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輝いた背番号10

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 夏の甲子園、1回戦、愛工大名電 対 創価 5回、3点を追いかける愛工大名電のマウンドには
背番号10の柴田章吾が登板し、4イニング無失点、6奪三振(6回は3者連続三振)
打っては7回に、タイムリー3塁打。チーム唯一の得点を叩き出した。

 自分は残念ながら、この試合を見ていなかった。
柴田選手を知ったのは、試合翌日、ネットで知った。
そして今朝、テレビでも見た。

 柴田選手は厳しい状況を乗り越えて、マウンドに立てるように立てるようになったわけだが
その経緯をデイリースポーツの記事より、抜粋させていただく。



第89回全国高校野球選手権大会第4日(11日・甲子園)、左腕の短い夏が終わった。原因不明の難病、ベーチェット病と闘う愛工大名電・柴田章吾投手(3年)は3点を追う五回、3番手で登板。「あこがれの舞台。ここに立つことだけを目標にやってきました」。先頭を空振り三振に仕留めると4回を投げて被安打1、無失点。打っては七回に左越え三塁打で1点を返す。攻守で奮闘した。
中学3年の春だった。やけどのような痛みが腹に来て、歩けなくなった。告げられた聞き慣れない病名。うそだと思った。10月まで入院した。病室のテレビで見た甲子園。大好きな野球をあきらめかけた。
 多くの支えに救われた。アルプスには両親の姿があった。「つらいことから逃げてはだめ」と励まし続けた母・美香さん(49)は「成長を見守り、何があっても動揺しない覚悟は持っていました。この3年間感謝で一杯です」と涙を浮かべた。
 病気を理由に強豪校で入学を断られ続けたが、愛工大名電・倉野光生監督(48)は、甲子園への道を開いてくれた。「監督さんに夏の1勝をプレゼントしたかった」。倉野監督は「苦しいことを克服して大舞台で普段の力を出してくれた」と称えた。
 「できるなら今後も野球を続けたい」。甲子園は1試合で終わった。それでも、同じ病気に苦しむ人たちへ、確かな勇気を見せた。

最終更新:8月12日10時50分



 倉野監督は、柴田選手は同校出身の、工藤やイチローに並ぶ、野球センスの持ち主であると
評価している。
それほどの逸材の選手が、医師から激しい運動を止められているため、練習にも参加できず
別メニューで、球拾いや、グランドの隅を歩くくらいの練習しかできなかった。
そんな中、同学年の選手が活躍する姿を、どのような気持ちで見ていたのだろうか。
どれだけの激しい葛藤があったのだろうか。それは誰にも知ることはできない。
あきらめず野球を続け、背番号10を勝ち取り、甲子園のマウンドに立った。
テレビでプレーの映像を見たが、まさに躍動していた。
直球は威力があり、打撃もすばらしかった。とても難病を抱えてるとは思えなかった。
プロをあきらめていた、柴田選手はプロを目指すそうである。

 あれだけの強い気持ちの持ち主なら、きっと成し遂げそうな気がする。

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