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志賀直哉
『清兵衛と瓢箪』 志賀直哉作のこの小説に「商業地で船着き場で市にはなっていたが割に小さな土地」とあるのが尾道のことで、中学校の国語の教科書にも取り上げられ、私等も文豪志賀直哉の名を始めて知ったのは『少年と瓢箪』と言うこの奇抜な題材からであった。 天寧寺三重塔と尾道水道
志賀直哉と尾道 「小説の神様」志賀直哉が備後の地を訪れたのは、大正元年【1912】11月のことである。当時29歳の彼は父親との葛藤に苦しみ、家でしてやってきたのが尾道であった。直哉の自伝的小説『暗夜行路』によると、主人公は「最初四国へ行った帰りに連絡船が尾道に着き一泊した。宿から魚がつれるような感じで面白かった」ため、大正元年に家を出た時は尾道に来て「千光寺山へ上がって景色を見ていて、ここに住もうと決めた」とある。 復元された志賀直哉旧宅
今も残る直哉の仮住まい 直哉が大正元年11月から半年間住んだ長屋は、千光寺の参道から少し西側に入ったところに今も残っている。「彼はまた三軒長屋で東の端が貸家になっているのを見つけた。見晴らしは前の家よりよかった。ここにも親切なばあさんがいて【略】、この初めての土地になんとなくいい感じを持った【暗夜行路】」、以前は半ば朽ち果てて荒れ放題だったこの長屋も、今では立派に復元され 文学資料館となっている(田口義之「備後の歴史と人物」) |
尾道散策
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