ご意犬番“ロッコ”

今の世の中、何かおかしいよ!わたしにも一言言わせてね!

ごめんなさい!

ごめんなさい!
非公開に変更したことを忘れちゃって!

ロッコのことは → ロッコの部屋

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 当然と言おうか、自民党は小嶋進社長の証人喚問、伊藤公介元国土庁長官らの参考人招致も拒否した。
TBS「みのもんた朝ズバッ!」に生出演した河野太郎法務副大臣、正直な人なんだねェ!自民党の及び腰の対応を指摘されて、かなり動揺した面持ちで真意と裏腹の弁解が読み取れた。例え意に反することであっても党全体の方針には逆らえない・・・政党政治とはこういうものなのか?

 やはり世論の力は大きいのか、みんな勇気を出してみよう!
自民、公明両党は、捜査当局が家宅捜索に踏み切ったのを理由に喚問に消極的だったが、世論に耳を傾け方針転換したらしいではないか。
 かなり党本部に抗議電話が殺到したらしく「社会的な重大性が大きいので、最も効果的な時を選んで呼べばいい」と・・・・、喚問に応じる考えを表明せざるをえなかった。

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師走の都心は車の洪水

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 故あって車で日暮里へ向かった。普通なら40〜50分の道のりなのだが・・・年末の車の洪水の中、事故多発で首都高速は大渋滞で全く動かない。しかたなく一般道をノロノロ走り、日暮里に着いたら2時間30分が経過していた。
 これが先進国?の首都の道路事情である。これも国交省の産物なのか!
周囲の高層ビルを眺めながら、今大地震が発生したら・・・空恐ろしい限りである。

 遷都(首都移転)は緊急課題か!

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 やっと強制捜査か、シュレッターの大活躍が終わる頃を見計らって・・・
警視庁もマスコミのネタづくりに協力したんだね。マスコミは待ってましたとばかりにお祭り騒ぎ!

抜き打ちで国交省に500人くらい入ったら、少しは真面目に見るけどね。

ヒューザーの小嶋さん、カメラの前で「私が証人喚問でいろいろしゃべったら、国交省の幹部で困る人がいるでしょう・・・」とは言いすぎだね。
 場所をわきまえなくちゃ自民党が泣くよ! 国交相が北側さんだから公明党も泣いてるよ!

兎にも角にも、命を落とす人が出ないようにして下さいよ!

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 我が家に、湯が久々に出た。一週間ほど前に故障して以来である。給湯器の寿命は約10年・・・だとすると、文句言えないことではあるが一週間もお湯が出ないと、自宅で風呂にも入れないし不便極まりない。
 その原因は、10数年前に自宅をリフォームした時に遡る。非常にずさんな工事が多くていろいろ指摘しながら進めたリフォームであったが、その中の極め付けが給湯器の取り付けであった。メンテナンスを全く無視した工事に憤りを感じて業者とやりあったことを思い出す。まだ血の気が多かった当時の私は、完全に修復が終わらないのに業者を追い出してしまった。
 しかし、短気は損気・・・とはよく言ったもので案の定、給湯器周辺を壊しての大掛かりな工事とあいなったのである。当時のおかしなリフォーム業者は既に存在しない。

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「LOHAS」という目新しい言葉がある。Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字らしい。

大量消費社会に疑問を持ち始めた賢い?人間様たちの、物の豊かさより心の豊かさの大切さを優先させる生活スタイルのことらしい。即ちそれは、地球環境にやさしいライフスタイルのことである。

科学の進歩が、ある面では地球を破壊してきたという自戒の思いで・・・。あなたならどうする?

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 「喉元過ぎれば、熱さ忘れる」とか、「災害は忘れた頃にやってくる」・・・人間はそもそも忘れる動物なのである。時間というものは素晴らしいもので、時のはその経過が人間を癒してくれる。

 しかし、できることなら忘れてはならないこともあるはずなのであるが・・・。
ここ10年あまりを振り返ってもいろんな出来事があった。厚生省・福祉汚職事件、大蔵省・日銀接待事件、毒入りカレー殺人事件、文京区幼女殺害事件、営団地下鉄・中目黒事故、筋弛緩剤・投与殺人事件など、どれだけ鮮明に覚えているであろうか?

 最近、巷で起きている事件・事故もまもなく忘れ去られるのであろうか。
                          わたしたち犬は、決して忘れはしない!

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                          約20年前のS球場


 仰木彬さんのご冥福を祈る。70歳だった。
西鉄ライオンズの二塁手として黄金時代を築き、監督としては近鉄、オリックスで3度のパ・リーグ優勝を果たした彼であったが、プロ野球ファンとしての私にとっては心に残る一人であった。

 九州に住む私にとって、一番身近なチームは野武士野球と言われた西鉄ライオンズ。
そのライオンズが昭和31年から33年まで、天下の巨人を相手に3年連続日本一に輝いた。
高倉、玉造、豊田、大下、中西、関口、田中、仰木、河野、和田、花井、滝内、小淵、稲尾、河村、畑、島原、若生、西村らの名前が浮かぶ。

 当時、小学6年生の私、昭和32年はなんと4勝1分けで日本一に!
昭和33年、シリーズで再び巨人と対戦、いきなり3連敗
 続く第4戦は雨天中止、
翌日に行われた第4戦、豊田の2打席連続ホームランで逆転勝利!勝利投手稲尾
続く第5戦、10回裏、ピッチャー稲尾がサヨナラホームランで2勝目
第6戦、巨人打線をしっかり抑え、稲尾完封勝利で3勝目
最終戦、稲尾またも先発マウンドに!6ー1で圧勝、シリーズも奇跡の逆転優勝
                                 懐かしく思い出す。

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