日々オヤジ流

忙しさは今年も変わらず。。。(−−;)

【特別支援教育】

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特別支援教育
「特別支援教育」とは、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものです。
平成19年4月から、「特別支援教育」が学校教育法に位置づけられ、すべての学校において、障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していくこととなりました。


特別支援、障害者育児でお悩みの方々に参考となれば良いと思います。
私達も勉強していきましょう!
転載記事については、2次転載禁止ですので、欲しい方がいらっしゃいましたら転載元にお問い合わせ下さい。
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先日投稿した記事…
障害者差別解消法。
についてのオヤジ流の意見?です。

ただ法令載せる(紹介する)だけじゃ意味ないですからね。

この記事をかいた方の見解と
実際に経験しているオヤジの見解とのギャップがどれだけあるかを…

皆さまの眼で見て、本当はどこにビジョンをおく事が大切なのかを考えて頂ければと…思います。


オヤジが特に?気になった一節が、以下の部分。

反論っていうよりは、これに足して貰いたい?
ってところでしょうか…




このような環境が学校で実現すれば、「合理的配慮」などを特別に議論する必要もないのかもしれません。くれぐれも「木を見て森を見ず」という状況にならないようにすることが、一般の学校に求められているといえるでしょう。



と、締めくくっています。

さて、「木を見て森を見ず」という状況にならないようにするのは、学校だけ求められている事なのでしょうか?

これは保護者にも求められる事ではないの?

差別と区別は違う…
これはオヤジが今までもブログを通して発信してきた事です。

区別は必用であり、必用とされる教育を受けるべきであり、保護者はその教育を受けさせる義務があるとオヤジは考えます。

私たち一般人は法令をシッカリと解釈するための勉強をする機会を殆んど持ち合わせていません。
人によっては文面の中の都合のいい所しか拾わず権利だけを主張する親もいる事を忘れてはなりません。

オヤジは何人もそういう方と出会っています。


次に…

「合理的配慮」などを特別に議論する必要もないのかもしれません。

などとも仰っていますが…

合理的配慮は、対象者の自己肯定を含むスキルアップを目的とする事で、特別に議論されるべき事です。

何も差別を無くす為や、危険を事前に排除する為のものではないのです。

少しのボタンの掛け違いで、将来とてつもない苦労やハンデを背負わされる事になるのは本人なのです。


これは、あくまでオヤジの解釈であり見解です。

「いや、違うよ❗」って方々もいて当然です。


一億総活躍社会…
一億の人が活躍できる社会…
その言葉から始まったのかなぁ…

差別は許されません。
でも、必要な区分で必要な教育支援を提供する事は何ら差別にはならないとオヤジは思うのですが…。

障害者差別解消法が施行、どうなる学校の「合理的配慮」

教育動向 教育ニュース

2016/04/04

2016(平成28)年4月から、障害者差別解消法が施行されました。これによって、障害を理由とする差別が法的に禁止された他、障害のある子どもたちが、一般の子どもたちと同じような活動をできるようにするための「合理的配慮」の提供が、国公立学校に義務付けられることになりました(私立学校は努力義務)。しかし全国の国公立学校では、「合理的配慮」の範囲をめぐって、まだまだ試行錯誤が続いているようです。


障害者差別解消法では、障害がある人々が、一般の人々と同じように活動をすることを阻害する、物理的・心理的な壁を「社会的障壁」と呼んでおり、これを除去するための「合理的配慮」の提供を、行政機関などに義務付けています。行政機関の中には、当然、小学校から大学までの、国公立学校も含まれることになります。その一方で、「合理的配慮」には、「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」という条件が付いており、障害のある子どもとその保護者などの要望をどこまで受け入れるべきかが、国公立学校の関係者の間で、大きな問題となっています。

このため、教育委員会の中には、「合理的配慮」に関するガイドラインやハンドブックなどを作成する等の取り組みをしているところもあります。たとえば、2016(平成28)年1月に福岡市教委が作成したガイドラインを見ると、合理的配慮を提供できない「過重な負担」の例として、(1) 業務等への影響の程度(業務等の目的・内容・機能を損なうか否か)(2) 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)(3) 費用・負担の程度……などを挙げる一方、「適切な履行が確保されず、学校等が法に反した対応を繰り返し、自主的な改善を期待することが困難」である場合は、教委がその学校を指導すると明記しています。

ただ合理的配慮は、制度的に決まった内容があるものではなく、障害のある子どもや、その保護者などからの申し入れによって行われる「個別に実施される措置」です。申し入れる側も受ける側も当初は、どのようなことを求めてよいのかわからない、ということもあると思われます。

その際、大きな参考となるのが、国立特別支援教育総合研究所の「インクルーシブ教育システム構築支援データベース(インクルDB)」です。同テータベースは、学校種別や障害別などの事例を集めており、「合理的配慮」のさまざまな実例を知ることができます。

障害者差別解消法の施行により、一般の学校に入学を希望する障害児が増えてくると予想されます。ここで重要なことは、「合理的配慮」の提供が、障害のある者と、障害のない者が共に学ぶ「インクルーシブ教育」の理念に基づいているということです。学校は、単に「合理的配慮」をすればよいのではなく、すべての教職員と一般の児童生徒が障害のある子どもたちを理解し、受け入れるようにすることが求められているのです。

言い換えれば、このような環境が学校で実現すれば、「合理的配慮」などを特別に議論する必要もないのかもしれません。くれぐれも「木を見て森を見ず」という状況にならないようにすることが、一般の学校に求められているといえるでしょう。



アメリカの特別支援教育について知らなかった6つのこと

投稿日: 2016年01月25日 12時08分 JST 更新: 2016年01月25日 12時08分 JST
                                                    

先日、タレントの菊池桃子さんが、政府の国民会議で「排除される人をつくらない社会」を提案し、注目を集めました。障がい児の母親として、社会への疑問を投げかけたのです。
昨年、心臓病を持った子どもたちが通う都内の保育園で音楽療法をしました。そこに来ていたお母さんたちが口を揃えて言っていたことが、菊池さんの語る「障がいの重さや経済的な理由で、希望に沿った教育が受けられない」という現実でした。
病気を患っていることが原因で保育園の入園を拒否され、遠くから通ってきている子どもたちがたくさんいました。近所の小学校を見学に行った際、入学するためには、「保護者が毎日付き添いで来ることが条件」と言われたお母さんもいました。
それでも都内はまだいい方で、地方に行けば行くほど障がい児に対応するサービスが少ない、と皆さん嘆いていました。

日本は障がい者に優しい国と言えるでしょうか?
私はアメリカの小学校や地域の施設で、障がい児に音楽療法をしていたことがあります。その経験から感じるのは、障がい児の教育に関して、アメリカと日本では大きな違いがあるということです。
今日はアメリカの特別支援教育について、重要な6つのポイントをご紹介します。

1.障がいをもったすべての子どもに教育を受ける権利がある
21歳以下の障がい児は、「無料」で「適切な教育」を受けることができると、法律で定められています。どのような障がいがあっても、子どもには教育を受ける権利があるのです。
また、子どもにとって「適切な教育」とは、ひとりひとり違うので、その子のニーズにあった教育プランをつくり対応します(→詳しくは4&5をご覧ください)

2.家族には金銭的負担はない
障がい児の教育に関して、家族に金銭的負担はかかりません。経済的な理由で、教育を受けられないということはありません。

3.障がい児に教育を提供するのは、学校の義務である
公立の学校は、障がい児のニーズに対応した教育を提供しなければいけません。そのためには、子どもが学校に通えるように、エレベーターやスロープをつけたりして環境を整える必要があります。
また、授業で使う教材やAssistive technology(学習を支えるコンピューターなどの機材)も提供します。つまり、学校は障がい児に健常児と同じ学習環境を提供する義務があるのです。

4.子どもひとりひとりのニーズに対応するための教育プラン(IEP)
IEP(Individual Education Program)とは、障がい児に必要なサービスやセラピー(言語療法、作業療法、音楽療法、など)を取り入れた教育プランです。さまざまな専門家によって作られるもので、親の意見も取り入れられます。
毎年、600万人以上のアメリカの子どもがIEPを利用しています。私が住んでいたオハイオ州では、およそ15%の子どもたちがIEPを利用していました。

5.障がい児の教育は早くはじめた方が良い
3歳以下の障がい児のために、IFSP(Individual Family Service Plan)というプランがあります。障がい児教育は早くからはじめた方が効果的であることが、研究結果から明らかになったためです。
IEPの焦点が児童の教育にあるのに対し、IFSPは家族への支援に焦点があてられます。
IEPやIFSPに音楽療法が入っていることも珍しくありません。音楽療法も含め、教育プランに入っているサービスは、家族に金銭的な負担なしで提供されます。

6.障がい児は、なるべく制限の少ない環境で学ぶべきである
障がい児も健常児と一緒に、近所の学校に通うのが理想的、という考えです。インクルージョン・クラスルームと言って、障がい児と健常児が一緒に勉強します。
インクルージョン・クラスルームは、障がい児にも健常児にもメリットがあります。障がい児が将来社会で生きていくためには、健常者との接し方を知らなければいけません。また、健常児が幼い頃から障がい児と触れ合うことによって、障がい者との接し方がわかる大人に成長するのです。

音楽療法も、障がい児と健常児を一緒にしたグループで行うことも稀ではありません。このテーマに関しては、以前「音楽の素質とはどんなもの?」という記事に書きました。
アメリカで特別支援教育が発達した背景には、親や地域の人々の努力があります。自分で発言できない子どもや、同じ境遇にある人たちのために立ち上がった人がいたからこそ、現在のような仕組みができたのでしょう。
菊池さんの提案する「排除される人をつくらない社会」を築くのは、私たちひとりひとりの力なのです。
(1月25日「佐藤由美子の音楽療法日記」から転載)

http://s.huffpost.com/images/social/pin_icon_onhover.png










こんな記事を発見しました。

わが子に一生懸命なのは分かるけど

履き違えるとモンスターになる事を我々は忘れてはいけません。





「保護者厳しすぎ」養護学校の看護師全員が辞職願い

テレビ朝日系(ANN) 6月8日 16時42分配信

 「特定の保護者からの厳しい言動」を理由に養護学校の看護師全員が辞職願です。

 先月下旬、鳥取県立鳥取養護学校に所属する30代から50代の女性看護師6人全員が一斉に辞職を申し出ました。看護師らは学校で医療的なケアを行っていますが、現在、対応できる職員がいないため、一部の児童・生徒らが通学できなくなっているということです。看護師らは辞職の理由として、「特定の保護者から繰り返し厳しい言動がある」「学校側の改善も見受けられない」などと話し、県や学校側が対応を急いでいます。
相手の言葉を読み取る、または受け入れる
日常何でもないような会話の中にも 「あれってどういう意味だったんだろう!?」
って、後から思う事ってあるものです。
 
昨年の事ですが、ある講演を聞いて思ったこと。
伝える事も難しさ、相手の言葉を読み取る難しさ。
 
その講演でこんな実験をしました。
一枚の紙に書いてある図形を言葉で相手に伝え
同じものを相手に書いてもらう。
 
例えば。。。
 
イメージ 1
 
 
こんな図形の集合体。
 
相手に見せずにこの絵を相手に伝える
 
こんな感じです。。。
 
図形は全部で4つです。
正三角形が2つ
円が一つ
正方形が一つ
 
並び順は上から 三角形、円 正方形
円の右隣に正三角形
真ん中にあるのは円の直径は約10センチ
上にある正三角形の底辺も約10センチです
円の下にある正方形は1辺が約10センチ。
それぞれの図形は一点が接触しています。
正三角形の頂点から円の中心を通る中心線に
それぞれの
図形の中心が通るように図形を書きます。
もう一つの正三角形は円の右隣に書いてください。
そのとき正三角形の一つの角は正方形の右上の角を接触するように書きます。
 
 
こんな感じで説明をするわけです。
 
この時伝え手は一人、受け手は大勢でした。
でも、図形を正確に描けたのはたったの一人でした。
 
どうです?
一度試してみてはいかがですか?
 
 
何故、突然こんな記事を書いたかと言うと。。。
現在情報発信する機関で委員長を務め意見をまとめる立場にあり
ついこの間委員会を取り仕切った時に、その難しさを思い知ったからです。
 
もう一つには支援教育に関わる委員をしていて、その推進プランに関わっているからです。
支援教育のあり方や考え方を今まで関心の無かった方、あるいは関心があっても
支援教育ってなんだろう!?、発達障害ってなんだろ!?
そういう方々にどう伝えたら理解していただけるだろう!?
基本的な事ができていなければ、相手には間違えて伝わってしまう
間違った情報が相手に伝わり、またその人は間違った情報を他の人に伝えてしまう。
 
これではいくら支援教育の事、発達障害の事を理解していただきたいと言っても
無理なのでは?って思ったんです。
 
経験は自身の財産であり、人に伝える確かな情報の一部です。
本からの情報も勿論同じ事が言えますが。。。
全てが同じではありません。
一人ひとり個性があり、特徴も違う
 
オヤジのケースで言えば、ナルトと、その同級生の自閉症の子とはやはり違うという事
全てが型に入っているわけではない。
 
 
さて、相手に情報を伝える事の重要さですが。。。
どの世界に置いても同じ事が言えるのではないでしょうか
例えは、このブログという世界。
オヤジも色々な情報を発信していますが、本当の基本となる部分のみしか載せていません。
あとはナルトやキョンの様子を書く事で 「こんな事例もありますよ」 的な感じで
情報発信しています。
手帳の事、療育の事。。。。
全てはオヤジが経験してきた事です
 
本や講義で勉強しても、それはただの参考書であり、ずべてが当てはまるものではない
経験が次へのステップに上がるための土台になるわけです。
 
どんなに理解の輪を広げようと記事にして呼びかけても
自身が努力をして経験をしていなければ相手の心を動かす事はできないと思っています。
 
先程の図形の話も同様ではないでしょうか
書かれている図形を自分でもなぞってみる、その中で 「こう言えば伝わるかも知れない」ってなるのかなぁと
そこで初めて本当の意味での発信となりうるのかなと思うのです。
 
経験なくして語れない事
経験して初めて相手の言っている事が解る事
 
どんな場面でも
ブログの中でも
相手とのコミュ二ケーションがそこにある限り
伝えるチカラを身に付け
受け取るチカラを身に付ける
 
最近こんな事をよく考えるオヤジです。
 

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