題なわけでして・・。

それとか、あらゆる社会の相互関係がボランティアにて成立すれば、平和的で大変に秩序立つなのは皆さんご承知の通りですが、ボランティア精神はあれど自分の腰でも痛くなった暁には、誰も好き好んで他人のために自分に鞭を打つ真似などしないもので・・。

やはり昔から「衣食足りて礼節を知る」という言葉が言われていますように、人は「欲望」と「思惑」と「打算」と「野心」と「エゴイズム」などの「煩悩とされる部分の力」で、ようやく人並みに機能する構造物であり生命体なのだと思うのです・・。

ですが、ごく稀に、国境無き医師団の方やNGOとか国連の関係者の人とかは、超エリートなのにも関わらず、その去就を「人類」や「全体のシステムの正義」に捧げるわけですが、なかなかどうしてそんな仕事が勤まるのか??と、その人の思想やルーツが気になったりするもので・・。

そんな事を極論として考えてみて、その後の行き着く答えとしましては、やはり他人事や時代の問題とかもそうですが、そんな事の前に、人の世話にならないように自分を自分で始末する事が求められるわけですが、そうした時に思いますのは、如何に自分のプライドを下げてみて、その上で「現況の胡散臭さを自己内にて許容できるかどうか?」、「今かっこ悪くても将来のために我慢できるかどうか?」という点が、今日・明日の自分に最も求められるのではないだろうか??と思いましたので、今回の記事に至ったわけなのですっ☆(あくまでも前向きにっ)

胡散臭さを許容する勇気・・、これはカッコよく言えば精神論や哲学ですが、物理的・極論的に言えば、つまり「ハラキリ」と同じ原理なんですよね〜・・。

生きるべきか死ぬべきか?・・、もしも生きるのならば、自分のプライドを捨ててまで何を望むのか??というジレンマが人生の課題である事は違いは無さそうです・・っ。(汗)

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