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このことを書くにあたり、何から書こうか。。。
人は生きてく時、、そして、死んでいくときも、人に迷惑をかける。
「迷惑」という言葉には、語弊があるかもしれないけど、人は、人と関わらず生き、死んでくのは
不可能である。必ず人と関わることになる。
人が生まれ、まず最初に関わる人間が親である。
自分は、その親から、とにかく物理面にも、精神面においても早く自立したい。
自分は長く病院にいる。8歳7ヶ月で入院した。それまでは、主に自分に関わるのは親であった。
入院してからは、主に病院の職員、患者、学校の先生である。
親が自分に関われるのは、ほんの少しだけだった。
親には、、ほんの、ちょっとしたことでもたのめないことがよくあった。
頼むと、そんな無理なこと言うなみたく、文句さえ言われることさえあった。
親に頼めないことは、弟に頼みフォローしてもらうことが、よくあった。
そして病院職員、学校の先生にフォローしてもらった。
いつもフォローしてもらえるワケではない。
親と病院の狭間に立たされることのほうが、ほとんどだ。
例えば親が昼間に面会にきたとき、夕食を食べさせることが、できないと言い帰る。
職員に食べさせてもらう。すると「なんで親に食べさせてもらわない?」と聞かれる。
事情は話すが、わかってもらえない。それくらい親にしてもらえ、みんな(患者)食事くらい
親に食べさせてもらってる、みたいに言われると、返す言葉を失う。
再び、面会で親が。夕食を食べさせることができないと言った時、親に職員との間にあった
出来事を話すが、親は自分達の事情が絶対なので、聞く耳を持たない。
食事をさせるのも、あの人たち(職員)の仕事だ、と開き直られる。
また職員に食べさせてもらえば、自分が嫌な思いする。
そこで俺は「夕食は親に食べさせてもらった」と嘘をつく。
バカげてるが、自分を守るための嘘だった。
食事に限らず、親と病院の狭間に立たされることなんて、しょっちゅうだった。
そのたびに自分を、いかに守るかばかりを考えた。
一時期、開き直って生きたことがあった。上手く立ち回り生きた。
時々、つよく主張しなければ、わかってもらえないときがある。
いつか職員に強く主張した。すると、その職員は親のことを持ち出した。
「じゃあ聞くが、あんたの親は(他の親と比べ)どれだけことしてる?」と言った
悔しいが返す言葉がなかった。
またある職員は、うまく立ち回る俺を見て「計算高い男」と言った。
俺は開き直って生きること、生きること自体に疲れた。
何もかも、どうでもよくなった。人に何も頼まないほうが楽だし、人とは、なるべく関わりたくないと
思った。
最初にも書いたが、自分は、いつか自立したい。
しかし自立するには、もっと多くの人に関わってもらわないと、成り立たない。
今までは、人の関わりというのは、病院の中だけだった。
自立するには、病院の外にも広げないと。
仕事として、頼むのは、割り切った関係で楽である。
しかし、これから多くのボランティアとなると、線引きが難しい。
例えば、どこまで頼んでよく、どこから遠慮するべきかとか。
自分のような重症患者には。ボランティアも、そう簡単にいるわけではないが。。。
だからこそ、余計に慎重になる。
いま自分の中には、自立したいと強く願う自分と、過去にした、嫌な思いに捉われ
前に踏み出せない自分がいる。
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