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最近、更新や訪問ができていなくてすいません!
明日はまだ忙しいのですが、明後日からは暇になりますので
たくさん訪問したいと思います!
過去にもさかのぼりまーす(*ノ▽ノ)
もうしばしおまちあれ!
ROKです
「幸せってなんだろう」
「幸せって何かしら」
ちょくちょく歌のキーワードになるこの言葉
今まで考えていたようで
実はほとんど考えたことがありませんでした
今年、25歳を過ぎ
信長の時代の様に、人生五十年というならば
今まさに人生の半分が過ぎ、人生についてよく考えるようになりました
例えば
道に千円札が落ちていて
「幸せ〜♪」
とはなかなか(私は)言いませんが
道に四葉のクローバーが生えていると
幸せな気持ちになるものです
人とお金と家族と自分
よく考えるキーワードです
自分が幸せだと思う時を考えると
まず最初に思いつくことは
「自分のした事で誰かが喜んでくれたとき」
です
以前にも書きましたが、恩師は
「これが人生で最も喜びを得られる瞬間」
とおっしゃっておりました
そう思い返して見ると、確かに心当たりが多々あります
まだ8歳の時、母が父を駅まで送りにいっていたとき、母の姿が見えず3歳の弟が泣きだし
なだめてもなだめても泣きやまないので
しょうがないから自分が楽しみにとっておいたチョコレートプリンをあげたら
彼は泣きやんでくれました
そしてお母さんが来るとおかあさんに弟が抱きついて、僕は
(のんきなもんだ)
などと思っていると、母が頭をなでてくれて・・とてもとても嬉しかったのを覚えています
またはじめて母の日にカーネーションをプレゼントして、とても喜んでいた母の顔を見て
嬉しくて泣いた事もありました(自分の部屋でひっそり泣きました)
また父の誕生日にお酒をプレゼントして、上機嫌だった父を見て
私自身も上機嫌になったこともありました
私の家は普通の家庭よりお金を持っており
家の庭にブランコや鉄棒があったり、なんでもない日なのにやたらとプレゼント買ってこられたり
(私は一度もねだったことがなかったです。昔から物欲がまったくなかったようで、おまけに食欲も無かったのに、背だけはやたらとでかくなりました。)
他にも色々なものを買い与えられましたが、何一つ喜んだ記憶がないです
鉄棒の記憶は小学校二年生の時に、逆上がりの練習をしてできる様になったくらいです
子供と言うのは「幸せ」に敏感です
大人になると色々なものに心が曇ってしまい
自分の内なる声・子供の時は聞こえていた純粋な声を聞かなくなるようです
「本当はこうしたい。でもできない。」
お金に困っている人からお金持ちまで見てきましたが
みんな同じです
本当に大切なものは一つでした
それを子供の時に教えられた人は、おそらく子供の声が聞こえ続けるのかなと思います
東京ではそう言う光景があまりありません
子供がうるさくしていると、親はただ
「うるさい。シーッ! 迷惑でしょ? 静かにしなさい。黙れ。うるせぇ!」
のどれかを口にします
なぜ子供がうるさくしようとするのかを考えません
・・というより、考えられません
電車の中で、子供は構ってほしいからうるさくしているのに
親はそれがわからないからただひたすら押さえつける
「黙れ!」
というよりも、頭をなでてしゃべれないくらい抱きしめてあげればいいのに
それをしない
・・いや、できないのでしょう・・わからないのでしょう・・
結局、幸せは人からもらうことしか出来ない
「幸せはお金じゃ買えない」
ほとんどの歌手は意味もわからずただ歌っているのでしょうが
これは事実で
正確に言うならば
「幸せはお金じゃ買えず、自分一人じゃ得られない」
そういうものなようで
それが親子じゃなくてもよくて、恋人でも友達でも
それこそ道端でであった初対面の親切な人でもいいようです
大人になると、わかっていても幸せから遠ざかっていってしまいます
悪いと思いつつも、ボケたふりして誰かを困らせたり
家庭を壊すだろうことがわかっていても、浮気をしてしまったり
家族のためと言い聞かせながら、ただお金のためだけに仕事をしていたり
いけないとわかっていても、ついつい過食・過喫煙・過飲酒してしまったり
無駄だとわかっていても、ギャンブルや買い物につぎ込んでしまったり
将来辛いだろうと思っていても、学生時代に遊んでしまったり
悪いことだとわかっていても、近所のスーパーで盗みを働いてしまったり
いけないことだとわかっていても、イジメたり・・喧嘩したり・・
これらすべての
「元凶」
は
「親からの愛情不足」
だということに
どれだけの人が気付けるのでしょうか?
(なんか出来の悪い禅問答みたいでスイマセン)
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そうだね。。親の愛情ってかけがえのないものだよね。ワタシも親、兄弟、祖父母の笑った顔みてるのが好きだったなぁ〜。笑顔でいっぱい愛情そそがなきゃ〜
2006/11/22(水) 午後 8:53 [ ちゃこ ]
全て賛同というわけじゃありませんが(すまぬ、正直を信条にブログやってます。)親の愛情というモノは、いくつになっても嬉しいモノだな、というのは、すごくわかります。私は30越えても未だに母親に心配されると嬉しいですから。また、親になってわかることもいっぱい有ります。どうか『不出来な親を非難する』だけにとどまらず、素敵な禅問答続けてくださいね。
2006/11/22(水) 午後 8:59 [ ぺり♪ ]
たっぷりの愛情で育ってこないと、大人になって愛情の注ぎ方が分からないって事かなぁ〜?
2006/11/23(木) 午前 10:36
小学三年生まで一人っ子だった私は親から愛情をたっぷりもらって育ってきたと思います。妹が生まれて、私はとても嬉しくて毎日幸せだったのを思い出します。親は子供がいくつになっても子供扱いなんですよね。でもそれも嬉しくて幸せなことかもしれませんね。
2006/11/24(金) 午後 3:25
虐待を受けた人は親になっても子供を虐待してしまうことが多いそうだから、その逆で愛情をたっぷりと注がれた人はきっと子供にも注ぐことができるのでしょうね。子供を叩いて叱りつけた後は自己嫌悪に陥るのよね〜反省しながら子育てをしてました。
2006/11/24(金) 午後 4:57
ハグすることの大切さに気付いていない親が多いのは残念です。言葉は要らないよね。ハグしてあげるだけで救われることはたくさん有ると思います。
2006/11/24(金) 午後 5:12
幸せってのは、ホントに些細なところにあるのかもしれませんね〜。あとはそれを見つけられるかどうか、子どもに教えられるかどうかなんですね〜☆
2006/11/25(土) 午後 4:48
たしかに 子供への愛情不足 、もっと 見てあげて と思いますね
2006/11/26(日) 午後 4:00
お金は無きゃ無いで、それが原因の不幸は有ると思うよ。今の親は、隣近所・親戚なんかより、我が家が1歩勝ってる方が幸せって感じるのかもね。日本人は、ギューって抱きしめる行為は、中々照れくさくってしないかもね。子供は親の背中を見て育つから、もっと先になったら、どんな環境になっちゃうんだろう・・・老後心配だよね。。。
2006/11/27(月) 午後 4:39
子供に愛情をかけてないと 口が悪いし 態度が凄く悪い・・・出来るだけ 子供と接しています。
2006/11/28(火) 午後 3:50
子供と、ほんの1時間でも離れて息抜きができれば、優しくハグできるのに・・・と思うことが何度もあります。子育てって、理想どおりにいかないから、難しいし「人間らしい」なぁと思うんです。愛情って、奥深いですねえ・・・
2006/11/28(火) 午後 4:03
自分で言うのもなんだけど、私は愛情不足で育ったみたい。親からの愛情が欲しいとも今更思わない。ダンナも間違いなく愛情不足で育ってる。要は次の世代に持ち越さないことよね*^_^*
2006/11/29(水) 午後 0:34
一番簡単なような事であって一番難しい事・・・なのかも。。
2006/11/29(水) 午後 4:58
ホントホント。すべての「元凶」は「親からの愛情不足」だよ。妙な親が多いけどその親を育てたのも親に原因あり。どっかで気づかなきゃね。
2006/12/1(金) 午前 8:37
「足るを知る」こと、小さな幸せでも感じられる感性を磨くことも大事じゃないかな。つまるところ親の教育=愛情ってことなんだけど。もし自分に愛情が不足していたって認識したとしても、それだから幸せになれないってわけじゃないものね。
2006/12/8(金) 午後 8:11