国労留萌闘争団の大谷秀樹さんが亡くなった。 たまたま北海道に取材に行っていた、新聞記者の友人から 「さっき、亡くなった。明日、会う予定だったのに…」という 電話で知らされたのだ。 大谷さんと、初めて会ったのは1995年11月の留萌取材。 国労本部の4党合意さえなければ、あの頃始めた地域・環境など 豊かな運動がつくれていたかもしれないのになぁ… 国鉄闘争の最終局面に入っている現在、 ワーカースコレクティブや社会的企業などのテーマで もう一度、取材に行きたいと思っていたのに。 そういえば、4党合意騒動以降、そういったテーマは ほとんど話題にすら上らなくなっている。 何年か前、北海道の協石連の役員をしているという話はチラッと聞いたが… 編集をしながら、空いた時間に、留萌のルポをスキャンしたのが この6枚の記事。 この時は、大谷さん、まだ37歳だったんだとか、 5.28判決の日のことだとか、いろんな事を思い出してしまった。 悔しかっただろうなぁ、、、、 |
国鉄闘争
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