テオのいるベルギーライフ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全34ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

ワロンへの旅パート2

私たちが今回宿泊した場所からすぐの場所に、Reduという『世界で最初の本の町』がありました。
かわいらしい小さな町で、本屋さんの集まった町。
イメージ 1
どのお店も、足を踏み入れると、様々な本や古紙などが所狭しと置いてあって、とっても素敵。
私はReduの町並みが描かれたデッサンを購入。
そしてその隣りには、Le Savonnier Ardenneを発見。
何も購入せずに出ることの出来ないお店!数種類のシャンプーを購入しました。

その後はHanという町に出かけて、何年ぶりか!鍾乳洞を見てきました。
あとから知ったのだけれど、このHanの鍾乳洞はミシュラン三ツ星、有名な鍾乳洞だそうで、小さな電車に乗って鍾乳洞の入り口まで出かける間、久しぶりの体験に私もワクワク。
イメージ 2

中は、こんな感じでした。

イメージ 3

パリから観光でやって来たと言う日本人カップルにも遭遇し、こんな小さなベルギーのさらにはアルデンヌの鍾乳洞の中で日本人にあうなんて、すごいことだよね。

天候には恵まれなかった週末でしたが、鍾乳洞の中に入れば関係なし!と思ったら、鍾乳洞の中でも1年前の雨が到達しており、息子はその雨を楽しんでびしょびしょに。

楽しい週末でした。皆様素敵な1日を!
イメージ 4

ワロンへの旅パート1

お姉さんのコリンからのクリスマスプレゼントは一冊のブックの中から、好きな場所を選んで、カントリーサイドへ一泊できるというもの。最近はこの系統のプレゼントが大はやりで、もらう方も選ぶ楽しみがあるし、旅行に出ようかというきっかけになるので大変有り難い。

半年たってようやっと時間が出来たので、お庭にロバがいて、子供はロバに乗って遊ぶことができる、という楽しい条件付きのホテルをピックアップ。
週末の雨の中、ブリュッセルからベルギーを南下し、TRANSINNEという場所へ行ってきました。
イメージ 1

広いお庭には3頭のロバがいて、テオはえさをあげたり、ロバに乗ったり大はしゃぎ。
部屋も可愛い、食事もとってもおいしくて、ママはとっても嬉しくなりました。
イメージ 2

ロバに乗ってママに手をあげるテオ。本当に大きくなったね。もうすぐ三歳だもんね。

ベルギー南部アルデンヌ地方は、美しい自然に囲まれていて、何度観光しても楽しいです。

皆様も素敵な1日を!




La Clusazでの休日

イメージ 1
イメージ 2

木曜の朝に飛行機に乗ってジュネーブまで。
ジュネーブから車で約1時間で到着したのは、スイスとフランスの国境近くにあるフランスのLa Clusazというスキーリゾート。
仕事もばたばたしている時だし、そんなに長い休暇も取れないけれど、テオが雪の中で遊ぶのを経験するのは大事なこと、くらいの気持ちで出かけたのだけれど、えらく天候に恵まれた、初めてのヨーロッパスキーは、ママも楽しめたー

スキー場の周りにはびっくりするほどたくさんのシャレーがあって、個人の持ち物だったり、レンタルだったり、ホテルだったりするんだけれど、そこがみんないっぱいだっていうんだからスキー場にはすごくたくさんの人がいる。
日本ではスキー人口が大分減ったという話だけれど、こちらはやはり冬のスポーツの基本はスキー。スキー学校に入っている子供はたくさん、リフトは結構長い列を作って待たなくてはいけない。

私がスキーを借りた1日半は、テオパパがテオの面倒を見てくれたので、私は一人で緩い斜面、ちょっと難しい斜面を思う存分楽しめて、約8年ぶりくらいの(10年かな)のスキーもすごく気持ちよかった。
スキー場は広くて、それぞれのエリアに緑、青、赤のレベルの斜面があって、これがあたしのスキー部の友達だったら、2400mまで登って赤を攻めたりするんだろうけど、今年は一人だし、青の斜面を滑った。エリアを移動するような滑らかな長い斜面なんかでは、時々『あたし、ヨーロッパでスキーしてるんだー』なんて浮き浮きした気持ちになったよ
本当にびっくりするのは、かなり小さい子供でもスキーがうまい子がたくさんいて、高い標高までやってきて、多分赤を颯爽と滑り降りて行くんだと思う。
テオもいつかそういう風になるかしら?

大きなリゾートなので、ハマムやエステなんかもたくさんあって、テオがもうちょっと大きくなって、スキー学校に入るようになったりしたら、私もそういうことをエンジョイできるようになりたいものです。
それでいつか日本の友達とも一緒にスキーしたいねー。

短い休暇でしたが、思いのほか楽しかった。
筋肉痛ですー

皆様素敵な1日を!
イメージ 3




今朝は土曜というのに仕事が入っていて、まるでベルギーじゃないみたいだけれど(笑)それも終わってテオとお昼寝をした。
昨日の反動か、2時から5時までのお昼寝の間、テオはずっとオッパイを吸ってた。おーーーーい

というわけで、まだまだ卒乳には遠いあたしたち親子です

そういえばあたしの同僚の奥さんは二人目の子供の授乳を1日で終わらせたという。
『そのほうが後々面倒じゃないから』という理由で、その二人は子供が2ケ月くらいのうちからしょっちゅう子供を親に預けて二人で二週間ほど学会プラスホリデーに出かけたりしている。
1日というのは極端だけれど、基本こちらの人たちは6ケ月くらいで断乳していることがほとんどで、とあるインド人の女性なんかは、『アジアの女性は子供に甘すぎる。仕事をしているのにいまだに添い乳をしているなんて、仕事の効率も落ちるし信じられない』などと吐き捨てるので、私がいまだに授乳していることなんかは、保育園にも内緒にしている話だ。

テオが保育園に通いだしたのは4−5ケ月の頃のことで、最初のうちはお昼にいつも出かけて行って授乳をしていた。テオが年長のクラスに通いだしてからは、それも出来ないので、テオは朝と夜と、夜中寝ている間以外はオッパイを飲まずにもいられて、特にこの2ケ月くらいは外出中にママと一緒にいてもオッパイを求めたりしなくなった。

そういえば、テオが1歳10ケ月頃のこと、日本に帰国中にテオパパとうちの叔父叔母とフレンチレストランで食事することがあって、そのときはまだテオはママとレストランに入ると、オッパイをせがむことが多かったので、トイレに出かけて、授乳をしていた。

『今日本では子供が求めるまでオッパイをあげるのが主流で、みんな2歳から3歳くらいまでオッパイをあげていて、私もそれがいいと信じている』という主張でなんとかテオパパを説得していたあたしがトイレに行っている間に、うちの叔父は、
『まだおっぱいあげてるんだ!二歳になってオッパイあげてる日本人なんて、カオルちゃんくらいですよ!』と、豪語したらしく、その後の小旅行中に、テオが食事を食べなかったので、またオッパイネタで大議論になった。

おじさん、困るなー
それでなくたって、この問題ですごく苦労してたのに、トイレに行ってる間に、そういうガセネタ流すかなー。
最近でこそ、『ノーベル賞作家のYasunari Kawabataは、6歳まで授乳してたんだって』『おー、それじゃぁテオもノーベル賞かな』とまでにジョークにするまでになったけど、色々大変だったんだからさ。

というわけで、まだまだ喋りたいオッパイのこと、また書きます。

皆様、素敵な日曜日を!


イメージ 1

28分泣き続けた後、ようやっとテオが眠りに落ちた。
今日はママと二人なので、大人用のベッドにはじめから二人で寝ているのだけれど、5分ちょいでオッパイを終わらせたと言うのが、テオの涙の原因。

この二年六ヶ月、私にとって授乳は大きなテーマであり、小さな悩み事でもあった。
世の中悩むことはもっとあるんだけど、私にとって最初で最後の『授乳』は、何か記録しておきたいテーマの一つで、ちょっと書き残しておこうと思う。

今日何故5分ちょいでいわゆる添い乳をやめたかというと、風邪の後遺症で添い乳の姿勢が苦しいこと、病み上がりなので疲れていること、後は4月の後半にテオが産まれてはじめて、テオをおいて丸々二晩でかけなくてはいけないので、テオがママなしでも寝られるようにならなくてはいけないということがある。

そもそも出産前から何か特別なものを読んだ訳でもないけれど、なんとなく、母乳が出れば、赤ちゃんが自分からオッパイを離れられるようになるまで授乳–いわゆる卒乳を目指してーを続けようと思っていた。
たいした知識もないまま、女医しかいないという理由で選んだ病院で出産し、その病院で二日目に聞いた『赤ちゃんが泣かずに寝付く方法は、添い乳です』、に従って、二日目から添い乳を開始。案の定オッパイは常に順調に出続け、今の今まで、テオは私がいる限り添い乳で眠りにつく。

この添い乳が、海外ではかなりに受け入れがたいことだったことが、何度か私の小さな悩みになって、『もし自分がもう一人子供を産むことになったら、絶対に早い段階で断乳をする』と断言するまでになった。

ただテオについては、卒乳を目指す方針を変えずに、ここまでやってきた。

添い乳をはじめた入院中から、オッパイは片方づつ、5分ごと、計20分ほど、といわれていたのに、テオは添い乳が長くて、こんなに長くていいんだろうかと思っていたけれど、今ですら、長ければ1時間くらいオッパイを吸っていることもあって、明け方近くになると3時から6時くらいまでオッパイを吸っていることもあり、やっぱり2日子の魂100までか…と多少後悔する。
1年くらいで卒乳するかなという甘い読みは、ただ甘かっただけで、今は3歳の誕生日までになんとか言い聞かせようと思っている。

そもそもある段階で、卒乳を覚悟した理由は、親友の一人が、『断乳なんて野蛮なこと、自然に理解して卒乳するまでオッパイをあげるのが本来の姿だ』と言ったこと。

それでも何度か小さな壁に突き当たり、最初はテオパパが添い乳のためにテオが一緒のベッドに寝ることを理解しなかったこと(今は夜中以降は三人川の字で寝ているが)、とにかく一晩中オッパイをすわれているので、私が慢性的に疲労している(ような気がする)こと、夜泣きがかぶった時期があって、それをオッパイのせいにされたこと、オッパイがあるから、ご飯を食べなかったり、牛乳を飲まないので、テオが小さいのではないかとテオパパに言われて悩んだこと、など色々ある。

夜中におきだして、インターネットで、授乳、卒乳、夜泣き、二歳…などと打ち込んで安心したり、がっくりしたり。結局、何が正しいかなんて、決まっていないし、自分で決めるしかない。子供によってオッパイへの依存も全く違うし。

小さな期待を込めて何個も買ったおしゃぶりは、保育園でだけ時々有効なようで、私の前では1分遊んだかと思えば、5mほど先きまで『ふんっ!』と投げ捨てる始末だ。

そんなテオが今晩涙を流しながら、『オッパイは5分でやめよう。オレンジジュース飲む?』『ノン』『イチゴミルク飲もうか?』『ノン』『チョコミルク飲もうか?』『ノン』『牛乳飲もうか?』『ノン』『じゃぁおしゃぶり持って来ようか?』『…ja』と言ったので、普段投げられたことしかないおしゃぶりを渡してみたら、それを口にくわえて20分泣き続けて眠りに落ちた。

長い28分、私はテオの手を握りながら、何度もまたオッパイをあげたいという衝動に駆られたのだけれど、とにかく少しずつテオが自然に寝れるように手助けしたいということもあって、28分を我慢した。
最後は涙も出てなくて、ただ泣き声だけを無意識に発しているような感じだったけれど。
一ついえることはテオはママがしようとしていることを理解しているということ。
だから悲しくて涙が出るけれど、おしゃぶりを投げ捨てずに我慢してくれたということだ。

とはいえ、朝までこれから7時間。テオがどんな攻撃に出てくるかは分からない。
ママも明け方には意識ももうろうして何がなんだか分からないし。


授乳話、まだまだ書きたいことあるんです。また聞いてやってください。

皆様素敵な週末を。










全34ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
kokao0
kokao0
女性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事