小説 フジモリとデモクラシア

2000年の大統領選挙。あのときペルーで何がおきたのか。

【小説 フジモリとデモクラシア】

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ペルーが進むべき道

おわりに(16)





 ペルーの歴史上、もっとも痛ましかった時期は、フジモリの十年だったという人がいる。117

 しかし、フジモリは、ペルーが進むべき方向を示してくれたのではないだろうか。

 日本人は、フジモリ政権の時代にペルーに対する援助を惜しまなかった。

 それはフジモリが日系人であったからという面もあったかもしれないが、それだけでは日本人があれだけペルーに肩入れをしようという気持ちにはならなかっただろう。

 フジモリが本当に独裁者だったなら、いくら日系人だといっても日本人は援助を躊躇しただろう。



 日本人には、判官贔屓という価値観がある。弱者、敗者に同情して声援を送るという感情がある。

 これは、毛沢東主義やマルクス・レーニン主義のような既存の社会秩序を破壊しよという革命のイデオロギーではない。

 それに、もともと日本人はイデオロギーで行動する人種ではない。

 イデオロギーにはむしろ懐疑的になる。

 ここが日本人の思考方法が欧米人と基本的に異なる点だと思う。

 単に、富めるものも貧しいものも、ともに幸せにならなければならないという、ごくあたりまえなことを願う、必ずしも論理的でない、日本人らしい直感的で現実主義的な価値観である。



 日系人フジモリも日本人のこのようなDNAを受け継いでいるであろうと思う。

 フジモリの小学校建設に私財を注いだ日本人は少なくない。

 おそらく、フジモリが、より恵まれない階層の人たちのために努力している姿に強く共感したからなのであろう。

 フジモリが失脚してからは日本とペルーの関係はすっかり冷めてしまった。それはペルーで叫ばれているデモクラシアにどこか違和感を感じたからである。



 フジモリは、ペルーの進むべき方向を示してくれた。

 フジモリは、パニアグア議長にあてた辞表のなかで、「政府と野党との間の議論や意見の対立の原因を除去することによって、ペルーとその国民のために真のデモクラシアが実現する未来を保障するより適当な方式、つまりペルー国民の大多数のために福祉と発展が実現されるような政治制度を、すべてのひとが、冷静に、かつ、愛国心をもって、模索することを願っている」と述べた。(注)

 この言葉は、日本人であるわたしにはよく理解できる。ペルー人フジモリは、自分では気がついていないだろうが、フジモリは間違いなく日本人のDNAを受けついでいる。このような発想は、欧米的な思考からは出てこないであろう。

 この言葉は、パニアグア暫定大統領にも、トレド大統領にも、全く顧みられることはなかったが、この言葉に込められたデモクラシアに対するフジモリの考え方は、ペルーの一般の人たち、とくに恵まれない人たちには、フジモリスムに対する根強い支持という形で理解されているのではないだろうか。

 これがペルーの進むべき道であることは間違いないと思う。

 日本人はペルーが好きだ。それはペルーが、インカ先住民の国だからかもしれない。マチュピチュは日本人の人気ナンバーワンの観光地だ。

 ペルーが、多民族、多人種、多文化国家ペルーに住むすべての人びとの共存と共栄をはかる方向にしっかりと歩み始めるのなら、日本人は、だれがペルーの大統領になろうとも、その努力を支援することを惜しまないだろう。

 ペルーに必要なのは、アメリカの民主主義ではない。しかし、アメリカとの関係をあえて悪くする必要はない。アメリカと対立し、アメリカに敵視されても得るところはなにもない。

 フジモリは、アメリカに対する主体性を確保しつつ、ペルーとその国民のために独自のデモクラシアを実現しようとした。

 フジモリの功績を、政治的な怨讐とモンテシーノスの犯罪で消し去ってはならない。

 フジモリは、ペルーの歴史の汚点ではない。歴代の欧米的な発想を持つペルーの指導者たちが気がつかなかった別の価値観を示してくれたはじめての大統領だったのではないだろうか。

 いずれフジモリが、ペルーの人びとによって正当に評価される時がくるにちがいない。


 フジモリに対する数々の告発については、ペルーの将来を見据えた公正な対応を望みたい。





118 El Comercio, Lunes, 5 de febrero de 2007
“Entrevista 4 Javier P??rez De Cuellar” por Mariella Balbi

(注)関連記事:
 ペルーの歴史の中で最も暗い時代のひとつ
 フジモリ大統領の辞表





「小説 フジモリとデモクラシア」
(了)

作品紹介と目次

(ノンフィクション)                 



小説 フジモリとデモクラシア


長坂六郎源



 日本にいてペルーという国やフジモリ元大統領に関する短い、断片的なニュースを聞いていると、ペルーとはいったいどういう国なのか、フジモリという人はどういう人物なのか、フジモリ政権はそんなに悪い政権だったのかと考えこんでしまう。

 しかし、それは、ペルーについての情報がいちじるしく少ないからなのではないだろうか。

 ペルーという国に生まれたフジモリは、ペルーという国と社会の不可分の一員として存在し、ペルー人としてペルーの人々の価値観によって評価され、批判されているのである。

 フジモリが置かれているペルーという国と社会、ペルーの政治風土と国民性を理解した上でないと、わたしたち日本人は、ペルーでおきていることについて本当に理解することはできないと考えた。

 そこで、フジモリが大統領として三期目の立候補をした二〇〇〇年のはじめから、トレドが天下をとる二〇〇一年七月までの一年半のことを報道されたままに書いてみることにした。

 このブログは、事実をありのままに書いたノンフィクションです。

 しかし、この間にペルーで起きたことは、小説を読むようにドラマチックな事件の連続でしたので、あえて「小説 フジモリとデモクラシア」というタイトルをつけさせていただきました。



目 次


(目次の各項目をクリックすると最初から読めます)




    1 忍び寄る外圧
    2 泡沫候補の台頭
    3 グエラ・スゥシア
    4 フラウデ
    5 破局へ
    6 傷だらけの勝利

 第2部 政権崩壊

    1 クアトロ・スーヨス
    2 いくらほしいのだ
    3 モンテシーノス
    4 政権崩壊
    5 亡 命

 第3部 天下をとる
    
    1 アラン・ガルシアの帰国
    2 告 発
    3 ハーバードのアウケニード
    4 消極的選択
    5 セニョール!コーヒーの用意ができました
    6 デモクラシア




                 *    *    *
 ペルーと日本のアートギャラリー
(カルロス・レビージャ特別展)(ティルサ・ツチヤ特別展)(季節の移ろい)

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