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あけましておめでとうございます。
今年は、どうか良い年でありますように。
さて、いささか啓示のようなタイミングで天童荒太の「家族狩り」を年末に1〜3巻まで読みました。
全世界を荒れ狂うISの出現を予想したような作品です。
勿論、物語の主軸は「家族の在り方」を中心に語られます。そして、その在り方は日本国家に棲む
人々のそれぞれの視点で語られるのですが、それと同時に日本人の登場人物が著作当時の勃発した
代表としてボスニアヘルツェゴビナ紛争等の極限の地域の人々と苦しみに瀕した自分を顧みて、そして比して
「自分って何でもないじゃん」と合理化させる作業をさせるわけですね。
その作業に関して作者は、おそらく神の視点で「そうではないだろう」というサインも送ります。
全巻を読んだ挙句の感想ではないので悪しからずですが、不平等って我慢出来ますが、不公正は
絶対に赦したくない。
不平等は能力や出自の差で納得出来ますが、それを越えた不公正は容認出来ない。
例えば、仕事に対する忠誠心。
今の言葉で言えば、ガバナンスやコンプライアンスを踏まえた上での所属企業に対するそれ。
しかし、それを踏みつけにする人間も企業の中にはいる。
話を戻しますか。
天童荒太は「家族狩り’95作でビンラーディンの勃興やISの「やんちゃ」を予言している。
これは、正に「不公正」への意味付けなのではないか?
天童氏の著作の滞りも所謂、色んな価値基準に囚われた挙句の思考停止ではないかと。
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