【ROKBOX】三日月みっつ♪

9/9◆かなり忙しいので、ちょっとお休みさせてもらっています。年末まで忙しいのですが、時間が出来たら遊びに行きますね!

☆★手作り小説★☆

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ROKの手作り小説です

ありきたりな題材で書くショート小説なので

読みやすいと思います^^

是非、感想コメントお願いします☆⌒(*^∇゜)v

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【その1・考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/21958683.html
【その2・もっと考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22161083.html
【その3・塾とお母さん】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22723994.html
【その4・親の影響力】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22980462.html



例えば親が本気で一芸に秀でた能力を身につけさせるならば何が必要なのか、ゴルフで有名な宮里3兄弟のお父さんの教育を聞けばよくわかります。宮里さんは調べに調べ上げて一番上のお兄さん・「聖志さん」に(鬼のスパルタ)教育を施しました。そのときの宮里さんの心の中は・・・


(パターの練習は役に立った・・・ぽいな。)
(よし・・・あ、これは無駄な教育だったらしい・・・電柱をつかっての素振り100回は駄目・・・と。あと、どうも体罰の多すぎも駄目みたい・・・)
(うーん、どうしよう)
(とりあえず、また別の考案した特訓をやらせてみよう!)


・・・と、全て結果論的にですが、宮里さんはかなり試行錯誤を繰り返しました。そして次に生まれた二番目の子供である「次男の優作さん」に、長男で得た経験を元に無駄な部分を省き、より完成された教育を施しました。そしてそれによって得られた経験を生かして、またも試行錯誤を繰り返しました。そして、最後に三番目の子供である「長女・藍」にほぼ完成形の教育を施したようで・・・その結果があの異常なまでの強さになりました。スポーツ選手の父親を持つ東尾選手など、遺伝的才能では一見負けてそうなベテラン勢にも引けをとりませんでしたよね。


・・・つまり、「努力」だけでは教育というものはうまく行かないようです・・・しかし・・・もし熱意を持って親が苦しみぬいて教育を実践すれば、例え100パーセントからは程遠い数字だとしても、あの三兄弟の様にプロで優勝して、何千万円も稼げる選手になれるようになる。そして最も素晴らしいことは、彼らの様に集中的に(鬼のスパルタで)一つのことを叩き込まれたような今では否定されている教育を受けた人間であっても、とても礼儀正しく、普通以上の友好関係を築ける人間に育った・・・ということなのです。

親が子供よりもずっとずっと必死になって苦しんで、一般教育を学び、ゴルフを研究し、ゴルフだけでなく一人前の大人としての教育も、毎日毎日反省と試行錯誤を繰り返すことで生まれた結果でしょうね。



【私立幼稚園や私立小学校などに入れて任せきりにしても、また塾や学校に任せきりにしても、自分自身が子供よりも勉強することによって、自分が子供に教育というものを施さない限り、思ったとおりの子供に育つことはまずない】

ということです。


「・・・あんなことするような子供には見えなかったんですけど・・」
「大人しかったよ〜!子供のころは毎日毎日塾で勉強してて・・いい子だったのに・・

「あそこのお子さん・・東大大学院を出たじゃない? ・・でも会社に入ってから上司と折りが合わずに辞めて、今は家に引きこもっているみたいよ・・
「覚えてる?あそこのおとなりの一つ上の子・・慶応卒業して就職したのに地方に転勤ですって! やっぱり勉強できるからって仕事もできるってわけじゃないみたいね〜!


・・・この様なケースがとても増えている昨今、塾や学校に任せきりにして、親はただただ子供に「勉強しなさい・・勉強しなさい・・勉強しなさい・・」と言い続けた結果とは考えられませんか?

このような事件・結果を聞くたびに僕はこう思います。


「この親は自分にとって安易な道をとって試行錯誤しなかったのだろうな」
「この親は“勉強だけ”“学歴だけ”・・一つのことしか目に映ってなかったのだろうな」

「そして子供は考えることを教えられず、勉強していれば幸せになれると思ったんだろうな」
「そして勉強だけはできる子供に・・・学歴だけはある『子供』になったんだろうな」

「このお母さんに悪気はないんだろうな・・・しかし、心のどこかでなにかと張り合っていたために大切なことを見失ってしまったんだろうな」




・・・では・・・


「・・教育において『なにが』大切なのでしょうか?」

「・・それはご自分で常に考えていなければならない。『この母親は自分のことしか考えず子供に対する思いやりが欠けていた』『この母親は勉強意外に遊びなども大事だということを忘れてしまった』ことでしょう」

「確かお子さんいらっしゃいましたよね?大丈夫ですか?」

「いや〜 引きこもり予備軍ですよ」

「いやーうちもですよー! あっはっは!!」


・・こんなことをいう評論家やコメンテーターがいますが、おそらくこれは子供が非行に走った原因・犯罪に走った理由を司会の方が評論家に聞いたときのやり取りでしょう。

『この母親は自分のことしか考えず子供に対する思いやりが欠けていた』『この母親は勉強意外に遊びなども大事だということを忘れてしまった』

これは間違いだと思います。

では、あなたはこの場合大切なのは何だとお思いですか?

まずは自分の考えを明確にしてください。

自分がまず考えることが必要なのです。

・・・

明確にしましたか?


私が考える大切な何かとは・・・

一つではない。数十・数百もある。きっとあなたの考えたそれもその中に含まれています。そしてその中には今のわたし達には見えない・知らない何かもあるでしょう。


・・・よくわかりませんか?

では逆に言うならば・・・この時・・・親子の関係に問題が起こったときの最大の敵は何でしょうか?

わかりますか?

教育はケースバイケース。よって正解はありませんが、この場合においてまず考えられるのは・・・

無知

であったことがなにより罪であったのだと思います。自分の教育の短所・子供の非行へのサイン・・・これを知りつつ放っておく親はまずいないでしょうから・・・。何がどう駄目だったかはわかってから・知ることができてから、試行錯誤して失敗しながらでもいいから、親子で一緒に直していけばいいことなのです。


だから僕は小児発育の段階について勉強することにしたのです。



【つづく】

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【その1・考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/21958683.html
【その2・もっと考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22161083.html
【その3・塾とお母さん】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22723994.html



子供の性格・才能を決めるもの・・それは、

【DNA】と【環境】

主な原因としてこの二点に絞られます。


「うちは私も主人も文型なのよ・・・だからきっと子供も文型だわ・・」
「あらうちもよ・・旦那に『算数教えてあげて!』って言っても、『数字なんか見たくもない!』なんて憎たらしく言われたわよ・・」
「うちはそんなに男らしくなくて、はぐらかして逃げるのよ!『数学は得意だったけど、もう忘れた』だって!!・・実家に帰ったときに旦那の通信簿みたら笑えたけどね」
「なんて書いてあったの?」
「先生からのコメント欄に『数学の時間になると、空腹か睡魔が襲ってくるようですね』だって♪」
「昼休み前と昼休み後ね♪」


多くの人が「DNA」つまりは「遺伝」のみで性格や才能が決まると思っている。しかしそれは大きく違います。例えば、数学(算数)ができる子になるかならない子になるか・・・それを決めるのは「遺伝<環境」だといわれています。(数学の場合、数学が得意な要因は親などが作る環境が約90%をしめると、ある遺伝子科学者は言いました)

『親の数学的思考を子供が真似することで数学的能力が高まる。さらに親が子供と一緒に勉強する場合、一般的によく面倒を見る母親が算数を苦手としているならば、親は自然と算数・数学を子供から算数を遠ざける傾向があり、そのことが子供の数学嫌いに拍車をかける』

つまり


A.文系のお父さん
父「よし!勉強をしよう!!」
子「なにからするの?」
父「うーん・・国語からかな?」
子「うん!」
父「じゃあ、ここから読もうな♪」

B.理系のお父さん
父「よし!勉強しよう!!」
子「なにからするの?」
父「うーん・・時間が1時間あるから、国語からしよう。次に算数だ。他のは残った短い時間でも十分にできるからね」
子「そうだね!国語は途中で止まったら、どんなお話だったかわかんなくなっちゃったりするもんね♪わかった!!」


というようなからくりなのです。時間配分などで親の数学的能力の高さが自然とあらわれれば、子供にも自然とそれが身につき、数学的能力が高くなっていくのです。
だから逆に両親が数学を苦手としていても、子供が数学を得意とするケースもあるのです。他にも、『絶対音感』、『速読』、『瞬間記憶』などでさえ、訓練で身につけることができるのでしょう。
(注:年齢的限界はあります)



つまり何が言いたいかというと、

【全ての子供がある程度平等に全ての才能を持ち合わせている】
【その才能を引き出すために、まだ幼いころから親が主導で目的を持った教育をする必要がある】

ということです。



どんな子供に育ってほしいの?明るい子?優しい子?宇宙が好きな子?動物が好きな子?食べることが好きな子?礼儀正しい子?野球が好きな子?お金にしっかりした子?絵がうまい子?

色々選択肢はあるでしょう。しかし、全てを選べるわけではないのです。他の事を犠牲にせぬようにしつつ1つの能力を身につけさせるのか? もしくは多くの能力を身につけさせたうえで子供に考える力を与え、15・6歳を過ぎる頃にある種自分の力を主として歩ませるのか?

例えば親が本気で一芸に秀でた能力を身につけさせるならば何が必要なのか、ゴルフで有名な宮里3兄弟のお父さんの教育を聞けばよくわかります。お父さんは調べに調べ上げて一番上のお兄さん・聖志さんに(鬼のスパルタ)教育を施しました。そのときのお父さんの心の中は・・・


宮里父(パターの練習は役に立った・・・ぽいな。
宮里父(よし・・・あ、これは無駄な教育だったらしい・・・電柱をつかっての素振り100回は駄目・・・と。あと、どうも体罰の多すぎも駄目・・・

宮里父(うーん、どうしよう)


【つづく】

【その5・親を考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/23175719.html

(もっと早く「0歳からの教育」など載せたかったのですが、それは次の次になりそうです><)

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【その1・考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/21958683.html
【その2・もっと考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22161083.html



僕の友人が主に中学生向けの塾の講師をしている。(今もやっている) その彼に聞いた話なのだが、(主に)母親との個人面談でよく聞くフレーズがあるという。

「私はよくわからないですけど」
「いい高校に入れてください」
「どうやればいい高校に入れますか?」

これはみなさんも聞いたことあるフレーズかもしれない。では、これを会社での上司と部下の会話に置き換えてみるとその異常さがよくわかる。


上司「この仕事どう思うかね?」
部下「よくわからないです
上司「このプランはどう進めればいいと思うかい?」
部下「いい方向に進めたいです
上司「具体的にどう進めたいのかね?」
部下「どうやればいいでしょうか?


この例文を見れば、部下がいかにこの仕事に対して無知であるかがよくわかる。・・もちろん上と下ではケースは違う。教師は教育のプロとされているからこそ、聞いてしまう部分もあるだろう。しかし、親というものは、親であると同時に教育者でもあるのだ。そういった意味で下の上司と部下の例文が、当てはまる部分は大きい。
上下のワードを見比べわかることは、仕事のスキルは『上司>部下』で、教育のスキルが『教師>親』であることではなく、部下が仕事に対して無知なように、母親も教育に対して無知であるということなのである。


「勉強しなさい!」
「いつまで○○やってるの!!」
「それじゃあ いいところにいけないよ!」


これが通用するのはせいぜい中学生まで。だからこそいよいよ複雑でわからなくなる大学受験になると、静かになる親が一気に増える。この「大学受験」こそ幼稚園のお受験からはじまる受験戦争で、もっとも人生に影響を与える受験に間違いないのに・・・。



ではここで本題である「最上の教育とはなにか」ということに立ち返ろうと思う。本やインターネット、テレビや専門家の話・・それに体験談などを聞いた結果、「教育はケースバイケース」・・つまり、十人十色で一人一人適した教育は違い、経験豊富な専門家でさえそのお子さんと話したり触れ合ったりしなければ、まずわからないという結論を得た。それを簡単に説明すると、その子供とマンツーマン(2時間)で1年以上(最低週2・3回)ふれあい、心を通わせてはじめてその子のことがわかるというものであった。

そのことからも学校や塾の先生が生徒一人一人の・・・と話し始めると長くなるのでやめておくが、これで結論が決まってしまっては面白くない・・・私自身、わざわざ書く意味もない。


トム「HEY! キャシー! 今日紹介するのは素晴らしい教育についてだYO-!!」
キャ「OH! トーム!! それはとってもナーイスなことネー!!」
トム「だROー? で・・・どんな結果だったと思うカーイ!?」
キャ「そんなじらさないで、きかセーテヨー!!」
トム「結論は・・・ケースバイケースだってことだYO!!」
キャ「それはとってもベリーグッド・・・なわけないだろー!!」
トム「オーマイガー!!


幸い、その結論を得ただけでは終わることはなかった。

教育とひとくくりにされるが、勉強だけではなく、遊びやスポーツを通じてチームワークやリーダーシップを学ばせたり、一緒に生活したり本を読ませたり(もしくは一緒に読んだり)する中で、勉強以外の知識・・例えばマナーやいわゆる常識(多数派である情報)などをはじめとしたものを学ばせたりすることも必要である。(というより、こちらのほうが勉強よりも大事なようにも思われる。)

しかし、これらは人によって学ぶ時期が違う事柄である。小学生のときに学ぶ子もいれば、社会人になって初めて会得する子も最近は増えているだろう。例えばニートがその典型で、社会に出ても適応できずすぐに会社を辞めてしまう。それは実を言うと学歴などではなく、協調性のなさが一番の理由と言われている。


では次に話すこと・・・それは誰しもにあてはまる【教育】・・・それを見つけることができたので、話すこととする。


【つづく】




(いつも以上の駄文で失礼しました。推敲しましたが誤字多すぎ。。。病み上がりは駄目ですね><)

(ちなみに僕は24歳で、子供いません><)

(調べた事柄は事実で正しい情報ですが、登場人物だけはフィクションですので><)

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【その1・考えよう】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/21958683.html


実はこの現実を直視出来ていない人間が多いように思われる。

簡単に言うと、子供の学力は低下の一途をたどっている現実。犯罪の低年齢化が促進されている現実だ。明らかに自分たちの問題なのに、さも自分たちは関係ないかのように捕らえている人が多い。


「嫌ねー恐いわねー」
「今度は自殺ですって!!」
「恐ろしい世の中ねー!!」


まるでニュースを見た感想を述べるだけの井戸端会議は、あたかも現実逃避をしているようにしか思えない。まずは自分の問題であると捉えて、「考えること」が必要だと思う。


私の調べによると一昔前に開始された、「ゆとり教育」によって中学生や高校生の知能指数はその年の大学の偏差値低下にあからさまに現われるほど低下し、犯罪面ではバスジャックなどの殺人事件から「17歳」という誰もが知る危険な年齢キーワードが生まれるほどにもなった。


「ほんと恐いわね〜」
「うちの子供17歳なんだけど大丈夫かしら・・・」
「うちのとなりの17歳のお子さん・・・凄い頭になってたのよ!」
「何色?何色なの〜!?」
「うーん・・・虹色?
「恐いわね〜


このように「17歳」はマークされる対象になった。・・しかし、それから数年後・・生徒数の低下と週休二日・・これによって発生した「ゆとり」を利用した教育を見直すことで、学校の宿題や塾での勉強が重要視され始め、今では家・学校・塾からの監視・管理体制が厳しくなってきた。その結果、中学生や高校生では犯罪やいじめが減少した。

しかし、ここで新たな問題が浮上する。


『小学生のいじめ・犯罪の増加』


では、小学生のいじめ・犯罪が増加しているのはなぜか考え、認識する必要がある。そしてその答えにつながるキーワードは『ストレス』なのではなかろうか。


「あいつ、女たらしじゃねぇ?」
「ほんとだ!(俺たちの好きな)女と話してやがる!!兄貴から借りてきたエアガンで撃とうぜ!半ズボンだから絶対痛いって!」
「何で痛いこと知ってんの?もしかして・・・兄貴に撃たれた?」
「・・・うん」
(↑上の会話は特に意味はなく、面白い文章が思いついたから書いただけです。そういえば僕も撃ったことも撃たれた事もあります。実はこれが元で長ズボンを愛用するようになったなぁ。)


今の中学生や高校生は一時期ではあるが、「ゆとり」のある暮らしをしていた。そのため彼らのストレスは非常に少なかったと考えられる。その結果、現在の教育システムでもストレス過多になることは少なく、もし厳しい状況になったとしても「ゆとり」のあるときに身につけた「サボる」ことで自分の心に「ゆとり」を持たせているのかもしれない。これはもちろん悪いほうにもとれることではあるが、私たち大人がよく口にする『上手に手を抜く方法』を身につけたと解釈していただきたい。


上司「・・・あー!だるい!! おい!木村!!」
部下「はい!」
上司「これあと少しだからやっといてもらえる?」
部下「え・・・はい・・・」
上司「それじゃあよろしくな!!」
部下「・・・あー!だるい! おい!片山!!」


・・このように適当に手を抜くことを知っている人は多い。しかし、今の小学生は違う。高学年になるにつれ、勉強の量と難易度は上がる。分数で苦労した人もいることであろう。そして今、きっちり敷かれた教育体制において彼らは、「ゆとり教育」などという言葉が遠い昔の言葉の様に思えているに違いない。なおかつ、昔とかわらず小学生は自分の意思を押し通すことができない子供は多い。しかしこれは小学生なりに親の顔色を見ての判断だと思われるので、問題ではない。むしろ親に反抗して自分の意見を押し通す小学生のほうが異常だと思われる。

ではこれのどに問題があるのか?


A「うちの子供は先週の模試でBクラスからAクラスへあがったんですよ♪」
B「んま〜羨ましいですわね〜・・うちの子供は外で遊んでばっかりで・・」
A「うちの子供は勉強が好きでよかったわ♪次はAクラスからSクラスへ行くのが目標ですの♪」
B(・・・だからあんなに暗いのね)


十年前の話ではあるが・・・親の言うことをよく聞き小学校で成績もよく宿題もそつなくこなす優等生・・・そんな子供の大半は塾へと行かされ、私立中学へ行くことで国立大学・有名私立大学への切符を手にするといわれている。・・であるから、この頃の小学校では宿題が非常に少なく、逆に健全な子供の育成を中心に教育を進められてきた。つまりこの当時の家での勉強といえば、
「塾の勉強」
これが常識であった。


「宿題やった?」
「やべ!やってない!家帰ってダッシュでやらなきゃ!」
「あんなの5分で終わるじゃん!!」
「違うよ!塾の宿題だよ!!」
「・・・やべ!!


そして数年後、昔のスパルタほどではないまでも高校生の詰め込み教育が問題として上がり、ゆとり教育が始まった。その結果、犯罪の低年齢化が促進される形となり、公立の小中高で教育法が全面的に見直されることとなる。

そして今、彼らの家での勉強といえば、
「塾と学校の勉強」
である。もちろん勉強の内容は似ているが、塾と学校が連携しているわけではない。勉強量は必然的に二倍になった。これが大きな問題を今引き起こしている。


「宿題やった?」
「やってない」
「いやいや・・学校のだよ?」
「やってない」
「じゃあ・・塾のは?」
「やってない」
「お母さんの機嫌取りは?」
やってる


前に出てきたサラリーマンの上司と部下の会話の様にある程度「サボる」ことを知らない小学生。どんなにたくさんの宿題が出ても日付が変わるまで宿題をやっている小学生・・・これが問題であることを裏付ける証拠として、小学生で犯罪・いじめをする子供ほど成績が高いという傾向が現われている。(無論、全員ではないが)


・・言いようのないストレス。もしかしたらストレスという言葉を知らない子供もいるかもしれない。行きたいといった覚えのない私立中学への受験・・・自分の夢・理想に目がくらんでいた親は子供のつらそうな顔を見たとき、こう言うらしい。


「アナタノタメナンダカラ、ガンバロウネ!」
「行キタクナイナラ、『行キタクナイ』ッテ言ッテイイノヨ?」


確かにこの親の言うことに、気持ちがこもっていないとは言い切れないだろう。つまり心配をしていないとは言い切れない。ではここで、ある塾の講師が個人面談をしたとき判明したことを記そう。


◆つづく◆


その3・塾とお母さん
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22723994.html
(この記事はしばらくしたら小説書庫へ移動します)

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最上の教育・・・至高の教育って・・・

なに?



今、私は32歳。妻は33歳。そしてつい先日初めての子供が生まれた。女の子だ。彼女のおじいちゃんおばあちゃんたちの大喜びだ。実際に目の中に入れようとして医者に怒られるほどである。

「私、絶対パパのお嫁さんに・・・ならない!」

などと近い将来言われてしまいそうだが、それでも彼女は愛すべき我が子。そんな彼女には20歳を過ぎるころには僕ら親がいなくとも生きていけるように育てなければならないと思う。それが親の責任だと思う。そこで僕は僕なりにだが、教育について「真剣に」考える必要が出てきた。

「やっぱりいい大学を出てほしいよね」

妊娠中の妻は近所のおばさんとこんな話をしているらしい。僕自身、昔から学歴は大事だと思っていた。しかし、どういう風にすればいいのかは本気で考えたことはない。


「まだまだ先の話だけどね〜」
「こんなことを言っていられるのも今のうちだったりして!」
「嫌だわ〜!0点のテスト持って帰ってこられたら!」


等と話したというのを聞いて、僕も思ってしまった。【まだ大丈夫なのではないか?】・・・しかしそれは違う気がしてきた。

【逆に】
【いまこそ考えなくては一生後悔してしまうのではないか?】

この子はすでに成長しはじめているのだ。もしかしたら、私たちが想像するよりももっとずっと早い速度で成長している。体は中学生くらいの成長期よりも速い速度で大きくなるわけだし、高校生の三年間よりも生まれてからの三年間のほうがはるかにおおくの言葉を覚えることだろう。

「そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

この子にとっての「大事なとき」はすでに始まっているといえるのではないだろうか?


「今が大事なときなんですよ!」
「お父さんもしっかりしてください!!」


受験生には耳にタコができるほど聞いたフレーズかもしれない。しかし、この人生において最も成長速度の早い今、すでに「大事なとき」ははじまっていると考えてもよいのではないだろうか?


【私は、まずそれを考え調べる必要があることに気がついた】


こういう問題は、えてして投げ出しがちで・・真剣に考えているようで結論にたどり着かず片手間に考えてしまいがちなこの問題であるように思える。・・ことあるごとにテレビで展開される教育知識・理論を手に入れてきた。


「この間テレビで『見て覚えるより、書いて覚えるほうが頭に入る』って言ってたざます♪」
「あら教えてくださってありがとう♪今度子供にも言って聞かせなきゃ!」
「それとみのもんたが『奥さん、勉強前にコーヒーを飲めば脳がひじょ〜〜〜に活性するんです!』とか言ってたわよ♪」
「そうなんですか?今うちでは脳の活性化のために任天堂DSのDSトレーニングやってますの♪」
「うちもよ〜!やってみたら・・・還暦だったわ」
「あはははは!! 私もよ♪」


しかし

【それは結局、応用のきかない知識でしかない。】


言うならば

「数学や物理の公式を頭に詰めた状態」

でしかないのだ。それで数学の問題が解けるのならば7割以上のアンチ数学信者は発生しないだろう。私の友達も半分以上がいまだに数学アレルギーだ。つまり、その程度の知識を用いた教育で子供が一人前に育てられるならば、こんな現実は起こらないだろうと言いたい。

・・・

・・・こんな現実?

・・・こんな現実とは何かをまず知らなければならないだろう

・・・


◆つづく◆

【その2】
http://blogs.yahoo.co.jp/rok_dorafa/22161083.html

(しばらくしたら小説書庫へ移動します)


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