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船は9日間の長い航海の後、無事サンフランシスコに
到着した。
そこには興奮した幾千もの出会いが待ち受けていた。
旅慣れた瑤子の平静さは別格として、初めて外国の地を
踏んだ千鶴子、レイコの2人とも興奮と未知への恐怖感
を隠しきれなかった。
波止場では瑤子の所属する事になる白人のエージェントが
山高帽を手に持って待っていた。
瑤子はすでに東京でこの男の事を知っていた。ウイリアム・
モリスと言い、現在のハリウッド・エージェンシーでダントツ
トップを行くタレント・エージェンシーの創業者である。
「Hi! Willie. How have you been? It's so nice of you to
come down to pick me up over here.」
瑤子は澱みの無い流暢な自信に溢れた英語を見事に操る事が出来た。
「Hello, Yoko-san. I've been waiting for you so long.
How's your trip?」
鷲鼻に鬢長をたくわえたこの目つきの悪い白人はヨーロッパの
貴族気取りを演じていた。と言うより瑤子の侯爵上がりの風格に
対応する為、わざと紳士気取りを繕う空気に押されていた。
「The food they served in the cabin was all right, but
I simply couldn't bear the seasick on the boat at all.」
「Oh! You poor thing,,,」
「なんか安物の三文オペラを見ているようだぜ、、、、」
瑤子の後ろで隠れるようにしてウィリーとのやり取りを見ていた
二人だが、レイコがわざといつもの男声で呆れるように、そして
瑤子に聞こえるように呟いた。
そんなレイコの言葉を無視するように、瑤子は髭の白人相手に英語で
対等に渡り会うどころか、これからの指示さえ出している身振り手振り
だった。
右手でハイカラな日笠を指しながら、左手を使って大きなジェスチャーで
2人にこの似非紳士のウィリーを紹介した。
「千鶴子ちゃんにレイコ、よく聞いて。この方が私のハリウッドでの
エージェント、ミスター・ウィリアム・モリス。」
2人は見慣れない白人相手にばつの悪そうなお辞儀を同時にした。
「今、彼に言って駅まで一緒に車に乗せて行って貰う様に手配したから。
さあ、荷物を早速取りに行きましょう。」
ロサンゼルスまでエージェントの出迎えの無い千鶴子とレイコの2人は始めての
異国に放り出され、今の自分の身の回りの処理をどうして良いのか周章狼狽する
ばかりだった。
瑤子の段取りの良さと、半分その命令口調に押されて二人はおろおろと瑤子の
指示に従った。
車はフォードT型だった。
まるで地に付かないような足取りで2人は車に乗り込んだ。
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