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だれでも・・どこでも・・いつでも・・叫んでいる・・・
・・・いったい彼らの心は何を叫んでいるのだろうか・・・
「お父ちゃんご飯美味しいね!!」
目が三日月の様に可愛い一人娘のすずが、美味しそうに夕飯の芋と汁を食べている。それを見ている父・十郎もまた笑っている。・・娘の笑顔・・たった一人の男親の彼にとってどんな食べ物を食べるよりも栄養になり、どんな薬を飲むよりも元気が出る。妻のしずは病の為、去年なくなった。まだすずは6歳だった。しかし十郎は涙一つ見せず、すずを男で一本で育て上げていった。
この男・・佐々十郎(さっさ・じゅうろう)は侍である。しかし生活は貧相なものだった。自分ひとりならまだ普通に生きていけるだろう。しかしすずは母に似て病弱で、高い漢方薬を買うお金が必要だった。幸い博打も酒も女もやらない男だったため、借金はせずにすんでいる。
「お父ちゃんいつもごめんね・・」
「お前は気にしなくていいんだよ・・おれがもっと稼いでくればいいんだけどなぁ・・稼ぎが悪くてごめんな・・」
十郎はすずの頭をなでた。
「さぁ・・寒くなる前に寝ような・・」
そう言ってすずを蒲団に寝かしつけた。すずが寝るまではずっとそばにいて、優しい目ですずを見つめて安心させてあげること・・それが重郎の考えられる精一杯の優しさだった。
すずが寝静まった後、十郎の仕事が始まる。夜間の強盗警備が彼の仕事だ。すずを起こさないようにそっと立ち上がり。となりに留守を頼んで、いつもの宿屋へと向かった。
「・・きたきた!・・お前さんが来るまでこっちは冷や汗もんだよ!」
宿屋の親父がでむかえる。
「お前さんがいればうちの宿は安泰だ」
(・・あんな低賃金で雇えるたぁ・・いい買い物したもんだ・・)
・・十郎は名前の通った剣客であった。関ヶ原でも見事に生き残り、敗者西軍残党狩りでは美しい螺旋を描く太刀筋で、幾人もの首を切りはねた。しかし、そのとき築いた財産も亡き妻・しずの病を治すために使い果たし・・・借金まで負ってしまった。その借金を代わりに背負ってくれたのが、宿屋の親父・斉藤五兵衛(さいとう・ごへえ)である。
「ほら・・寒いだろう・・七輪にでも当たりな」
すでに冬・・・現代と違い、汚染されていない雪がちらついている。
(俺だけ七輪に当たってごめんな・・すず・・)
十郎は申し訳なさそうに七輪にあたった。パキパキと炭が赤黒く燃えている。
「それでよ・・・」
五兵衛が十郎の顔を覗き込んだ。
「腕はなまってねぇか?」
「大丈夫だ」
事実だった。十郎はどんなに腹が減っていても稽古を休んだことはない。もちろんこんな宿屋を守るためじゃなく、すずを守るためだ。
(自分の非力ですずを守れねぇことは・・・あってはならねぇ・・)
「最近、凶暴な野犬がこの辺をうろついてるんだ・・・たのめねぇかね?」
「・・・わかった」
「ああ・・よかったぁ。それじゃ、明日くらいに頼むよ」
そういって五兵衛は奥へと引っ込んでいった。十郎は七輪で十分に体を温めたら、外へ行って素振りを始めた。
ビュン!ビュン!
大きく円を描く独特の素振りだ。途中で止めるのではなく、必ず振り切る。実戦経験の多さから身についた素振りだろう。そうすることによって、肉だけではなく骨まで断つことができる。
・・ちなみに現在の剣道のような素振りでは、とても人は切れない。むしろ一撃「グサッ」と入れた後にもかかわらず、すぐさま反撃されるだろう。万が一その相手を切り殺せても、剣が抜けない状態になり他の敵にすかさず攻撃される。自分も剣道経験者だからよくわかる・・。
十郎は次の日の朝、五兵衛に言われた野犬を狩りに出かけた。
「朝方、近くの境内の方で客が腕を食いちぎられた」
五兵衛が商売上がったりだとぼやいていたのを思い出し、境内のほうへと向かった。
境内は霧がかかり、視覚が意味をなさない。むしろ霧は視覚から脳へと進入し、十郎の頭を混乱させるようだった。
(いかん・・・分が悪い・・)
人間は進化が進むほどに嗅覚は退化し、視覚だけで様々なものを判断するようになった。逆に進化の遅れた犬たち動物は相手の位置を視覚よりむしろ嗅覚で捉える。霧の中では不利でしかない。しかしすでに十郎は野犬のテリトリーに踏み込んでいた。
(・・5匹・・・6匹・・・その辺か・・)
3匹同時に十郎へ襲い掛かった。
【つづく】
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