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日本について思うこと(1)
このサイトは、異文化社会でおきていることと比較しながら日本でおきていることを見てみようというブログ・サイトです。 最近の日本をみていると、折りにつけて「ほんとうに大丈夫なのですか、ニッポンは?」と感じることが多いのですが、さりとてこのフラストレーションをどう説明したらいいのかわからず、イライラがつのるばかりなのです。 日本にいては何が問題なのかよくわからないことが、外の世界の目から見てみると「なるほど」と理解できることがあります。 日本にいて感じる説明しがたいフラストレーションは、ひょっとして日本の常識という狭い土俵の中で日本を理解し、説明しようとしているからなのかもしれません。 薄いヴェールにつつまれたようにぼんやりと見えていて、それでいてはっきりと輪郭が見えてこない日本や、日本の社会を、異文化社会の視点から見てみたらどうか。 そうすればどこかおかしいと感じながらもうまく説明できないでいたことについての回答が得られるかもしれない。そう考えてこのサイトを立ち上げました。 「ほんとうに大丈夫なのですか、ニッポンは?」、という視点から出発して、日本でおきていることを異文化社会でおきていることと比較しながら、「わたしはこう思う」というわたしなりの印象を、思いついたときに、思いつくままに、書いてみたいと思います。
(日本と欧米との思考の差) (日本は民主主義の国ではないのか?) (欧米の人たちの考える民主主義とは?) (日本人のものの見方、考え方は間違っているのだろうか?) (日本人はアメリカ人のことをほんとうに理解しているのだろうか?) (攻撃的なアメリカと受身の日本) (従軍慰安婦問題に関する決議案) (読者からのコメント) (シンゾウ・アベのごまかし) (河野洋平官房長官談話) (日本の対応と摩擦の過熱) (超党派国会議員の意見広告) (決議案の委員会可決) (参議院選挙と安倍政権の崩壊) (決議案の下院本会議での採択) (ラントス外交委員長の発言) (日本のメディアや有識者の反応) (事実誤認論とさらなる反省論) (ほんとうに大丈夫なのですか、ニッポンは?) (一般市民の政治感覚) (政治を決める無党派層) (ブログの目的とブログの要約) 第三章 アメリカという国とアメリカ人 1 何がおかしいのか:ヴェトナム決議のたとえ話 (反論できない日本人) (日本人として感じるこの違和感) (ヴェトナム決議のたとえ話) (反発しない日本人) 2 アメリカという国 (民主主義などの崇高な理念をつかって政治攻勢をかけてくる国アメリカ) (攻勢の相手の説明には耳を貸そうとはしない国アメリカ) (官民が一体となって攻勢をかけてくる国アメリカ) (アメリカの攻勢は、決して公正、公平ではない]) (アメリカが攻勢をかけ始めたときには既に戦略が決まっている) (アメリカの攻勢の本当の目的は後になってみないとわからない) (アメリカの戦略は国務省の人権報告にヒントがある) (アメリカ議会の決議を軽視することはできない) (アメリカは国際世論や国際機関を最大限、活用する) 第四章 政治のゲームをするアメリカ人たち 1 政治のゲームのプレーヤーとしてのアメリカ 2 政治のゲームのプレーヤーとしてのアメリカ議会 3 政治のゲームのプレーヤーとしてのアメリカのメディア 4 決議案の採択を推進した議会の指導者たち 5 その他一般のアメリカ人たち 1 戦後の歴史は戦争への反省の六十年 2 日本たたきの基本構造 3 アメリカ人が永田町の政治家たちをみる目 4 現代の日本と日本人に目をつぶるアメリカ人たち 5 歴史認識は戦後の日本の存立基盤を脅かす主張 6 従軍慰安婦摩擦は日米国益の衝突 7 アメリカの人権の暴力 1 ふたたびヴェトナム決議のたとえ話 2 アルメニア・ジェノサイド決議と米トルコ関係 3 日本人もまた常軌を逸していた 4 日本の政治家の対応 5 日本のメディアの対応と「事実誤認論」 6 日本のメディアの対応と「さらなる反省論」 7 国民の間に共通した認識のない日本 8 戦後の日本の存立基盤 9 常軌を逸した行動に駆り立てたアメリカ人の不安 第七章 日本人はどう見られているか 1 外務省の世論調査 2 決議のヨーロッパへの広がり 3 「日本が嫌いな50の立派な理由」の対日認識 4 日本はそんなに危険な国なのだろうか 5 映画「敵国日本」「日本人の行動」の対日認識 6 歪曲された日本の姿 第八章 欧米の対日認識に対するコメント 1 「健忘症にかかった日本」へのコメント 2 「ひとをたぶらかす日本」へのコメント 3 「アパルトヘイトの日本」へのコメント 4 「全体主義の日本」へのコメント 5 「覇権主義の日本」へのコメント 6 日本人が警戒しなければならない欧米人の思考 第九章 現代アメリカ人の対日認識 1 「非は、当然、日本側にある」 2 1980年代の日米・日欧貿易摩擦 3 ブッシュ大統領の対日認識 4 ブッシュ大統領の演説に対するコメント 5 現代アメリカ人の不安 6 日米従軍慰安婦摩擦のなぞ解き 1 日米、日欧摩擦の本当の原因 2 思考の違いと対日認識の違い 3 日米関係の破綻は偶然回避された 4 欧米人のものの見方、考え方、価値観 5 日本人のものの見方、考え方、価値観 6 欧米思考と日本思考 7 欧米思考の迷走と日本思考の迷走 第十一章 アメリカとの付き合い方 1 日本人は欧米思考にどう向き合ったらよいのか 2 歴史認識についての考え方を整理しておくこと 3 日本人は声を出さなければならない 4 民主主義についての考え方を整理しておくこと 5 平和主義についての考え方を整理しておくこと 6 武器を使わない戦争への備えをしておくこと 第十二章 日本はどう対応すればよいのか 1 日米同盟の必要性と国益の対立 2 日本外交の軸足は積極的な平和主義 3 日本人は戦前も戦後も変わっていない 4 民意が反映しない日本の政治 5 建設的な日米関係のために
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【日本について思うこと】
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日本について思うこと(309)
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日本について思うこと(308)
このブログの著者であるわたくしは1940年3月9日に生まれて戦後の日本に70年以上生きてきた日本人です。 そのうちアメリカと戦争をしていた幼児期の5年間を除き、人生の大部分である70年以上はアメリカとの関係を抜きには考えられない戦後の日本の歴史を体験してきました。 この長い間に得たわたくしの実感は、身近であるようでいてすこしも身近に感じられないアメリカでした。 70年間も密接な関係にありながら、このよそよそしさはいったい何なんだろう。 そこでたどりついた結論は、われわれ日本人は、実は、アメリカやアメリカ人のことがあまりわかっていないのではないかということでした。 そしてさらに言うならば、アメリカ人もまた、日本や日本人のことをあまりわかっていないのではないかということでした。 そこで人生の最終段階に到った今、日本人とアメリカ人を比較して「アメリカ人論」を書いてみたいと思いました。 あらためて日本人とアメリカ人を比較してみると、日本人は日本人自身のこともわかっていないのではないかという疑問もわいてきました。 そこで「アメリカ人論」は必然的に日本人についても論じることになりました。 ことなる文化圏の民族を比較することは本来、比較文学・比較文化、あるいは文化人類学の専門家の仕事です。 しかし、わたくしは比較文学・比較文化や文化人類学の専門家ではありません。 日々の社会生活のなかでその日その日に出会う問題の処理に追われるあわただしい人生を送ってきた普通の日本人です。 このような者に、膨大な量の日米の書籍を読みあさり国民性を比較研究するのは不可能なことです。それこそ専門家に任せるべきことなのではないかと思いました。 また、アフリカの類人猿の生活習慣や集団行動を調査することから始めてアメリカ人や日本人を理解するのはあまりにも遠い話になってしまいますので、それも専門家に任せるべきことではないかと思いました。 そこでアカデミックな「アメリカ人論」を書くことはやめて、子供の頃からの人生体験と成人してからの海外での実務体験から得られた知識をもとにして、自分なりのやり方で日本人とアメリカ人を比較してみたのがこのブログです。 アメリカと戦争をしていた幼い間は、福島の田舎に疎開していたために東京大空襲は経験しませんでしたが、田舎の学校の校庭で玉音放送を聞き、終戦になって東京に帰ってきたときの荒廃した風景は覚えています。 親戚のあった本所一帯の焼け野原、浅草の闇市をうろうろする貧しい日本人の雑踏、そこで売られている軍服の古着や靴などの生活用品、白い衣服をまとって街角で物乞いをする傷痍軍人、そして銀座四丁目の和光のビルの周辺にたむろして女と戯れる大勢のアメリカ兵の姿には子供心ながら不快な思いをしたのを覚えています。 小学校に行くようになってからはDDTの散布と脱脂粉乳のミルクとコッペパン。中学に越境入学してからはすし詰めの教室で受ける民主主義教育。高校への進学競争。 大学受験を控えての結核の再発。長い療養生活の後の大学入学。学生がみな安保反対のデモに行ってしまった後のがらんとした教室。専門課程に進学してからの日本人やフランス人の先生たちの高い知性との出会い。そして就職。 わたくしのその後の実務経験とは、おもに次のような外国における勤務体験でした。 1974年に国連関係の仕事についたときには開発途上国による天然資源の恒久主権主張の嵐が吹き、先進国が世界の開発途上国に突き上げられるという毎日。 1977年にアフリカのザイールに転勤した時にはアンゴラから旧カタンガ兵が攻めて来て米ソ冷戦の代理戦争がおこり、現地で働く日本人の安否が懸念されました。そこで見たものは独裁者として欧米から厳しく批判されていたモブツ大統領の必死になって国を守る姿でした。 1983年にブリュッセルに赴任した時には日米貿易摩擦のヨーロッパ版である日欧貿易摩擦で激しい日本たたきにあいました。 1989年にふたたび国連の仕事についたときには、イラクによるクエートの軍事侵略により湾岸戦争がおこり、日本に対する高額の財政負担の圧力が押し寄せてきました。そしてベルリンの壁の崩壊から1991年のソ連の消滅とソ連圏の分裂という大きな歴史の転換を経験しました。 そして、1992年に赴任したパリではユーゴスラビアの分裂と民族紛争のニュースにあふれていました。 その後、1994年に転勤した中米のグアテマラでは35年に及ぶ政府とゲリラの間の内戦がまだ続いており、人権侵害の犠牲者の遺骨の発掘がおこなわれ、和平達成への努力が続けられていました。 そして、2000年に赴任したペルーでは、第三期目の選挙に当選して成立したフジモリ政権が側近の腐敗によって崩壊し、大統領自身が日本に亡命してきて日・ペルー関係は最悪の状態になりました。 これらの勤務体験は、国際社会のさまざまに異なる文化、異なる民族の「ものの見方、考え方、価値観」のちがいを教えてくれました。そして、それに伴う国家間、民族間の利害の対立、摩擦、紛争のありさまを見せてくれました。 2007年に従軍慰安婦問題をめぐるアメリカからの日本に対する思いがけない激しい攻勢がおきたときには、ペルーの日系人フジモリ大統領に対するアメリカからの激しい攻勢に重ね合わせして見ることができるものを感じました。 そこで、この機会に、わたくしの70年以上の人生をともに歩んできた日米関係を、ペルーの例と比較しながらふりかえってみようと思いこのブログを書いてみることにしました。 しかし、比較文学・比較文化、あるいは文化人類学の専門家でもないものが「アメリカ人論」を書くことに躊躇を感じないわけではありませんでした。 また、このブログに書かれた「アメリカ人論」は、日本人の一般的な常識から言えばかなり変わった見方ですので、読者にどのように受けとられるか懸念がありました。 それに、日米関係を緊密にしなければならないこの時期に、このような「アメリカ人論」を論じてもよいものかどうかという迷いもありました。 しかし、身近であるようでいてすこしも身近に感じられないアメリカを身近に感じるために、そしてなによりも日米関係をより緊密なものにするためには、日本人がアメリカとアメリカ人のことをどう見ているかということを率直に明らかにして、アメリカの人たちに知ってもらうことが、是非、必要なことだと思いました。 このようにして日本人による「アメリカ人論」としての「日本について思うこと」のブログを発表した次第ですが、全体をお読みになって率直なコメント、ご批判をいただければ幸いです。
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日本について思うこと(307) (日本人としてアメリカ人に望みたいこと) (10)アメリカ人は、日本人がアメリカ人をどう見ているのかを知る必要があります。 日本人としてはアメリカ人にどう付き合ってもらったらいいのか、ということをまとめてみると次のようになると思います。 (イ)アメリカ人の思考は、ひとつの価値観のもとに一方的に相手を審判し、相手のほうが悪いという確信のもとに、もっぱら相手を攻めるというものです。 そのために自分の価値観とは異なる価値観に対しては基本的に対立的であり非妥協的です。 したがって、アメリカ人には、本質的に公正、公平、中立的、客観的な判断を期待することはできません。 そしてひとつの価値観を絶対視するために、柔軟性と適応力に欠け、自分の価値観が間違っていても反省や自制がはたらくということがなく、そのまま行き過ぎに走る危険性があります。 アメリカ人は、アメリカ人の思考の欠点を自覚して、複数の価値観の存在を認め、ものごとをできるだけ包括的、多面的にとらえて融和と協調をはかる日本的な思考を学ぶ必要があると思います。 (ロ)日本人としてアメリカ人に望むことは、1940年代にアメリカ人の手によって作られた日本人に対する時代遅れの認識をあらためて欲しいということです。 真珠湾の合い言葉がいまだに生きているようでは真の日米友好はなりたちません。 60年以上も前からすでに広島・長崎を平和の誓いにかえている日本人から何かを学んでほしいのです。 多くの現代アメリカ人は意識の底に、「日本は自分たちアメリカの手で民主化されたが、いつまた、1940年代の日本に戻るかもしれない」という不安があります。 そのことが、アメリカ人が日本に対して歴史認識を迫る異常さを異常と感じなくさせているのだと思います。 その不安は、1940年代のアメリカ人によって作られた、日本人を当時の軍事政権と一体のものとみなして「世界征服の野心をもつ、野蛮で、残忍で、狂信的な国民」という日本人像にもとずくものです。 しかし国家体制と一般の日本人は別です。 同じ人間である以上、日本人とアメリカ人は人間としてそれほどおおきく違うものではありません。 それにもかかわらず、アメリカ人が作り上げた日本人像は、軍事政権と一般の日本人を区別することなく一体のものとみなしたために実際の日本人とは大きくかけはなれた日本人像になっているのです。 それが今もなおアメリカ人の対日認識の基礎となっていることが問題なのです。 それは偏見ともいうべき日本人像で、正当化できるものではないということに気がついて欲しいのです。 そのためにアメリカ人の意識の中では、戦争と平和の区別があいまいになり、戦後、60年以上も平和国家、民主国家に徹してきた日本に歴史認識を迫ることになっているのだと思います。 歴史認識の当事者ではないアメリカが日本に歴史認識を迫ることが、いかに常軌を逸していることなのか、ということに気がついて欲しいのです。 (ハ)日本人としては、アメリカ人には、広島、長崎の問題に正面から立ち向かってもらいたいと思います。 下院外交委員会のラントス委員長は、従軍慰安婦問題の決議案の採択に際して、 「国家の真の力は歴史の最も暗い章に直面したときに試される。日本は、過去の真実に立ち向かう勇気を持つのか、それとも真実は時間とともに消え去るのではないかという絶望的、かつ、おろかな期待をもって、真実から身を隠そうとしているのか」 というスピーチをしました。 この言葉はそのままアメリカに当てはまることだと思います。 アメリカ人の意識のなかに、広島・長崎についての意識がまったく欠けているのは不幸なことです。 ブッシュ大統領はカンザスシティでの演説で、 「いま申し上げた敵というのは、アル・カイダではなく、攻撃は9.11の攻撃のことではなく、帝国はオサマ・ビン・ラディンが考えた過激なカリフが支配する帝国でもありません。そうではなく、わたしが申し上げたのは1940年代の日本帝国の戦争マシーンのことであり、パールハーバーの奇襲攻撃のことであり、東アジア全域に帝国を広めようとした試みのことです」 と述べました。 2,001名の海兵隊員、69名の歩兵隊員、364名の兵士、35名の民間人、合計2,469人の犠牲者を出した真珠湾攻撃は、日本の正規軍によるアメリカの軍艦などの軍事施設に対する奇襲攻撃でした。 その報復として決断された日本への原爆の投下は、広島・長崎という都会に住む日本の一般の市民を対象にしたもので、瞬時にして、広島で118,661人、長崎で73,884人の死者を出しました。 その犠牲者は今もなお増えつづけており、2009年8月現在、広島で合計26万3945人、長崎で合計14万9266人の原爆死亡者を出しています。 アメリカの大統領の意識の中に、テロとの戦いの敵が、かつてのナチス・ドイツでもなく、共産主義ソ連でもなく、1940年代の日本だという考えがあるということは、日本人にとっては大変な脅威です。 なぜならばそこには一般の日本人を軍事政権と一体のものとみなして広島・長崎につなげたアメリカ人の対日認識が残っているからです。 (ニ)アメリカ人も日本人もおなじ人間としてそれほど大きく違うものではありません。 違うのはそれぞれの国民の歴史と文化の結晶ともいえるものの見方、考え方、価値観です。 日本人とアメリカ人とではものの見方、考え方、価値観は基本的に違います。 自分たちのことは棚に上げて、ひとつの価値観のもとに一方的に相手を審判し、相手のほうが悪いという確信のもとに、もっぱら相手を攻めるという身勝手なアメリカ人の思考を改めてほしいと思います。 アメリカ人の対立的で非妥協的な思考は、相手との緊張をたかめ、紛争をエスカレートさせることになります。 そればかりではありません。アメリカ人自身を引っ込みのつかないのっぴきならない立場に追い込むことになり、ますます紛争の解決を難しくしてゆきます。 その関連で、自由や民主主義や人権という価値観を政治目的につかうのはやめてほしいのです。 日本人は、自由や民主主義や人権は、日本人にとってもアメリカ人と同様に大切なものだと思っています。 しかし、そのような崇高な理念を政治目的に使うのは不正義です。 これらの理念が政治目的に結びついたときに、それらの理念の崇高性が失われ、国益を実現するための武器なき戦いを遂行するための政治的なイデオロギーに化してしまうからです。 アメリカ人は、アメリカの民主主義外交や人権外交が、なぜ国際社会の緊張を増し、なぜアメリカ自身に対する国際社会の不信感を増しているのかということに気がつくべきです。 (ホ)国際社会は、異文化社会の集合体です。ひとつの価値観にこだわるアメリカですが、国際社会の一員として、いまや異文化社会との共存は不可避になっています。 それに国際社会ばかりではありません。異文化との共存は、異文化社会から来た多くの移民が増大しているアメリカの国内でも重要な課題になっているはずです。 ひとつの価値観のもとに一方的に相手を審判するというアメリカ的なものの見方、考え方、価値観は許されない時代になってきています。 今、アメリカにとって必要なことは、アメリカ的な思考の欠陥を直視し、異文化社会の価値観を認め、異文化社会との対話と相互理解を進め、異文化社会との共存、共生をはかることだと思います。 それは基本的に対立的であり非妥協的なアメリカ的な思考が、基本的に融和的であり、協調的な日本的な思考に変わってゆかなければならないことを意味しています。 アメリカ人は、少なくとも六十年以上も同盟関係にある日本については、もっと理解を深めてもらいたく、偏見を取り除き、日本人の思考の負の側面にのみ注目するのではなく、アメリカにとっても必要な面についての理解をすすめてもらいたいと思います。 (ヘ)戦後、60年以上もたっているのです。 アメリカには、そろそろ戦勝国に特権的な地位を与えている戦後レジームを公正なものに改める積極的なイニシアチブをとってほしいものです。 核の独占と国連での特権的な地位へのこだわりは、旧戦勝国を除く国際社会のすべてのメンバーに対する差別的な制度です。 アメリカや中国やロシアのような国が戦後レジームを改めるイニシアチブをとらなければ、国際社会のほうが、国際社会の不正義をいつまでも許してはおかなくなります。 国際社会にはすでにその兆候が現れています。 民主的な国際社会が自己崩壊する前に、アメリカが率先して戦後レジームを変えるイニシアチブをとってほしいものです。 アメリカは変わるか。 これからのアメリカに注目してゆきたいと思います。
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日本について思うこと(306) (日本人として気をつけなければならないこと) (9)日本人としてはアメリカ人とどう付き合っていったらいいのか。そのことをまとめてみると次のようになると思います。 (イ)「和」を第一とする日本人の思考は、複数の価値観の共存を前提として、ものごとをできるだけ包括的、多面的にとらえて、公平、公正、客観的、中立的に判断しようとするもので、基本的に融和的であり、協調的です。 しかし、そのような日本人の思考は、軸足が定まりにくいが故に、ややもすると大勢に押し流され、全体として間違った方向に進むことを誰も阻止しないし、だれも責任をとらないという事態に陥る危険性があります。 複数の価値観の存在を前提にしてものごとを考えるという日本人の性格は評価すべきものだと思いますが、最終的にはもっとも正義に近い価値観に軸足を定めてものごとの善し悪しを判定する必要があります。 日本人は、日本人の思考の欠点を自覚して、軸足の定まった欧米思考の良さを学ぶ必要があると思います。 (ロ)アメリカ人の日本たたきの背景には、アメリカ人の偏見ともいえる対日認識があります。 アメリカ人の2人に一人が、日本は民主的な国かどうか確信が持てないでいる。 アメリカ人の2人に一人が日本を不可解な国と考えている。 3人ないしは4人に一人が日本を好戦的な国と考えている。 3人ないしは4人に一人が日本を警戒を要する国と考えている、という調査結果は深刻です。 アメリカ人の対日認識が、戦後60年以上たってもいっこうに変わっていないのには、アメリカ人の思考に問題があると思いますが、日本側にも反省すべき点があるように思います。 日本人としては、アメリカ人が日本人をどう見ているかをもっとくわしく知る必要があります。 日本人としては、アメリカ人の偏見を把握して、その解消に積極的につとめる必要があると思います。 (ハ)日本人の思考は軸足が定まりにくいことが、みずから誤解を招いている面があります。 アメリカ人の思考は軸足がしっかりしています。 その軸足の善し悪しは別としても、単純なのでわかり易いし、予測可能です。 日本人の思考は軸足がないので、日本人は不可解だと思われてしまいます。 日本人の思考に軸足がないことが不透明性と予測不可能性を高め、欧米人に対して、日本や日本人に対する誤まった認識を与えています。 欧米人とは基本的に思考がちがう日本人には、日本人を理解させるための特別の努力が必要だと思います。 それは政府だけの問題ではないのです。 むしろ政府の声しか聞こえてこないということのほうが問題です。 いろいろな日本人が、いろいろな問題について自分の意見を声に出して表明することが必要だと思います。 それは日本人を理解させることになるとともに、民主主義が正常に機能していることを示すことにもなります。 日米相互理解の促進はすべての日本人の仕事だと思うのです。 (ニ)日本人を理解させるための特別の努力の中には、民主主義や人権について、日本人としての考え方を明確にし、それを具体的な行動で示すことが含まれます。 とかく誤解を与えがちな、あいまいな解決、なあなあ的な妥協を排除することも必要です。 自己規制と自己改革への積極的な努力を具体的に示すことが、日本や日本人に対する国際的な信頼を得る途だと思います。 戦後レジームからの脱却には慎重に取り組む必要があると思います。 政治家には、歴史認識にふれる問題についての言動には慎重さが求められます。 そして憲法改正についてはその必要性を具体的に示すことが必要です。 その一方で、日本人は、今の日本を戦前の日本と同一視するような戦後の日本の存立の基盤を脅かす主張に対しては問題には問題意識を共有して毅然とした態度で反論することが必要です。 今の日本を戦前の日本と結びつけ、戦争と平和の区別をあいまいにするような歴史認識の議論にはきちんとした反論をする必要があると思います。 現代の日本の存立の基盤をあいまいにしておくことは、日本人の命運を左右することにもなりかねないという自覚をもつことが必要ではないかと思います。 今の日本は戦前の日本とは全く違うということが戦後の日本の存立の基盤であるということに共通の認識を持つ必要があります。 (ホ)日本人自身のこころの中には欧米思考と日本思考とが同居しており、葛藤しています。 日本人本来のものの見方、考え方、価値観にたちかえってものごとを考えてみることも必要なのではないかと思います。 欧米的な思考と価値観が絶対的に正しいというものではなく、日本的な思考と価値観が絶対的に間違っているというものではありません。 日本人は、ものごとを判断する場合、往々にして欧米的な思考に徹するでもなく、そうかと言って日本的な思考に徹するでもなく、中途半端なままに判断がつかなくなってしまう傾向があるように見受けられます。 ですが、ものごとによっては日本的な思考と価値観に徹した判断をすることによって正しい道が見えてくることもあるのではないかと思います。 明治以降、終戦までの日本の指導者は、欧米思考に走りすぎて日本人を破局に導きました。 戦後の日本は、柔軟性と適応力のある日本人のものの見方、考え方、価値観によって60年以上の日本の平和を確保してきたのです。 しかし、日本思考を日本の平和のためだけに使う時代ではなくなってきました。 欧米思考同士がぶつかりあうと正義が宙を舞い、いつまでも争いが解決しくなっているのが国際社会の現状です。 広島・長崎の悲劇を平和の誓いにかえる日本人のものの見方、考え方、価値観を国際社会のために使うことが求められているのではないかと思います。 |


