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1985年 イランイラク戦争激化
3月17日 サダム・フセイン大統領が世界へ発信した そのころ、イラン在住の日本人は避難するためにテヘラン空港にいた そこで日本へ帰るための飛行機に乗るはずだったのだが 空港には、フセイン大統領の発信を聞いた人々が大挙した 空港は混乱した ・・日本の対応は遅れた・・ ・・二百十五人が取り残されていた・・ そこへ、トルコの飛行機が二機到着し
日本人を乗せたトルコ航空機はイランを飛び立った そしてギリギリのところで命からがら生き延びることができたのだった しかし・・ なぜトルコ人が日本人だけを助けてくれたのか? 当時、誰もわからなかった 1890年(明治29年)九月十六日
台風が日本を襲った その夜の九時ごろ、和歌山紀伊半島の南端にある串本(くしもと)町沖で事件が起きた 串本町の東端断崖には、日本最初で最古の石造灯台である 樫野崎灯台(かしのざきとうだい)があった 台風で雨が滝の様に降り 波が怪物の様に荒れ狂っている中 一人の半裸の男がその灯台へとやってきた 半裸の男には日本語が通じなかったので
灯台守は、身振り手振りでトルコ人だと言うこと トルコ軍艦に乗っていたと言うこと そして、多くの乗組員が助けを必要としていることを知った 応急手当を済ませた後、灯台守は樫野の村へ急いだ 樫野の村は五十を超えるか超えないかの小さな村だった 今、五十の家に助けを求め、何人がこの台風の中 助けに来るのだろうか? 村人を引きつれ、灯台守は海岸へと急いだ 灯台守の後には、村にいる全ての男が後に続いていた 男達は海岸へ到着すると、悲惨な光景に皆が目をつぶった ・・・海面に浮く瓦礫・・海岸に打ち上げられた遺体の山・・・ そんな中、一人の男が動く人を見つけた 「息があるぞ!」 しかし体は冷え切っていた 温めようとしたが、台風の中火を焚く事もできなかった そこで自分達の体温で温めるしかなかった 激しい雨にうたれ、風にさらされながらも 必死に異国の人々を温め続けた 救助されたトルコ人は、村で療養に入った
トルコ人から見ても、村の暮らしは貧しかったが それでも村人は手厚くトルコ人を看病した 村の食べ物は尽き、非常食の鶏にも手を出した ・・自分達の餓死の恐れもある・・迷った末の決断だった ・・村人達は自分達の食料を削ってでも 怪我で弱ったトルコ人を救護したのだった 村人達の努力の結果 トルコ軍艦・エルトゥールル号難破事件は 六百名近くの死者が出た大惨事だったが 六十九名ものトルコ人を助ける事が出来た さらにこの悲しい事件を知った全国の日本人は 被害者達の家族に対し弔慰金を送った そして生き残ったトルコ人は 村人をはじめとした日本人に厚く礼を言い 日本の軍艦で本国トルコへと帰り、その感動を本国へ広めた ・・イランイラク戦争でなぜ助けられたのか・・
日本人記者が当時のトルコ大使に聞いた そして大使はこういったと言う
この事は、トルコの教科書に載っているそうですが
日本の教科書には載っていませんでした ・・・教育とは 自分の持っている【知識・考え】を次の世代に託すことの様に思います それが文化の継承や国の発展につながっている気がするんです この事実を多くの人が知ることで ・・・何かに気付く人が、一人だけでもいるかもしれない・・・ そう思って記事にしました 断りのコメントも傑作もトラックバックもいらないので
少しでも同調してもらえたならば 【転載】して、色々な人へ知らせてください 転載の転載でもまったく構いません
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>みやびさん いえいえ! 一人でも多くの人に知ってもらえるだけで、僕は幸せですよ〜(*ノ▽ノ)
2006/5/27(土) 午前 10:44
>てこじまるさん (=ノ゚o゚)ノ オォオオオオオオ!!! 株ちゃんブロガーにも! まわりまわってますね^^ これもてこじまるさんのお陰です!! フォ━━━ヽ(゚∀゚)/━━━!!!
2006/5/27(土) 午前 10:44
>Eちゃん (=ノ゚o゚)ノ オォオオオオオオ!!! その離しは初耳です! 元々、義援金は村人宛だったのか・・・素晴らしい! より素晴らしいですね!!
2006/5/27(土) 午前 10:45
知りませんでしたね!こんな事があること事態しりませんでした!転載させていただきます。
2006/5/27(土) 午後 0:11
トルコと仲がいいことは良く言われてはいるけど、こんな背景があるとは全く知りませんでした。
2006/5/27(土) 午後 0:48
σ(^_^)も以前に話を聞いたことがあります〜。大使の最後の言葉。。。カッコいいですよね〜。σ(^_^)たちも先人に負けないようにしないとね(^_-)-☆。お持ち帰りさせていただきま〜す(^_^)/
2006/5/27(土) 午後 3:10
そんなことがあったなんて知りませんでした〜日本人として誇りに思います!でも恩着せがましく大々的にしないところも日本人ぽくていいかも・・・はっ!!わたしが無知なだけかぁ〜
2006/5/27(土) 午後 5:50
このお話は、知ってましたよ〜〜。それに私自身も学生時代に聞いた話です。もちろん教科書以外での余分なお話として・・・でも余分な話ではなくて、こうして今でも覚えている話となっています。
2006/5/27(土) 午後 6:31
これ・・・マリムさんのところで見ました。。ロクさんの作品ということも知ってました。。本当に有ったお話ってところが素敵ですね。昔話にはよく語られている「日本人の心」をここで見るとは思ってもみなかったです。。傑作ポン♡。タイミングを見計らって転載させて貰いに来ます♪o(*^▽^*)o~♪。。
2006/5/27(土) 午後 8:52
知らなかったです。教えてくれてありがと☆ 転載してくね。
2006/5/27(土) 午後 9:21 [ hap*i*appi2* ]
うさ。さんの所から来ました。興味深い話ですね。知りませんでした。転載しますね。
2006/5/28(日) 午前 0:48
きゃんちゃんのところから来ました^^凄く心打たれるお話に感動しよろしければ転載させていただきたいなぁ〜って思って訪問に来ました^^永遠に語り継がれていくべきですよね♪こう言う話は(ノω・、) ウゥ・・・
2006/5/28(日) 午前 0:55
転載の元を伝って着ました。私もこの話は大好きで歴史を知る重要性を感じるところです。上甲晃先生の講演会で最初聞かせてもらいました。転載させていただきました。
2006/5/28(日) 午前 7:30
はじめまして、転載元を辿って着ました。 人間の感情、情とは何か??を考えさせていただきました 転載させて戴きますペコリ(o_ _)o))
2006/5/28(日) 午後 11:00
はじめまして〜きゃんさん経由で伺いました。転載させていただきます。この話の地元の出身ですのでこの話はもちろん知ってました。日韓共催のワールドカップで日本がトルコと対戦した時にもアナウンサーが話してとように思います。
2006/5/29(月) 午前 8:31
このことは知ってましたよ。何で耳にしたのかは確かではありませんが、何度か聞いた話しです。先日の登山家とは対照的・・
2006/5/29(月) 午前 11:06
初めましてこんばんは! うさどんやぷらさんのとこからワープして来ました♪ んで、この年(って51才ですが)で初めてこのお話を知りましたよぉ。知らずに死ぬとこでした、あぶないあぶない・・・ ロクさん、ありがと! もういっちょ、「【教育】ありがとう」とともに転載させて頂きます! とても素晴らしい記事が多いロクさんブログのファンになりました。また遊びに来ますね♡
2006/5/30(火) 午前 1:19
はじめまして。とっても考えさせられました。転載させて下さい。←以前のコメが消えていて、転載だけしていました。失礼しました。これからも宜しく願します。
2006/6/2(金) 午前 11:57 [ noriko-pota ]
みなさんご丁寧にありがとうございます^^ 断りはいらないので、どんどん転載しちゃってください^^
2006/6/23(金) 午後 1:37
「エルトゥールル号の借りを返しただけですよ」の言葉を読んだとき涙がでてしまいました。礼儀を尽くす そんな言葉が浮かびました。何か心に軸を持ち行動をしていたのか?と考えたり・・・。「された事や恨み事のみを記憶にして生きる」のと 「してもらった事を記憶にして感謝して生きる」のとどちらが幸せなのか?と強く思えました。この内容を教えてくださった◎ぱとりしあさんに感謝して転載されている方にもご挨拶をしていてこちらに辿りつきました♪記事を書かれた方なのでしょうか?ありがとうございます。心より感謝します。
2006/7/31(月) 午後 10:04