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おわりに(12)
(3)なぜフジモリはこれほどまでに嫌われるのか
フジモリはペルーの一般の人たち心の底にあるものを理解していた。
ペルーという国は、国民の大多数が実質的に国の政治や経済に統合されておらず、貧困のままに放置されている。
ペルー社会の底流には、いちじるしい貧困と社会格差からくるフラストレーションが鬱積している。それが、恒常的に高い政治的緊張の背景にあると考えられる。
フジモリは、そのようなペルー社会の現実を見て、「経済的、社会的側面を無視したデモクラシアはデモクラシアではない」と考え、「より恵まれない階層の人々のために現実的で具体的な機会が与えられるという意味でのデモクラシア」を実現しようとした。
フジモリは、このような民主主義の考えにたって、テロを鎮圧し、ハイパーインフレを抑え、高度の経済成長を実現し、貧困問題と取り組んだ。
しかし、その手法は、強権的であったために、西欧的な思考をするペルーの文化人やアメリカの民主主義と真っ向から対立し、容赦なく叩かれた。
フジモリの民主主義は、たしかに欧米的な民主主義とはちがう。
だが、アメリカの民主主義ではペルーが抱える問題を解決することはできない。フジモリの民主主義は、ペルーにとっては必要な民主主義ではないのか。
フジモリ政権は、アメリカの民主主義の圧力によって崩壊したのではない。
ペルーの一般の人たち、とくに恵まれない人たちは、フジモリの政治、フジモリスモに根強い支持を与えてきた。このような人びとは、ペルーという国の進むべき方向について明確な考えをもっている。
フジモリ政権は、フジモリスモによって崩壊したのではない。
フジモリの功績の背後で密かに増殖していたモンテシーノスの腐敗によって崩壊した。
しかし、モンテシーノスの腐敗が表に出ると、フジモリとモンテシーノスを一体のものとして、デモクラシア!、腐敗の撲滅!、インプニダ(処罰のがれ)を許すな!、の叫び声の嵐がおこり、その中でフジモリの功績は全く消し去られ、あっという間に二十六以上の罪状が並べ立てられた。
ペルーのすべての国民が資源大国の豊かさを享受できるような国になるためには、ペルーにはフジモリのような政治、フジモリスモが必要なのではないかと考えるのだが、フジモリの失脚以後、公の場に出てくる人たちは、誰ひとりとしてフジモリの功績について口にしようとはしない。
このような状況が続いているのは、ペルーにとってきわめて不幸なことだが、それほどまでにフジモリの功績について語ることはタブーになってしまっている。
では、なぜフジモリはこれほどまでに嫌われるのか。
それは、フジモリがチーノだからだとか、フジモリの政治が強権的だったからだとか、フジモリが二重国籍を使って日本に逃げたからだとかいうこともあるかもしれない。
しかし、もっと根本的な理由があるように思える。
それは、フジモリスモにあるのではないかと思う。
フジモリスモそのものに対する警戒心や猜疑心や嫌悪感が、フジモリ叩きの底流にあるのではないかと思う。
フジモリは、ペルーを、ペルーの一般の国民が望んでいる民主主義の方向にもってゆこうとした。
いわば、「大多数の国民の、大多数の国民による、大多数の国民のための政治」が実現していないペルーに、その実現をはかるための独自の民主主義を作り上げようとした。
それは、恒常的な社会的不平等を解消し、公平な所得分配を実現し、富裕層も低所得層も等しく社会的責任を分担し、すべての国民が民主主義の恩恵を受けるような社会を作り上げることを目指すものだ。
このようなフジモリスモは、突き詰めてゆけば、必然的に、ペルーの既存の社会体制、権力構造を変えてゆこうという要素を含むものである。
フジモリは、毛沢東主義者でもなければ、マルクス・レーニン主義者でも、革命家でもない。
単に、「経済的、社会的側面を無視したデモクラシアはデモクラシアではない」と考え、「より恵まれない階層の人々のために現実的で具体的な機会が与えられるという意味でのデモクラシア」を実現しようとしたにすぎない。
ここにペルー人でありながら日本的な思考と価値観を受け継いだ日系人フジモリの姿を見るような気がする。
しかし、その意味するところのものがペルーにとっては一種の革命に通じる要素をもっているので、フジモリやフジモリスモに対しては、特別の警戒心や猜疑心や嫌悪感がよびさまされ、必要以上のフジモリ叩きがおこなわれているのではないかと思う。
ここに欧米的な思考と価値観を受け継いだ多くのペルー人の姿を見るような気がする。
日本人の血を受けついで、どちらかというとナイーヴな人道主義者にすぎないフジモリが、革命を意図したとは思えない。
叩かれるフジモリやフジモリの支持者にしてみれば、どうして自分たちはこれほどの仕打ちを受けるのだろうかと理解できないでいるに違いない。
過剰なフジモリ叩きを、「魔女狩り」とか「政治的迫害」という意識を持って受け止めるのも無理はない。
ここに、おたがいに相容れることの難しい欧米的な価値観と日本的な価値観の衝突が起きているのではないかと思う。
要するに、フジモリは強権政治をおこなったが故にデモクラシアの名のもとに制裁を受けているのではない。
日本的な発想で、ペルーに、ペルーが必要としている民主主義を実現しようとしたために、デモクラシアの名のもとに制裁を受けていると考えられるのである。
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