【ROKBOX】三日月みっつ♪

9/9◆かなり忙しいので、ちょっとお休みさせてもらっています。年末まで忙しいのですが、時間が出来たら遊びに行きますね!

戦国〜WARELIKE〜

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戦国時代に関する記事を、僕の視点で書いていきます。

ですから、教科書通りになってはいないこともあります。
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佐久間信盛

という家臣がいる

織田家を信長の父、信秀の代から支える重臣だ


織田家では

柴田勝家 丹羽長秀 そして佐久間信盛

この3人が三大重臣となっている

(林もいたが、すでに干されている)

柴田勝家は持ち前の攻撃力で北陸攻撃担当し

丹羽長秀は持ち前の指揮力で各地の防戦を担当していた


佐久間信盛は大坂本願寺一向宗攻めを担当していた

すでに任されて5年がたつ・・・


そしていよいよ佐久間信盛は大坂本願寺との戦争に終止符を打った

朝廷の計らいもあり、和解(実質的に降伏)と言う形で本願寺の

面子もたもった


しかしこの結果に信長は怒った


信長はこの結果に怒ったのか??


本願寺一向宗勢は巨大な勢力で

農民が主力であるために

その農民がいなくなるまで終わりはしない

そしてそのようなことは不可能に等しい

一人でも生き残ればまた増えていくのだから・・・

・・・つまり終わることはないということなのだ

だから和解と言う決着はやむをえないというところだろう


では彼は何に怒ったのか??

信盛の本願寺戦に対して怒ったのだ

信盛は信長に領土を与えられ

その経済力を利用し多くの兵を養い

本願寺と戦わなければならなかった


しかし信盛はそれをしなかった

戦で主に戦ったのは近隣地域で攻めを担当している明智光秀勢と

明智勢より北で戦闘をしている秀吉勢だった


この2部隊が来なければ信盛は戦おうとはしなかった

そして自らは領土から得た兵糧・税金を蓄えていた


さらに信長は怒っていたのはそれだけではなかった


信盛は一切の工夫を見せなかった

本来自力で落とせないならば(本当は落とせたのだが)

調略の類を使わなければならない

もし自分にその能力がないならば

信長に甘えればいい

(その点、秀吉や柴田勝家はよく甘え、策をもらっていた)

そのことすらサボった信盛に対しついに切れた


信長はこのようなことを書状に書き、信盛に送りつけ

彼をついに裸同然で追放した



ここで信長は一つミスを犯した



書状の中に信長の忌まわしい過去を書いてしまったのだ


信長は当主になった当初、母親と弟・信行に謀反を起こされた

その際、家臣の柴田勝家や佐久間信盛があろうことか信行側に付いたのだ

しかし信長の才能にかなうはずもなく

一掃されたのだ


そのことを信長は覚えていた

そしてそのことを書状に書いてしまったのだ


そのことは波紋を呼んだ

本来、信盛の「怠慢」が主要因の追放・・

だったはずが、主要因が

「かつて信長に刃向かった為」

という噂が先行してしまった


元々、信長は敵とみなしたら殲滅する性格だったが

秀吉が調略で味方を増やすのを見て、それを身につけたのだが

時折その性格が表に表れ、残忍な一面を見せていた

そしてそれを将たちは非常に恐れていた


その上での重臣追放だ

「信長の気に召さなければ、たとえ重臣であっても追放されてしまう」

そんな空気が流れてしまった


人の心はナイーブで、紙に書くか書かないかで印象は大きく変わる

信長はその点を見逃した

恩賞さえ与えていればついて来る者と思い込んでいた

生まれながらの王だったためだろう


この行為が結果として信長に不幸をもたらす


人の上に立つには

この能力がないとならない

歴史が物語っている


[1579]


秀吉は中国

光秀は丹波

勝家は北陸加賀・石川

織田信忠は摂津

滝川一益・丹羽長秀はこの4人の補佐をつとめ

全て順調に進んでいた


秀吉は調略を休みなくかけ

広い中国を切り崩しにかかっていた


光秀は赤鬼・赤井直正を降し

この年の終わりには丹後・丹波両国一円の平定を

信長に報告するにいたる


勝家は加賀を順調に落とした

勝家も翌年の暮れには加賀平定を遂げる


摂津の信忠にいたっては

今年9月上旬に荒木村重が毛利へと逃げてしまったので

もはや残党狩りに等しくなっていた


ちなみに徳川家康は動けていない

弱体化したといっても甲州兵は強く

また北条にはかないもしないので

ひたすら内政に励むしかなかった


この年の終わりには村重に逃げられた荒木一族はみな処刑された


[1580年]


この年の初頭、秀吉は播磨・兵庫の三木城を見事な指揮で落とした


そんな中、信長の元で珍事が起こった

「無辺」

と名乗る旅の僧が信長の膝元 近江・滋賀を放浪していた

その僧は不思議な力を持つともっぱら噂されていた


当然、情報家の信長の耳にも入る

「その者の風体を見たい」

と言い、安土城へつれてこさせた

無辺の姿をまじまじ見つめ

どこも異常がないことを確認したあと

「生国は何処ぞ」

と聞いた これに対し無辺は

「無辺」

とだけ答えた さらに信長は

「唐人か、天竺人か」

と聞いたが 無辺は

「修行者」

とだけしか答えない

このような禅問答に業を煮やした信長は

「化け物の類か? 火あぶりにしてみよ」

と言ったので無辺は恐怖し

「出羽(東北地方)の羽黒の者」

と急ぎ答えた それを聞いた信長は

「ただの売僧ではないか。そんな汝でも奇特の力を備えていると聞き及んでいる。ならばここでその力を見せてみよ」

とせまった。

しかし、無辺は一向に奇特の力を見せられなかった

その様子を見た信長は嘘に怒り

「この上は無辺に恥をかかせるべし」

と俗家並みに蓄えていた無辺の髪を所々はさみで切り落とさせた上で

裸にして縄をかけその姿で町中を通らせて城下から追放した

その後信長の耳に更なる無辺の噂が入った

子の生まれぬ女や病気を患った女に対し「臍くらべ」という

女性器をいじるふざけたことをして金をもうけていたことを知り

即、追捕させ処刑した



いつの世も異常な宗教はあるものだ・・・


とても順調に軍事は進んでいた

しかしこの年信長の運命を左右する一大事件があるものとは誰も知らなかった



[1578年]

荒木村重の謀反が確定的となり

信長は村重抹殺を決定した


村重謀反が確定した直後

村重の謀反の裏で糸を引いていた毛利家がすかさず動いた

11月6日

毛利家は海上で最強の毛利水軍を出してきた

数にして600艘

とてつもない数だ

陸の最強軍団が武田だったように

この海上最強の毛利に勝てるわけがない


それを迎え撃つのは九鬼嘉隆水軍のみ

数では半分に満たないため誰しも敗北は必然と思った


しかし九鬼水軍には信長の新工夫

(というよりポルトガル船の真似)

である巨大な甲鉄船7隻があった

甲鉄船には大砲が搭載されており

一撃で相手の小船を沈ませる威力があった

そのため相手は壊乱

九鬼船団は数百の敵船を撃墜し

毛利を退けた


結局これが大きかった

大阪本願寺に対し毛利の救援物資が届かなくなり

大阪本願寺は戦力として機能しなくなっていった


長篠の戦と同じくらい歴史的な勝利となった



その間に信長自身は荒木村重のいる摂津・大阪に兵を進めていた


滝川一益・明智光秀・丹羽長秀・蜂屋頼隆・氏家直通・安藤守就・稲葉一鉄ら


主力級を即座に集め、さらに


織田中将信忠殿・織田信雄・織田信包・織田信孝、

不破直光・前田利家・佐々成政・原長頼・金森長近、

日根野備中・日根野弥次右衛門


も到着した


さらに数で押すだけではなく、調略も使った

敵の堅城が二つあった

一つは高山右近の高槻城、もう一つは中川清秀の茨木城だ


そこでキリシタンの高山右近には

「もし開城するならキリシタン寺を建設しようとも許可する。しかしもし請けぬというなら、その時は宗門を断絶する」

とあえてバテレンに伝えさせ、無血開城させた


中川清秀とは内通することにより

また無血開城させてしまう

これにより信長は村重の予想をはるかに上回るペースで摂津を侵攻していった

これにより村重は無力化した


そして信長は満足し、年越しの為に安土へと悠々帰って行った

わずか二ヶ月足らずのの村重謀反劇だった


[1579年]

冬は終わりようやく春が来た

(冬の間は兵が凍死してしまうためにどこの国も積極的な軍事はしない)

(しても、兵の士気が低く成果が出ないというのもある)

波乱万丈な信長の人生はまだまだ続く

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[1578年]

前年上杉の脅威を退けた信長は

2月に上杉謙信の死去の報を受け、本格的に越中征伐に動いた

指揮官は柴田勝家である


また去年の終わりに中国・毛利征伐にも着手しており

そちらの方は秀吉が担当していた


毛利氏は海軍が強力であったため、あらかじめ九鬼嘉隆に命じ

甲鉄船を作らせた

そして大阪本願寺が海戦を挑んできた

九鬼艦隊は多数の大阪方船団に弓・鉄砲で攻撃されるが

九鬼艦隊は甲鉄船の大砲で次々に敵船を沈めていった

この辺も信長の新工夫の賜物だった


越中戦では飛騨・北岐阜の姉小路氏の力も借りて順調にすすんでいたし

中国戦も秀吉の調略で順調に進んでいた


しかしここでなぜか荒木村重謀反の報が入った

荒木村重という人物は、信長によって秀吉と同じくらいの速度で

取り立てられた人物だった

当時、

北陸担当柴田勝家

中国担当羽柴秀吉

近畿全般、丹波・兵庫担当明智光秀

伊勢・三重担当滝川一益

大阪本願寺担当佐久間信盛

遊撃にて全面担当丹羽長秀

そして摂津・大阪の担当が荒木村重だった


佐久間と共に大阪を担当し、時に秀吉・光秀にも助けられていたが

五大軍団長に並ぶといっていい存在だった


そして誰も信長に対しなぜ寝返ったのかわからなかった

理由は・・・村重の小心にあると思われる

村重は信長を必要以上に恐れた

秀吉・勝家は信長に頼れるところは上手く頼ったが

村重にはその見極めが出来なかった


彼は戦術にも政治にも長けていた

もしかしたら信長や秀吉・光秀に近い実力を持っていたのかもしれない

それだけに自分で全て仕切れていた

それならば光秀の様に独力で物事を成し遂げればよかったのだが

彼はその光秀が信長に嫌われ、秀吉・勝家が好かれていることを

非常に気にしたのかもしれない

その結果彼はノイローゼになり 心の隙が生まれた

そこを上手くついたのが「毛利家」

隙を察した毛利方はすかさずつけこみ、村重に謀反を起こさせた

毛利が戦力を搾り出し、安土に並ぶ一大拠点の大阪を村重が押さえれば

その間に挟まる秀吉・光秀は恐怖におののき

村重と本願寺の間に挟まる佐久間信盛はひとたまりもなかった

その辺は村重はしっかり計算していたのだろう


このため信長は怒りながらもそれをけして人に見せなかった

信長の怒りにより村重の謀反が決定的になれば

ここで寝返られては7人(村重を除いたら6人)の司令官のうち

3人が危機にたたされる

あくまで平静を・・・上機嫌を装いながら

そのことを調略の名人である秀吉と光秀に使わせ説得を続けさせた


しかし一度は村重の心が動くものの

家臣に説得しなおされ、完全に敵対するにいたった


信長も諦め、ついに総力を挙げての荒木一族征伐へ出発した


織田家は上杉家の脅威を退けた

織田家に走っていた緊張も柔らいだ

しかし一人だけいまだ緊張のほぐれない武将がいた

豊臣秀吉(まだ木下か羽柴)

秀吉は信長の意見に反対したのだ


信長は上杉と戦うにあたって、その場所を北陸(越中・富山、越前・福井)を選んだ

山地なので罠や奇襲には向いているし

ここで時間を稼げば越後・新潟の方にある上杉領に敵(北条氏)が侵入し

引き上げていくだろう

しかしその場所では大群の攻防には向かない


逆に秀吉は近江・滋賀の盆地で決戦を主張した

数では織田家が勝っているし、鉄砲の数も多い

武田家と戦ったときの様に、柵をめぐらし堀を掘り

相手の騎馬隊の突撃さえ防げば、あとは鉄砲で砕けばいい

欠点は越中・越前を捨てることになる

すなわち柴田軍を捨てることになるのだ


主力である柴田勝家を捨てることは大きな代償だ

上杉はすでに信長の1/3の領土しか持っていない大名で

柴田勝家の所領と大差はない

その相手にそれだけの代償を払うわけには行かない


そのため信長は北陸決戦をし、相手の奇襲にやられ敗走した

計算どおりその後北条が来たため、上杉軍の撤退後

越中を侵略、結果的には利を得た


しかし、どうしても秀吉は聞かなかった

しまいには信長の命令を無視して自らの城へ帰還した

織田家の家臣誰もが「秀吉は死ぬ」と思ったに違いない


秀吉は謹慎を命じられた・・・おそらく時期を見て殺される

しかしそこで死をただ待つだけでは芸がない

そこで秀吉が取った行動は


宴会


酒を飲み、舞を躍らせ、楽師に演奏させた

・・・織田家にとってこれは命令無視と同じくらいの罪である

信長は配下に宴会を禁止していた

理由は想像がつくだろう 酒や女におぼれた結末は誰にでも想像がつく

これをすることにより、秀吉は敵意のないことをあらわした

信長は敵には一切容赦をしない

一度敵意を見せたものは、そのとき殺さずとも時期を見て

必ず殺していた(もしくは追放していた)


そのため何をおいても秀吉は敵意を見せるわけには行かなかった

普通なら篭城をするだろう

篭城でもすれば1年は持つだろうが

相手は信長 必ず殺される

しかし秀吉にとって信長は絶対のであり

篭城など考えられもしなかったろう だから機嫌取りに終始した

結果、秀吉が殺されることは延期された


そのうちに松永親子が謀反を起こした

そこで素早く察知した秀吉が立ち上がったため

秀吉が中心になり対松永戦を指揮した

そしてそのまま許されるような形になった


時代の流れを作るものには 時代がもたらす「運」がついてくるのだろう

信長は敵である北条に助けられ

秀吉は敵である松永に助けられた

そのことを証明した上杉との合戦だった

[1577年]のことだった


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