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もうここは更新するつもりはなく、最近は主にfacebookを更新しています。
最近、私に大きな人生の転機が訪れました。facebookから転載し、書き記しておきます。
私は常々、人間の命なんて明日どうなるかなんて分からないということを強く意識して生きてきました。それは幼い時から同じ仲間を見送ってきた経験からです。それはいつも辛いものでした。よく見ると最後の投稿が4月25日ですか。その後私は腸捻転と診断され(実際開腹した時は盲腸のオマケつき)一刻を争う事態の中、転院と手術を要し、そこで告げられた事は口が大きく開かないため気管挿官できないため、気管切開により気道を確保しないといけないと告げられ、これにはショックでした。声が出る間と思い付き添いで付いてきてくれた職員と家族に「ありがとう」という言葉を言わせてもらいました。弟には「ありがとう」と「今まで、ごめんな」と言いました。それは、「こんな兄貴で」と言う意味です。手術で麻酔をかけられてから、私は長い夢の中にいて目が覚めるまで10日ほどかかり、その間1度だけ容体が急変したそうです。そんなとき家族の中で気丈にいてくれたのが弟でした。弟には負担をかけてしまい本当に申し訳ないです。現在の私は傷口は塞がりましたがまだ何本ものチューブが体に繋がれています。
数日前に気管切開部分を塞げることを知った私は主治医に塞いでほしいと懇願しました。いろいろなスタッフが集まり検討してくれることになりました。筋ジス患者では前例もなく躊躇するかもしれません。 これは私が気管切開を塞ぐことについて、主治医に充てた私の想いです。
私の想い1 また全身麻酔かけて気管切開することになっても構わない。 「守り」より「攻め」の人生を送りたい。 声が出ないと、もちろん生活にも困る。 ライフワークも達成できない。 小さい時から辛い時でも一緒にいた囲碁とも、前の状態で付き合いたい。 ... 仕事で言うと、ただお金欲しくてやってるわけでなく 障害者の就労や自立について一人でもお多くの人に考えてほしく行動してる。 facebookでも発信してる。県庁へプレゼンに行ったときみたく、自分の声で、また発信したい。 今の自分の世代が頑張って、少しでも次の世代に少しでもバトンタッチできるものを残したい。 もう一度もらった命は、そんなことに使いたい。 人から見たら書いてあることは「感情的」にしか見えないかもしれない。 これは私が気管切開を塞ぐことについて、主治医に充てた私の想いです。
私の想い2 ○○先生、私に関わってくださるスタッフの皆様へ 病院としてはリスクを考慮して、私の懇願を躊躇するかもしれません。 もっともな話しで、それを承知での懇願を申し訳なくも思います。 ご苦労をかけて本当にすみません。 私のように呼吸状態が良いのに、気管切開を余儀なくされた例は稀だと ...思います。そこから気管切開を塞ぎ、以前の生活に復帰する前例はないと 思います。私の、以前のQOL(鼻マスク)に戻したいというワガママをお許しください。 でも、私が筋ジス治療のQOL向上の前例になれればとも思います。 これから何人もの人が集まり、チームでの話し合いになると思いますが どうかよろしくお願いします。 以上が転載です。命を守るためと引き換えに声を失いましたが、、私は、あきらめず前に進みます。
以前、私に良くしてくださった方々(その節はご迷惑おかけしました。) どうか元気でいてください。
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